東京のおじいちゃん
"優美堂の看板"に出会ったのは、約30年前。
東京に上京したばかりで、電車の乗り換えも、人との距離感も、何もかもが下手だった頃だ。
神田小川町にある老舗の額縁屋さん"優美堂の看板"は色褪せて消えかかっており、印象派のあの有名な画家の絵のようにも見えた。目を細めると富士山が描かれていることが何となくわかるほどだった。

正直、きれいとは言えなかったが、この街の歴史を生き抜いてきた風格があり、静かに見守ってくれているようで、なぜか安心した。
それから神田に来るたび、用がなくても、街に一人だけの知り合いに会いに行くように"優美堂の看板"の前にやって来た。
東京の"おじいちゃん"みたいな存在だったのかもしれない。
私は年を取っていった。
仕事に慣れて、失敗もして、少しずつ「東京の人間」になっていった。
優美堂の看板も一緒に年を重ねていった。
それでも優美堂は、ずっと変わらず、私を迎え入れてくれた。
それが、ある日、変わった!
リノベーションされていたのだ‼︎

白くなって、きれいになって、「今どき」の顔をした"カフェ"になっていた。
きれいだ!
でも、知らない人みたいだ。
そして、ふと思った。
あれ⁈
俺のほうが"おじいちゃん"みたいじゃないか。
優美堂は若返った。
私はただ、ちゃんと年を取っていた。
昔は、おじいちゃんに見守られている感じがしていたのに、今は、こっちが年上になってしまったみたいで、なんだか立場が逆転したような気がした。
それが、少しだけ寂しい。
街は生まれ変わる。
建物も生まれ変わる。
でも、人間はそう簡単に若返らない。
今日も、リノベーションされた優美堂の前を通る。
そして、心の中で、昔の"優美堂の看板"にこう語りかけている。
「今まで、見守ってくれてありがとう」
