駅を起点に、真田家じゃない上田の歴史。with 『裸の街』(1948)レビュー
上田駅に降り立つ。改札を抜けた瞬間、視界に入るのは「真田の城下町」という、あまりに強固な物語装置だ。
六文銭、幸村、第二次上田合戦。
だが今日は、その重力から一度距離を取るために歩く。駅を起点に、上田市立博物館へ向かう散歩である。
駅前の平坦な道を進むにつれ、城下町としての上田が、戦国ではなく「幕末から近代」へと連続していたことが、身体感覚として立ち上がってくる。

展示室でまず突きつけられるのは、英雄譚ではなく、実務と制度の世界に身を置いた上田出身者たちの実像だ。
海を渡った若君――松平忠厚
松平忠厚は、その象徴である。上田藩最後の若君。
だが彼は、藩主にも、軍人にもならなかった。アメリカに渡り、土木技師としてキャリアを構築した人物だ。
忠厚は、ラトガース大学を優秀な成績で卒業しながら、日本に帰らなかった。兄・忠礼との約束を破り、現地に残り、結婚し、ニューヨーク市のマンハッタン高架鉄道で技師として働き始める。ブルックリン橋の設計に携わり、三角測量を応用した測量機器を発明し、全米で名を知られる存在となる。
しかし、彼はその特許を取らなかった。名声は得たが、富は得なかった。この一点に、忠厚の技術者倫理が凝縮されている。
やがてユニオン・パシフィック鉄道の主任技師として西部横断鉄道敷設を成功させ、さらにペンシルベニア州ブラッドフォード市の行政技師に就任する。日本人として、アメリカで初めて公職に就いた事例である。新聞は彼を「ジニアス・マツダイラ」「日本から来たプリンス」と称えた。
だがそのキャリアは、37歳で終わる。過労による肺結核。療養のため移り住んだコロラド州デンバーで、その生涯を閉じた。上田とコロラドを結ぶ線は、この短く、しかし濃密な人生によって引かれたものだった。
展示を見終えたとき、忠厚は「異端」でも「裏切り者」でもないことがはっきりする。彼は、武と家の論理から離れ、技術と制度の世界で自己を全うした、極めて近代的な上田出身者だった。
理を武に先立たせた男――赤松小三郎
常設展示に移ると、もう一人の37歳が現れる。赤松小三郎である。
和算、蘭学、測量、兵学、航海術。赤松は、知の総合体だった。勝海舟に学び、長崎海軍伝習所で西洋の実学を吸収し、上田藩の兵制改革に関わる。『英国歩兵練法』の翻訳は、単なる技術移入ではなく、近代国家に必要な制度理解の表明だった。
彼の建白書は苛烈だ。身分にとらわれない人材登用、藩主自らが改革の先頭に立つべきだという主張。幕府宛の口上書では、長州征討の無謀さを断じ、破格の制度改革を迫る。これは剣ではなく、理で時代を動かそうとした人間の言葉だ。
その理は、当時あまりに早すぎた。薩摩藩士・桐野利秋らによって、京都で暗殺される。赤松小三郎もまた、37歳で生涯を閉じた。
展示されている和洋折衷の佩刀が象徴的だ。日本刀でありながら、サーベルの意匠を持つ。彼自身が、旧と新の境界に立ち続けた存在だったことを、物言わず示している。
上田という土地の輪郭
さらに展示は、丸山徳五郎、赤報隊、上田騒動へと続く。討幕の理想が制度に裏切られ、民衆の不満が暴発し、秩序が揺れる。
ここには、英雄的勝利の物語はない。あるのは、政治と経済の摩擦の中で翻弄され、それでも制度の側へと回収されていった人々の姿だ。

博物館を出て振り返ると、上田という土地の輪郭が変わって見える。ここは「幸村の町」である以前に、理と技術と制度を信じた人間を生み出してきた町だった。
駅に戻る道すがら、最初に感じた真田の重力は、すでに後景に退いている。代わりに浮かび上がるのは、刀ではなく図面を引き、建白書を書き、橋と鉄道と制度を設計した上田出身者たちの実像だ。
上田駅は、戦国へ向かう入口であると同時に、近代へと静かに歩き出した人々の出発点でもあった。その事実を知っただけで、この散歩には十分すぎる意味があった。
さて、ブルックリン橋である。
「天才技師マツダイラ」が構築した世界が、その後どう使われたかの一断面を描くのが、1948年の映画「裸の街」だ。

ブルックリン橋は、ただ沈黙して都市を成立させている――『裸の街』(1948)レビュー
ブルックリン橋は、この映画で雄弁に語られない。
だが、だからこそ主役たり得る。
『裸の街』(ジュールズ・ダッシン、1948年)は、ニューヨーク市警の捜査をリアルに描いたセミ・ドキュメンタリーであり、後の刑事映画の系譜を決定づけた作品である。黒澤明『野良犬』からウィリアム・フリードキン『フレンチ・コネクション』に至るまで、都市型犯罪映画の骨格を形づくったエポック・メイキング。

だが本作を真に貫いているのは「刑事」でも「犯罪」でもない。
それは橋であり、橋に代表される都市インフラそのものである。
ブルックリン橋は、劇中で殊更に強調されるわけではない。むしろ、似た構造をもつウィリアムズバーグ橋がクライマックスを担う。
だが、ここで重要なのは個別の橋名ではない。19世紀後半に構築された「橋という近代装置」が、ニューヨークという巨大都市をどう貫いているか、その思想である。
クライマックス。
撃たれ、追い詰められた犯人は、ウィリアムズバーグ橋を上へ上へと登っていく。橋梁、鉄骨、階段、直線。そこに感情はない。あるのは、徹底して合理化された構造体だけだ。
セミドキュメンタリー映画の代表作として語られる所以は、この構造の冷徹さを一切緩めない撮影にある。
橋は人間の心理を代弁しない。むしろ逆だ。人間の恐怖や絶望が、橋の幾何学によって測定されてしまう。
犯人が見下ろす眼下には、巨大な都市が広がる。だが次の瞬間、遥か遠景に、テニスをのどかに楽しむ人々の姿が映し出される。生と死を、大遠近法で一枚の画面に収めるショット。ここで橋は、悲劇を強調しない。悲劇を相対化する。
これが「ハードボイルド」という言葉の映像化である理由だ。
橋は、善悪を裁かない。救済もしない。ただ、都市を運び続ける。
この橋の在り方は、松平忠厚が関わったブルックリン橋の思想と重なる。
英雄の記念碑ではない。感情を託す象徴でもない。都市を機能させるための沈黙した構造物であること。
『裸の街』において、刑事は老い、犯人は死ぬ。
だが橋は残る。そして翌日も、人と車と生活を渡らせ続ける。


ブルックリン橋は、この映画の中で何も語らない。
それゆえに、この映画は語りすぎない。都市とはそういうものだと、橋が黙って教えている。
『裸の街』とは、犯罪映画ではない。橋が成立させている都市の、冷静な記録映画なのである。
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