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「京都」の話

今日は久しぶりに個人的なことを書こうと思う。僕は若い頃、京都に7年ほど暮らしていたことがある。僕は父親が転勤族だったので、子供の頃からいろいろな街に暮らしてきたけれど、東京を除けば唯一5年以上暮らしたのが京都だった。そして唯一、もう一回暮らしてみたいと思うのも京都なのだ。

京都というと閉鎖的なイメージが強いかもしれないけれど、僕の経験上唯一余所者扱いされなかったのは、正確には余所者であることを気にされなかったのが京都だった。たぶん僕が初めて自分の街だと、ある種の帰属感のようなものを感じたのが京都だったと思う。だから僕は京都の仕事は基本的に断らない。最近はこうして公言していることが幸いして、京都の仕事が多い。その日も京都に関係するあるプロジェクトの打ち合わせだった。その打ち合わせの席で、僕は訪ねられて冒頭に書いたようなことを述べたのだ。

僕が京都でだけ、余所者扱いされなかったと感じた理由は明白だ。京都市はその人口のなんと一割を学生が占めている。だからパンや粉ものや町中華やラーメン定食などの、学生が食べるようなものが安くて美味しかったりする。だから観光客慣れしているだけではなく、西日本を中心に全国から学生が集まる京都は、特に若い余所者に慣れている街なのだ。

そりゃあ、室町時代あたりから残る老舗があたりまえのようにひしめくコアなコミュニティは、イメージ通り閉鎖的で、面倒くさいものがあるのかもしれない。しかし、その外側には若者たちのモラトリアム・シティが広がっているのだ。それも私立文系や広義の美大系が多いせいか、いわゆる学生の年齢ではなくなっても社会に出ているのか出ていないのかよく分からない若者たちがたくさんいる。自分がまだ在学しているのか、放学されているのかもよく把握していないお兄さんとおじさんの中間物とか、自称クリエイターのよく分からないけれどとりあえず定職についていない人とか、そういう「何者でもない」若者たちがたくさんウロついているのだ。そして東京とは違い、京都の「何者でもない」「怪人」たちは「業界」から遠いせいか、人口に占める同類の割合が高いせいか、相対的にあまりそのことを気にしていない傾向があったと思う(単にダメ人間が多いという説もなくはないが……)。

いまは半ばハイブランド化している伝統工芸も、かつてはこの街の等身大の暮らしのなかから生まれたものだったはずで、現代の京都にそういった日常の暮らしの中から何かを生む力があるとしたら、こういった「何者でもない」「怪人たち」が支えているのだと僕は思う(たとえば現代の京都の個人書店文化がこの層に支えられているのは、誰の目にも明らかだろう)。

さて、こうした話を一通りしたとき、同席していた打ち合わせの相手の一人が、笑いながらこう述べたのだ。「宇野さんもそういうよく分からない怪人たちの一人だったんですね」と。

僕はハッとした。

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僕はもはやFacebookやTwitterは意見を表明する場所としては相応しくないと考えています。日々考えていることを、半分だけ閉じたこうした場所で発信していけたらと思っています。

宇野常寛がこっそりはじめたひとりマガジン。社会時評と文化批評、あと個人的に日々のことを綴ったエッセイを書いていきます。いま書いている本の草…

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