その「ごめんなさい」はどこに向いていたのか、という話 983
お昼には予報通りの雨がしとしと降り始めた。
そして、「あ…日付、間違って書いたわ」と先日いただいた荷物のお礼状を投函した後に気づいたのもお昼過ぎ。
カレンダーで今日の日付を確認したつもりが、一段上の先週の日付を書いたことを今頃思い出した。
「あの日付だったら、先方からの荷物すら届いていないじゃないか…」
なんて真顔でつぶやくも、時すでに…
って、過去からだか未来からだかよくわからないお礼だな…。
以前だったら「どうしよう!どうしよう!」なんてあわあわしていただろうけれど、「もう投函しちゃったしな…おバカさんだなって笑ってもらうしかないか…」くらいしか浮かばなくなっている自分の図太さだかあきらめの早さだかに「そうか、人生は確実に進んだんだな…」と、よくわからない実感をジワらせていた。
「どうしよう!」って言ってた以前の自分は「いろんなものを含んでいたんだなぁ…」なんてこともぼんやり思う。
さも「悪いことをしてしまった」「先方に失礼になる」なんて、一見理由も礼儀も「正しそう」なことをまとっているようだけれど、「失敗をしてしまったわたし」「わたしの失敗をリカバーしなきゃ」なんて、もしかしたらそのあわあわの中に「先方」は存在していなかったかもしれない…なんてこととか。
こんな「すり替え」、意識に上がっていないのをいいことに「山ほどやってきたんだろうなぁ…」なんて、他人事みたいに思うその隣を「えらいことやってきたなぁ…」なんてさっきのあきらめモードの自分が並走している感じ。
もちろん「以後気をつけます」は本気で思っているし、出来る限りのフォローはしたけれど…最終、もしかしたら先方を怒らせたり、それでご縁を切られたりすることもぜーんぶ自分で引き受ける、それをちゃんと納得する、飲み込むってところまでがセットなんだな、きっと。
人間はいろんなことを意識・無意識に関わらず「握りしめ」がちだけど、その中身がいいことだろうと、悪いことだろうと、結局全部「手を開いて離す」んだろうなぁ…なんてことも、最近よく思う。
執着するでもなく、逃げるでもなく、ただ「それでは、これで…」って自分を通り過ぎていくように。
意味があったとか、なかったとかとは関係なく。
しとしと雨のせいか、それともぼーっとした頭のせいか。
そんなことをポロポロ考えていた午後だったのでした。
