第2章|畑に辿り着くまでが、いちばん長かった
地方に移住したからといって、
すぐに畑に触れられたわけじゃない。
むしろ、
畑に辿り着くまでの時間のほうが、
思っていたよりずっと長かった。
「移住したら、土のある暮らしがすぐ始まる」そんなイメージをあの頃の僕はどこかで抱いていた。
でも現実は違った。
最初に立ちはだかったのは、
畑ではなく、人との距離だった。
よそ者として、地域に入るということ。
僕は地域おこし協力隊としてこの町に来た。
だから、町の人と顔を合わせる機会自体は、
最初から比較的多かったと思う。
イベント、作業、打ち合わせ。挨拶もするし、雑談もする。「よそ者」としては、かなり恵まれた入口だったはずだ。
それでも、“本当に地域の中に入る”という感覚は、まったく別物だった。
顔見知りになることと、
信頼されることは違う。
ましてや、生活の場であり、仕事の場でもある「農の現場」に入ることは、さらにハードルが高かった。
いきなり農家さんの畑には入れない。
正直に言うと、最初から農家さんのところに行って「手伝わせてください」
と自然に言えるほど僕は地域に溶け込めていなかった。
・どこの誰か分からない
・どれくらい続く人なのか分からない
・途中でいなくなるかもしれない
・農機具は高価な物も多い
畑は、そんな簡単に
任せられる場所じゃない。
頭では分かっていたけれど、いざ現実としてぶつかると、「畑に触れる迄辿り着くって、こんなに遠いんだな」と感じた。
そんな僕にとっての最初の入口は、
意外なところからやってきた。
地域おこし協力隊の一年後輩が、
「無肥料・無農薬の畑をやりたい」
と言い出したのだ。
僕はその“当事者”ではなく、
あくまで手伝う側だった。
でも、その“巻き込まれる形”が、
結果的に僕にとってはちょうどよかった。
いきなり地域の農家さんの懐に入るのではなく、まずは同じ立場の移住者の挑戦に並走する。
その一歩が、僕にとっての“農への入口”になった。
人の縁が、次の扉を開いた
もう一つの大きなきっかけは、同じ関西出身の有機農園さんとの出会いだった。
土地の縁でもなく、
肩書きの縁でもなく、
ただ「同郷」という共通点。
よそ者同士だからこそ、
どこか通じ合う感覚があった。
そこから少しずつ距離が縮まり、
やがて、畑の手伝いをさせてもらえるようになった。
振り返ると、畑に辿り着けた理由は、
「農をやりたい」という意志ではなく、人との縁が、偶然つながっていった結果だった。
「農業」はひとつじゃなかった。
無肥料・無農薬の畑。
有機農園の畑。
同じ“農”という言葉でくくられるけれど、そこにはそれぞれの考え方があり、
それぞれのやり方があった。
農業と一言で言っても、
農法は一つじゃない。
この事実を体感したことで、
僕はようやく気づいた。
「畑に入る」というのは、単に作業を覚えることじゃなく、その人の生き方や価値観に触れることでもあるのだと。
畑に辿り着くまでの“遠回り”がくれたもの今思えば、畑に辿り着くまでにかかった時間は、決して無駄じゃなかった。
人との距離感を学び、地域の空気を知り、自分が“ここにいていい存在かどうか”を身体で確かめる時間だった。
この遠回りがなければ、僕は土に触れた時の感覚を、あそこまで深く受け取れなかったと思う。
つづく
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※補足:地域おこし協力隊って何?
僕がこの町に来たきっかけになった「地域おこし協力隊」は、都市部から地方へ移り住み、地域の活動や仕事に関わる人を国(総務省)が後押しする仕組みだ。
任期はだいたい最長で3年。
その間に地域に入り込み、
関係をつくりながら暮らしていく。
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