「リベラル再生」の鍵は「客層を変える」こと
今日は選挙前だが「リベラル再生」のシナリオを考えてみようと思う。要するに週末の衆院選での自民党圧勝を前提に、その後のシナリオをシミュレーションすることになる。ネガティブな未来予測をしているという理由で、また自称「リベラル」から容姿や年齢について中傷されるルートに入るような気もするがそういうのはサクッと訴えて晒すとして(試しに一件やってみようと思っている。どんな人がやっているのか興味あるし……)、本題に入ろう。
とりあえず最初にやるべきは、この国の「リベラル」のSNS文化を変えること……というか、あるタイプの発信をなくしていくことだ。
現代のSNSの「リベラル」(特にXとYoutubeのコメント欄にいる人たち)には、コンプレックスの発散として自分より頑張ってる人や成功している人や目立っている人を捕まえて、「マイノリティの視点がない」と難癖をつけて(実際にそうであるかは、検証されないのであまり関係がない)自分を知的で文化的にブランディングするタイプのコミュニケーションを取ることが止められなくなってるケースがとても多い。
このタイプの人がインターネットで発言しなくなるだけで、そして他の発信の仕方を覚えるだけで若者からの嫌われっぷりはだいぶなくなると思う。
そしてこれが重要なのだが、きちんと差別や不正と戦うためのコミュニケーションは、実のところ、こうしたものとは全く「別」だということだ。
しかし今日のインターネット文化では、かなりの割合のリベラルな人たちが、前者と後者のコミュニケーションを9対1くらいの割合で発信している。というか、正確にはリベラル村の「文化」的にも、Xのアルゴリズム的にも前者のコミュニケーションが「目立つ」ようになってしまっている。
そうやって、彼ら彼女らのプライドを維持するために、社会から「リベラル」そのものがどんどん嫌われてしまい、特に若者世代からの支持は退潮していってるように思う。これはどう考えてもマズい。
ではどうするか。僕の考えは「対決より解決」を掲げながらも、「ダメなものはダメ」ということを「両立」することだ。
端的に言えば、経済、軍事、エネルギーなどは「対決よりも解決」で「是々非々」でやる。しかし「人権」は絶対に譲らない。この線引きでやるべきだと思うのだ。「程度問題」なイシューについてはどこまでも柔軟に、ゼロイチでやらないと当事者の人生が詰むようなイシューは絶対に妥協しない。このメリハリが重要だ。もちろん、前者と後者の線引きが難しい問題は当然ある。だからそこは、手探りで試行錯誤していくしかないのだけれど、今の日本はその数十歩前で立ち止まっている。
あとは、さすがに年長世代の「左翼」文化は啓蒙のレベルでどうにかしたほうがいいと思う。
ここから先は

u-note(宇野常寛の個人的なノートブック)
宇野常寛がこっそりはじめたひとりマガジン。社会時評と文化批評、あと個人的に日々のことを綴ったエッセイを書いていきます。いま書いている本の草…
僕と僕のメディア「PLANETS」は読者のみなさんの直接的なサポートで支えられています。このノートもそのうちの一つです。面白かったなと思ってくれた分だけサポートしてもらえるとより長く、続けられるしそれ以上にちゃんと読者に届いているんだなと思えて、なんというかやる気がでます。
