愛するということ
2025年12月21日〜22日
冬至点を越えて
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共に生きることを諦めようとしたけど、出来なかった。
とっくに共に生きていた。
ずっと目に見える繋がりを求めていた。
本当はずっと繋がっていた。
言葉や形ではなかった。
ただそのままで存在してくれるだけで、わたしはわたしとして生きる事ができるのだと。
生かされるのだと。
自由意志を尊重し、どんな形であっても、相手を愛することができるのだと。
愛することを手放す必要はなかったのだと。
きづかされた。
その事がこんなにも感謝と幸せに満ち足りた穏やかなものなのかと。
***
冬至前の数日間、ジェットコースターのように、絶望からの気づき、学び、変容、悟りのような安穏の境地を繰り返した。
出来事の大きさ、そこからの学びの深さ、激しい絶望からの平安、それらがかなりのショートスパンで起きて、何が起きているのか、時空が歪むような、おかしな状態になっていた。
1ミリも自分から逃げずに、寄り添い、そこにありつづけた。
乗り越えた。
やっと。
恐れや痛みが、まるごと大きな愛で包まれた。
どんな出来事も、どんな感情も、わたしがわたしであれる所以だった。
わたしがわたしとしてこの世界に生きる意味、愛を学び、拡大していく為のものだった。
だからこそ、そのままの存在で、私は生かされていたのだと。
その事に、感謝と愛が一気に溢れた。
ほんとうにほんとうに、よく頑張った。
そして大切な人たちとの繋がりも深く深く感じられた。
まさに、陰が極みに極まり、一気に陽に転じた。
怒涛の日々を超えて、幸せと喜びの多幸感で冬至を迎えられた事が、奇跡でしかない。
心からの感謝を。
もう、
愛することから 逃げなくていい。
ただ、愛すればいい。
それだけ。
