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「遮るものがない」ってさ…  719

数日前、お昼も過ぎた頃に「ん?この懐かしい感じ…」と右足に違和感を覚えた。
違和感なんて言うと大げさで、ただひざの横っちょがかゆくなっただけなんだけど…。

突然じわじわくるかゆみだったから、思わず右ひざあたりを見てみると…特に何もない。
でもかゆい…そのまま指のはらでその辺りを触っているとプチッと小さなひっかりがあった。

どうやら虫刺されのようだけどまだ腫れてきてないタイミングのようで、見た目さっぱりわからない。
でもね、本人としてはあるんです、覚えのあるプチッとが…。
だから「見た目大丈夫だからいいかー」なんてわけにはいかないのよ、結局かゆいし…。


「足を出してたわけじゃないのに、いつどうやって刺されたんだ…」
「溝掃除の時のなんか?ってそれだと出てくるの遅すぎ…」
なんて頭はブツクサやっていたけれど、ハタと思い出したのだ
「あ、虫刺されにはバンキーだった!」

バンキーは俗に言う吸い玉。
最近はスポーツ選手の背中にその跡を見ることもちらほらあったりするけれど。
今回は血流促進うんぬんよりも、ポイズンリムーバーよろしく炎症の原因になっているものを皮膚の外に出してくれる使い方になる。

早速「かゆいのはこの辺り…」とちょうどひざを曲げたところの外側、線が途切れるところのお皿寄りにカップをくっつける。
ここに虫刺されの「口」があったりすると、そこから体液や残っている虫の針なんかが出てくるのだけど…待てど暮らせど口が開かない…
口が開かないばかりか、虫刺されの跡すら浮かんでこない…
「いや、でもかゆいんよな…」なんて誰に言うともなく言い訳じみたことを言い始める…。

「まぁ、焦っても仕方ない…」と正気に戻り(?)少し長めの時間を取ることに決め、その間足を出しているついでにふくらはぎにもカップをいくつかくっつけることにした。

ふくらはぎの真ん中あたりにゴリッとした硬いところがあるのは知ってるんだけど、もんだりローラーでゴリゴリしても働きかける強度が弱いというか、いまいち届いている感が薄く感じていたので、軽い気持ちでひざ下の前や後ろにいくつかカップを吸いつけてみた。

15分ほど経ったところで、ひざ横のカップを覗いてみても…特に変化はない。
赤くもなっていないし、口が開いているわけでもない。
「別に流血したからかゆみがゼロになるわけでもないし…」と、自分の中の変な期待に言い訳しながらその時のバンキーは終了した。


それ以降かゆみは治まり、数時間の間に何回かチクッとすることもあったけれど、夕方にはすっかり虫刺されやかゆみのことを忘れるくらいになっていた。
そんな久しぶりにバンキーをしたことすら忘れた頃、「ん?え?」と驚いたことがあった。
それは、立っている時に右の足だけ足の裏からお尻まで、つっかかるところもなくスーッと腰や背中まで力が通っているという感覚だった。

そんなの当たり前だと思うかもしれないけれど…普段通ってないとね、通ってる状態っていう経験値や体感もないし、通ってなかったってことすら知らないわけです、本人は。
…って、そういうことも今回わかったんだけど。


毎晩足裏をツボ押しするようになって、先月あたりからか母指球のあたりがポカポカするような感覚を持つようにはなっていたんだけど、それですら
「なんか、足があったかい…ポカポカする…これってあったかさが巡ってるってこと?それとも、そこに力かけ過ぎてジンジンしてるだけ?」
なんて、慣れない温かさの理由に確信を持てないでいた。

それが、台所で立っていたら、右足だけわかったのだ。
スーッと足の下の方から上へ、どこか筋肉が硬くなることもなく、自分の意図と関係なく流れる…というか動くものが。
「止めるものがないってこういうことなんだ…」、その後に「『通る』ってこういうことなんだ…」、それから「今まで止めてた(止まってた)ってことだ…」と。

そして、明らかに左足には止めるものが「ある」ってこともわかる。
右足に比べると「通ってない」「止まっている」ってことがわかる。

この状態を体験しながら、今までの自分が「足ってそういう感じでしょ?」と言葉にならないところで思っていた、いや「決めつけていた」ってことも改めて知る。

「決めつけていた」みたいなところで言うと、自分は「健康な状態」ってことを思い描けていなかった、というか「知らない」し「知ろうともしなかった」ってことだとも言えて。
おそらくこの感じは一事が万事だと思うけど、これって本当に残念というかもったいないことだと感じた。


小さな頃はいちいち自分の身体の中の流れを思うなんてことをしたこともなかったし、ただただ「使う」だけだった。
「いつ滞りだしたのか」「元はどうだったのか」なんてさっぱりわからないし、「そもそも本当に元なんてあったのか?」みたいな状態の「今」ではあるけれど、この体感の静かな心地よさに、もともとの身体の持つ「スムーズな流れ」や「余白」、そして「からだに在る」ということの安心感を知り、あったかいようなむずむずするような、なんだか不思議な余韻を味わった午後だったのでした。





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