諦めずに続けられたことで、ようやく見えた未来
こんにちは!皆さん。
今日は「諦めずに続けられたことで見えた未来」について書きたいと思います。
「諦めずに続ければ、いつか道は開ける」
僕たちは子どもの頃から、何度もこの言葉を聞いてきました。
スポーツでも、勉強でも、仕事でも、夢でも同じです。
「継続は力なりです」
「途中で諦めたら、そこで終わりです」
「努力は裏切りません」
どれも間違った言葉ではないと思います。
むしろ、苦しい時に背中を押してくれる、とても力のある言葉です。
ただ、実際に何かを続けている側からすると、少しだけ困ることがあります。
続けている最中には、本当に道が開くのかどうかが、まったく見えないのです。
これが、なかなか厄介です。
未来が見えているなら、たぶん続けることはそれほど難しくありません。
あと3か月頑張れば大きなプロジェクトを任されます。
あと100回練習すれば、誰よりも美しいサービスができるようになります。
あと10本書けば、多くの人に読まれる記事になります。
そんなふうに、ゴールまでの距離がはっきりと数字で表示されていたら、人はかなり頑張れると思います。
ゲームの経験値のように、頭の上に「レベルアップまであと127ポイント」と表示されていれば最高に便利です。
ところが、現実には何も表示されません。
昨日と今日で、自分がどれくらい成長したのかもよくわかりません。
誰かが見てくれているのかもわかりません。
このままこの道を進んでいいのかもわかりません。
ただ、淡々と同じような日が続きます。
だから、人は途中で猛烈に不安になります。
「これは本当に意味があるのだろうか」
「もっと効率の良い別のことをした方がいいのではないか」
「そもそも、自分には向いていないのではないか」
そう思うのは、決して意志が弱いからではありません。
未来が見えない場所を歩いているのですから、不安になる方が自然なのです。
夜の山道を、心もとない懐中電灯1本で歩いているようなものです。
見えるのは、せいぜい足元の数メートルだけです。
山頂どころか、次の曲がり角の先さえ見えません。
それでも歩き続けるのです。
客観的に見れば、なかなか無茶な話です。
#継続のコツ #モチベーション維持 #先が見えない不安 #プロセスを楽しむ #努力の方向性
見えない未来
世の中では、何かを成し遂げた人の話が美しく紹介されます。
「あの人は、最初から明確なビジョンを持っていたから続けられた」
「あの人には、若い頃から確固たる未来が見えていた」
「あの人は、自分の才能を微塵も疑わなかった」
そう語られることがあります。
もちろん、世の中には本当にそういう天才肌の人もいると思います。
ただ、僕は長く仕事をしてきて、少し違うのではないかと感じることがあります。
未来が見えたから続けられたのではなく、続けたから未来が見えるようになった人の方が、実は圧倒的に多いのではないでしょうか。
最初から確信があったわけではありません。
自信満々だったわけでもありません。
毎朝起きるたびに、「今日も本当にやるのか」と少し面倒に感じていたかもしれません。
「もう全部投げ出してしまおうか」と思った日もあったはずです。
それでも、完全には手放さなかったのです。
僕は30年以上、飲食の仕事に関わってきました。
ただ、僕は料理を作るシェフではありません。
サービスとマネジメントの領域で、ずっと現場を見てきました。
飲食の現場というものは、派手な1日よりも、地味な1日の方が圧倒的に多い世界です。
素晴らしい料理が並び、お客様の歓声があがり、拍手が起きるような華やかな場面も確かにあります。
でも、その裏側で僕たちがやっていることは、ひたすら地味な作業の連続です。
グラスを1つずつ磨き上げます。
ナイフとフォークの角度をミリ単位で揃えます。
テーブルの脚のわずかなぐらつきを直します。
冷蔵庫の在庫を何度も確認し、発注の計算をします。
床に落ちている小さなごみを拾います。
予約表を見直し、お客様の動線を頭の中でシミュレーションします。
スタッフに何度も同じ説明を繰り返し、練習に付き合います。
大規模なファミリーレストランのオペレーションを勉強するために、一人で客席に座って、スタッフの動きや配膳ロボットの軌道を何時間も観察し続けることもあります。
一つひとつの作業は、本当に地味です。
映像にしても、たぶん3分で誰もが眠くなります。
でも、その地味な積み重ねがあるからこそ、本番の営業中にお客様の「小さな変化」に気づけるようになります。
視線が少し泳いだ瞬間に、何を求めているかがわかります。
グラスの傾き方で、次のお酒を提案するタイミングがわかります。
これは、マニュアルを読んだだけでは絶対に身につかない感覚です。
ワインの勉強も、まったく同じでした。
ソムリエの資格を取るために、必死に勉強しました。
でも、高級なワインを1本飲んだからといって、翌日に突然すべての香りがわかるようになるわけではありません。
産地を地図で覚えます。
ブドウの品種を呪文のように暗記します。
遠い国の土壌や気候を学びます。
そして、香りを言葉にしようとして、うまく言えずに黙り込みます。
「これは黒い果実の香りです」と自信満々に言った直後に、「そもそも黒い果実って、具体的に何ですか?」と自分で迷子になることもあります。
それでも、何度も何度もグラスに向き合います。
すると、ある日突然、以前はすべて同じ「ワインの匂い」に感じていた香りの違いが、少しだけわかるようになります。
昨日まで固く閉まっていた引き出しが、急にスッと開くような感覚です。
その瞬間だけを切り取ると、突然できるようになったように見えます。
でも、決して突然ではありません。
見えないところで泥臭く積み重なっていたものが、ある時まとまって形になっただけなのです。
僕は、未来というものもこれと同じではないかと思っています。
最初から遠くまで見えているのではありません。
泥臭く1歩進むたびに、次の景色が少しずつ見えるようになるのです。
#飲食店マネジメント #サービス業の裏側 #ソムリエの勉強法 #現場のリアル #小さな積み重ね
続けることは、同じことを繰り返すことではありません
ここで、僕たちが陥りがちな、よくある誤解があります。
「続ける」というと、毎日同じことを、同じ方法で、休まずに繰り返すイメージがあります。
1日でも休んだら負け。
やり方を変えたら逃げ。
別の道を選んだら、諦めたことになる。
世の中には、そんなストイックすぎる空気があります。
僕は、これは人を苦しめる考え方だと思っています。
続けることと、同じ方法に固執することは違います。
目的を手放さずに、方法を変えることは、逃げではありません。
むしろ、長く続けるためには、方法を何度も変えた方がいい場合があります。
たとえば、毎朝1時間、資格の勉強をすると決めたとします。
最初の1週間は、気合いが入っているのでできます。
しかし、仕事が忙しくなり、睡眠時間が減り、だんだん朝起きられなくなります。
そこで「ああ、やっぱり自分は意志が弱い人間だ」と責めてやめてしまえば、学びそのものが完全に止まります。
でも、朝が無理なら、夜寝る前に10分だけやってもいいのです。
通勤電車の中で音声を聞くだけでもいいです。
休日にカフェで少し長めに取り組んでもいいです。
「毎朝1時間」というルールを守ることが目的ではありません。
「学びを手放さないこと」が本来の目的のはずです。
飲食店の店舗運営やマネジメントでも同じです。
売上を伸ばしたいからといって、過去に成功した同じキャンペーンを延々と続けても、今も結果が出るとは限りません。
世の中の空気も、お客様の求めるものも変わるからです。
メニューを大胆に変えることもあります。
価格を見直すこともあります。
営業時間を変えることもあります。
狙うターゲット層をガラリと変えることもあります。
目指している「お客様に喜んでいただき、利益を出す」という方向は同じでも、車のハンドルは細かく切り直すのです。
車で長崎から北海道へ行くとして、最初に決めたルートを一度も変えない人はいないと思います。
渋滞があれば迂回します。
工事中なら別の道を通ります。
疲れたらサービスエリアで休みます。
なぜか予定になかったご当地ソフトクリームまで食べます。
それでも、最終的な目的地へ向かっていることに変わりはありません。
続けるとは、絶対に止まらないことではありません。
少し戻る日があってもいいです。
立ち止まって休む日があってもいいです。
道に迷う日があってもいいです。
完全にハンドルを手放さず、また道に戻ってくることです。
僕は、それも立派な「継続」だと思っています。
#目的と手段 #柔軟な思考 #やり方を変える #マインドセット #習慣化のコツ
諦めなかったから、偶然に出会える
何かを長く続けていると、最初にはまったく想像していなかった出来事が起きます。
新しい、面白い人に出会います。
思いがけない仕事を頼まれます。
自分では大した価値がないと思っていた経験を、誰かが面白がってくれます。
自分の中でバラバラだった知識が、ある日突然つながります。
こうした現象を、専門的な言葉で「創発(そうはつ)」と呼ぶことがあります。
これをものすごくざっくりいうと、「最初から設計していなかった新しいものが、いろいろな要素の偶然の組み合わせから自然に生まれること」です。
少し難しく聞こえますが、日常にもよくあることです。
冷蔵庫を開けたら、卵とご飯と少しのネギしかない時。
それらを適当に組み合わせたら、思いのほか絶品のおいしい炒飯ができることがあります。
最初から高級な中華料理を作ろうとしていたわけではありません。
手元にあるものを組み合わせた結果、偶然にも新しい一皿が生まれたのです。
人生や仕事のキャリアにも、これと似たことが起こります。
僕は若い頃、いわゆる日本の一般的な「就職活動」をしませんでした。
リクルートスーツを着て、何十社も面接を受けるようなルートを通らなかったのです。
ひょんなことからBARの仕事に関わり、そこから僕のキャリアは始まりました。
その後も、東京、ドイツ、千葉、山形、広島、神戸、そして今の長崎と、本当にいろいろな場所を渡り歩きながら仕事をしてきました。
最初から「全国を飛び回るキャリアを作ろう」と緻密に計画していたわけではありません。
目の前の仕事に集中し、飲食の現場でサービスを極めようとしてきたこと。
ワインを必死に学んできたこと。
スタッフを育てる難しさに頭を抱え悩んできたこと。
日々考えたことを、文章にして書き続けてきたこと。
一つひとつを取り出してみると、別々の経験に見えます。
しかし、辞めずに続けていると、それらが少しずつつながってくるのです。
スポーツビジネスの現場で学んだエンターテインメントの視点が、飲食店の空間づくりに活きます。
飲食の現場で苦労したマネジメントの経験が、文章を書く時のリアルな具体例になります。
文章を書くことで、自分の頭の中の考えが整理されます。
整理された考えが、スタッフに伝える時の説得力のある言葉になります。
人に伝えた言葉が、また新しいプロジェクトや出会いにつながります。
そして、新しい出会いが、また次の考えを連れてきます。
こうして、最初には存在すらしなかった道が、自分の後ろに生まれていくのです。
大事なのは、その道は最初から地図に載っていなかったということです。
歩き続けたから、そこが道になったのです。
ここは、かなり大切だと思っています。
僕たちは自分の未来を考える時、どうしても最初に「完成した完璧な地図」を求めがちです。
どの道を進むのが一番正解なのか。
何年後に何が起きるのが理想なのか。
この今の努力は、具体的に何につながるのか。
もちろん、計画は必要です。
何も考えずにただ闇雲に動けばいい、という話ではありません。
ただ、どれだけ深く考えても、最初からすべての道を知ることは不可能です。
なぜなら、未来の大部分は、今の自分の行動によって「後から」作られるからです。
まだ会っていない人がたくさんいます。
まだ知らない技術や知識があります。
まだ言葉になっていない自分の感情があります。
それらは、立ち止まって考えているだけでは出会えません。
続けている途中でしか出会えないものなのです。
つまり、諦めないということは、「偶然に出会う確率を下げないこと」でもあります。
家を出なければ、曲がり角の先にいる面白い人には会えません。
文章を投稿しなければ、その文章を必要としている誰かには届きません。
挑戦をやめれば、確かに失敗は減ります。
しかし、思いがけない素晴らしい出会いも一緒に減ってしまうのです。
#キャリアの作り方 #セレンディピティ #点と点をつなぐ #経験を活かす #予想外の展開
見えた未来は、最初に欲しかった未来とは限らない
ここまで書くと、「なるほど、続ければ最初に願った未来が必ず手に入るんだな」と聞こえるかもしれません。
しかし、僕はそうは思っていません。
続けたからといって、必ずしも思い通りの結果になるわけではありません。
努力した分だけ、同じ形で綺麗にリターンが返ってくるとも限りません。
厳しいようですが、これが現実です。
10年続けても、目標に届かないことがあります。
誰よりも練習しても、選ばれないことがあります。
丁寧に心を込めて店を作っても、思うようにお客様が来ないことがあります。
徹夜で良い文章を書いたつもりでも、ほとんど読まれないことがあります。
僕にも、そういう苦い経験は山ほどあります。
気合いを入れて、何日も推敲して書いた記事よりも、休みの日に少し力を抜いて書いた記事の方が、なぜか爆発的に読まれることがあります。
こちらとしては、「えっ、そっち」と思わず画面にツッコミを入れたくなります。
人生は、なかなかこちらの書いた台本通りには動いてくれません。
では、続ける意味はまったくないのでしょうか。
僕は、そうではないと思っています。
続けることで見える未来は、「最初に欲しかった未来」と同じ形ではないことがよくあります。
一流の料理人を目指していた人が、その現場経験を生かして、素晴らしい商品開発の仕事に進むことがあります。
接客のプロを極めようとしていた人が、気づけば人を育てる仕事に無上の面白さを見つけることがあります。
自分のお店を持ちたかった人が、その知識を活かして複数の店を支える凄腕のコンサルタントになることがあります。
自分の頭を整理するために始めた発信が、見知らぬ誰かの悩みを軽くする大切な場所になることがあります。
最初の目標の形には届かなかったとしても、続けた時間の中で身につけた筋肉が、別の未来への新しい入口を開くのです。
これは、決して負け惜しみではありません。
目標を都合よくすり替えればいいという話でもありません。
未来という建物には、立派な正面玄関だけでなく、横の入口や、目立たない裏口もあるという話です。
しかも、裏口から入った方が、実は自分には居心地がいい場合だってあるのです。
最初は「自分の居場所はここではない」と思うかもしれません。
でも、しばらくそこに立って仕事をしてみると、「むしろ、自分にはここが合っていたのかもしれない」と深く納得することがあります。
続けることで、自分自身も変わっていきます。
始めた頃の自分が欲しかったものと、今の自分が大切にしたいものが違ってくることもあります。
若い頃は、とにかく目立つ仕事や、わかりやすい評価に憧れていたかもしれません。
しかし、経験を重ねるうちに、自分よりもチームの誰かが安心して働ける環境を作ることの方が大切になるかもしれません。
最初は自分の実力を証明したかったのに、いつの間にか、自分の知識が後輩の役に立つことの方がうれしくなるかもしれません。
未来が変わったのではありません。
未来を見る、自分の目が変わったのです。
これも、長く続けた人だけが受け取れる、素晴らしい変化だと思います。
#キャリアチェンジ #新しい目標 #自分の居場所 #適材適所 #人生の軌道修正
続けた時間は、自分を見る目を変える
諦めずに続けることで得られるものは、目に見える技術や結果だけではありません。
自分自身に対する見方も、根本から変わります。
「僕は、何をやっても続かない人間なんです」
そう思って落ち込んでいる人は、世の中に意外と多いです。
3日坊主で終わったダイエットの経験。
途中でやめてしまった英語の勉強。
部屋の隅でホコリをかぶっている運動器具。
1か月だけ書いて、白紙が続いている日記帳。
そういう「続かなかった記憶」ばかりを思い出して、自分のおでこに「続かない人」という札をペタリと貼ってしまいます。
でも、本当にそうでしょうか。
毎日、満員電車に乗って仕事に行っています。
誰かのために、毎日食事を作っています。
何年も同じ趣味を楽しんでいます。
馴染みの店に、ずっと通い続けています。
朝起きて、顔を洗い、歯を磨いています。
歯磨きまで継続として数えるのは、少し反則かもしれません。
それでも、あなたの人生の中で「続いているもの」は必ずあるはずです。
僕たちは、できなかった継続だけを大きく数えて、すでにできている継続を小さく扱いがちです。
これは、自分に対して少し不公平です。
自分への採点が、あまりにも厳しすぎます。
何か一つでも長く続ける経験を持つと、「自分は、ちゃんと戻ってこられる人間だ」と思えるようになります。
毎日完璧にこなせる超人ではありません。
休んでも、迷っても、サボっても、また自分の場所に戻ってこられる人です。
この感覚を持てることは、人生においてかなり強いです。
新しいことに挑戦する時も、「今回も途中で心が揺れるだろう。でも、また戻ればいいや」と気楽に考えられます。
大きな失敗をした時も、「これで自分の人生が全部終わりなわけではない」と思えます。
「自信」という言葉を使うと、少し強くて大げさに聞こえるかもしれません。
僕は、自信よりも「自己信頼」という言葉の方が、感覚に近いと思っています。
自己信頼とは、ものすごくざっくりいうと、「未来の自分を、完全には見捨てない感覚」です。
今はうまくできなくても、少しずつ覚えるかもしれない。
今日はひどく落ち込んでも、明日はもう一度立ち上がれるかもしれない。
一度は嫌になって離れても、また懐かしくなって戻るかもしれない。
自分を過大評価して「俺はすごい」と思い込むのではありません。
自分を完全に見限らないのです。
長く続けた経験は、この自己信頼を少しずつ、しかし確実に育てます。
誰かに褒められなくても残ります。
売上やフォロワーという数字が伸びない日にも残ります。
目に見える結果がまったく出ない苦しい時期にも、自分の中を支える小さな土台になります。
決して派手ではありません。
でも、地震が来ても崩れないくらい、かなり丈夫です。
#自己肯定感の育て方 #自分を信じる #自己信頼 #レジリエンス #失敗から学ぶ
やめることと、諦めることは同じではない
とはいえ、「とにかく何でもかんでも続ければいい」というわけではありません。
ここは、非常に丁寧に分けて考えた方がいいと思います。
自分の心や体を壊してまで、続ける必要はありません。
人として尊重されないブラックな環境に、無理に歯を食いしばってとどまる必要もありません。
明らかに自分をすり減らし、傷つけるようなやり方なら、今すぐやめた方がいいこともあります。
「諦めるな」という美しい言葉が、逃げ道をふさぐ重たい鎖になってはいけないのです。
僕が大切だと思うのは、「何をやめるのか」を切り分けて考えることです。
今の劣悪な職場をやめることと、働くことそのものを諦めることは違います。
今のうまくいかない方法をやめることと、最終的な目標を諦めることは違います。
今日1日思い切って休むことと、人生を投げ出すことは違います。
うまくいかなかった1つの店を閉じることと、商売人としての人生を終えることも違います。
「やめる」という言葉は1つですが、その中身はまったく違うのです。
履いている靴が合わなくて足が痛いなら、靴を替えた方がいいです。
足を切り落とす必要はありません。
少し極端な例えですが、そういうことです。
長く続けるためにこそ、あえて「やめる」ものもあります。
不要なこだわりをやめます。
100点満点を狙う完璧主義をやめます。
他人と自分を比較して落ち込むことをやめます。
一人で全部の仕事を抱え込むことをやめます。
最初に決めた計画に、意地になってしがみつくことをやめます。
そうやって不要なものを手放していくと、最後に「本当に続けたいもの」だけが手元に残ります。
継続とは、足し算だけではありません。
引き算でもあるのです。
むしろ、長く仕事や発信を続けている人ほど、上手に捨てています。
毎日100点を取ることを、潔く捨てます。
すべての人に好かれ、理解されることを捨てます。
一度も迷わない強い自分を捨てます。
そして、今日は60点でもいいから、とにかく前に進むことを選びます。
これは妥協ではありません。
長い長い道のりを歩き続けるための、大人の知恵です。
#完璧主義を手放す #戦略的撤退 #やめる勇気 #引き算の法則 #逃げじゃない
未来は、遠くではなく足元から現れる
未来という言葉を聞くと、僕たちはつい、遠い先のことばかりを想像します。
5年後。
10年後。
誰もが羨むような大きな舞台。
画期的な新しい仕事。
経済的にも精神的にも満たされた、理想の暮らし。
もちろん、それも素晴らしい未来です。
ただ、何かを続けたことで見える未来は、もっともっと小さな形で現れることがよくあります。
以前より、少しだけ早くエクセルの作業ができるようになった。
ずっと苦手だった他部署の人に、自分から自然に挨拶できるようになった。
わからないことを、変なプライドを持たずに「教えてください」と質問できるようになった。
1年前に書いた自分の記事を読み返して、「今の方が少しだけ伝わりやすい文章が書けているな」と思えた。
仕事で失敗して落ち込んだ後、立ち直るまでの時間が、昔より短くなった。
これも、立派な未来の形です。
未来は、ある日突然、ファンファーレと共に金色の扉を開けて登場するとは限りません。
「お待たせいたしました。こちらがあなたの注文した未来でございます」と、ホテルの優秀なベルスタッフのように、恭しく運んで来てくれるわけでもありません。
日々を過ごし、ふと気づけば、昨日とは少しだけ違う自分になっているのです。
できなかったことが、たった一つだけできるようになっています。
緊張して話せなかった人と、笑って話せるようになっています。
昨日まで見えなかった選択肢が、一つだけ増えています。
その、本当に小さな変化を見逃さないことが大切です。
大きな結果だけを「未来」だと思い込んでいると、そこに至るまでの途中の変化が、すべて無価値に見えてしまいます。
まだ売上が目標に届いていません。
まだ自分の名前は多くの人に知られていません。
まだ欲しかった資格を取れていません。
まだ理想のポジションには立てていません。
「まだ」ばかりを数え始めると、人は苦しくなります。
一方で、「以前の自分と比べて何が変わったか」を見ると、自分が確実に歩いてきた距離が見えてきます。
以前なら3日で放り出していたのに、今回は1か月続いています。
以前なら失敗すると1週間ずっと引きずっていたのに、今は翌日には切り替えて動けています。
以前なら一人で抱え込んで悩んでいたのに、今は弱音を吐いて相談できる相手ができました。
以前なら頭の中で考えるだけだったのに、小さくても実際に行動して試せるようになりました。
これらは、最終的なゴールではありません。
でも、間違いなく未来への入口です。
未来は、ずっと遠くにあるキラキラした完成品ではなく、足元に少しずつ増えていく選択肢のことなのかもしれません。
僕は、そんなふうに思っています。
#小さな変化 #自己成長 #スモールステップ #日常の気づき #過去の自分を超える
というわけで
というわけで、今日は「諦めずに続けられたことで見えた未来」について書きました。
「とはいえ」で語ってきたように、続ければ必ず願った通りになるとは限りません。
重ねた努力が、わかりやすい形で即座に返ってくるとも限りません。
輝かしい未来が約束されているわけでもありません。
それでも、続ける意味は確かにあります。
続けることで、自分の中に技術が少しずつ身につきます。
思いがけない人と出会います。
バラバラだった経験がつながります。
モヤモヤしていた考えが、相手に伝わる言葉になります。
自分を見る目が、少しだけ優しく変わります。
そして、始めた時には存在すらしなかった選択肢が、少しずつ見えるようになります。
僕が思うに、諦めなかった人が最終的に手にする一番大きなものは、最初から決めていたゴールだけではありません。
「ああ、こんな道もあったのか」と気づけることです。
それは、未来を当てる力ではなく、未来を増やす力です。
この力は、続けた時間の中でしか育っていきません。
今、この文章を読んでいる方の中にも、何かを懸命に続けているのに、まったく手応えがない人もいると思います。
毎日やっているのに、自分だけが何も変わっていないように感じる人もいるでしょう。
周りの人たちだけがどんどん先に進んでいって、自分だけが同じ場所にポツンと取り残されているように見える日もあります。
そんな時は、無理に「絶対に報われるはずだ」と思い込まなくてもいいと思います。
半信半疑でも大丈夫です。
自信がなくても構いません。
少し休んでもいいです。
やり方を変えてもいいです。
ただ、自分が本当に大切にしたいと思っているものまで、今日の疲れた気分だけで全部手放さなくてもいいのではないでしょうか。
明日の自分に、もう一度選ぶ余地を残しておくのです。
今日できることは、本当に小さくて構いません。
ノートに1行だけ書きます。
本を開いて10分だけ読みます。
信頼できる1人にだけ相談します。
小さなことを1回だけ試します。
そして、もしできなかった日は、「まあいいか」と自分を許して、また次の日に戻ります。
その泥臭い繰り返しの先で、ある日ふと立ち止まって振り返ると、以前とはまったく違う場所に立っていることがあります。
進んでいる最中には暗闇で見えなかった道が、後ろを振り返った時には、はっきりと1本の道につながって見えます。
「あの遠回りも、今思えば無駄ではなかったのかもしれない」
「あの手痛い失敗があったからこそ、今の考え方になったのかもしれない」
「あの苦しい時、完全に手放さなくて本当によかった」
そう心から思える日が、きっと来るかもしれません。
僕自身も、まだまだ道の途中です。
自分の未来がすべて見えているわけではありません。
むしろ、見えないことの方が圧倒的に多い毎日です。
それでも、続けてきたからこそ見えるようになった景色が確かにあります。
出会えた人がいます。
ようやく言葉にできるようになった考えがあります。
そして、以前の僕には想像すらできなかった「次の道」があります。
だから僕は、これからも「絶対にこうなる」という大きな確信を持つのではなく、「今日はこれができた」という小さな納得を重ねながら進みたいと思います。
諦めないとは、歯を食いしばり続けることではありません。
何度でも、自分の大切なものを柔らかく選び直すことです。
未来は、ただ待っていれば向こうからやって来るものではないのかもしれません。
今日の小さな一歩が、明日見える景色を少しずつ変えていきます。
そして、その景色の先に、今はまだ名前のない未来があるのだと思います。
それでは、また!
#人生の選択 #新しい景色 #大人の学び直し #マイペースに生きる #自分らしい働き方
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