くつろいでいられる場所とは…955
夕方、小松菜を切りながら、どなたかがインスタでやっていた包丁を動かすとき半身になって(右手に包丁を持っているなら、右足と右半身をちょっと後ろに引く)作業するといいという話を思い出す。
「そもそも、この話を最初に知ったのは『ぼくらの七日間戦争』で、ぽっちゃりめの料理好き男子の発言だったよなぁ…」「インスタの人もそこ始まりだったりして…」なんて思いながら右足を引いてみる。
確かに、普段しないこの体勢は身体がコンパクトになるし、いつもの力の入り方とは違う。
その感じに「なるほど身体がまとまると疲れ方が違うってヤツなのかもしれない…」なんて思っていたら…呼吸が止まっていることに気づく。
止まるというか、浅いというか…息を忘れるというほど劇的でもないんだけどねぇ…。
こういうことは正直よくある…
というか、ここまでの人生で呼吸が深くしっかり日常でできていたことって…ないよね、と思うほど呼吸が浅いと思っている。
呼吸が大事だということはそこここで耳にしているし、実際息を止めたら苦しいんだから、人間呼吸を止めたらアウトだということも一応理解している。
そんな呼吸でよくここまで生きてこれたと正直思っているし、深く安定した日常の呼吸というものがどういうものなのか、そんなに今と体感が違うのか…ということもぼんやり考えたりもする。
放っておいていいことではなさそうだし…と呼吸法と言われるものにいくつかトライしてみるも、「呼吸が入らない」「吐けない」と基本ができていないので、「その前に(息をするためにも)結局全身やらなきゃってことか…」とガックリしたものの、今はみちみちとゆるめて、動かして…をやっている。
話は戻って、呼吸を忘れている状態から「じゃあ、深く呼吸をしながら小松菜を切るってどんな感じなんだ?」と、まずは体験してみることにした。
3秒吸ってちょっと止め、6から9秒かけて息を吐く…をやってみることにして、まずは息を吸ってみる。
意識せずに吸うと胸骨のあたりで止まることに気づき、「背骨、背骨を通す…」なんて言いながら背中ルートで呼吸を入れると…すんなりお腹へ通っていく。
お腹がふくらんでくると「なるほど、ここに空間ができるんだよねぇ…」なんて丹田の話を思い出す。
「ここがいつも温かい、ここから熱が生まれる…って、どんな感じだろう」
「確かにあったかいとホッとするよねぇ…下腹まで呼吸が通ると確かに重心が下がるというか、安定するっていうのも分かる気がする」
「いつも意識しなくても、ここまで呼吸が届くといいのに…」
なんてことをポロポロ考えていると、ふと浮かんできた
「あれ?自分にくつろぐってこういうこと?」と。
いつだったか、身体が出来上がると、どんなところにいても、誰といてもリラックスしていられる…と聞いたことがあった。
逆にいえば、緊張しているということは身体ができていないということでもあるし、身体が整えばずっとどこでもリラックスしていられるということだと思っていたけれど…
誰かといる「どこか」でくつろげるってことじゃなく、自分そのものでいる状態にくつろげるってことなら、どこへ行っても誰といても、何をしていてもくつろげるってことで…。
「そりゃホントに『自分にくつろぐ』だ…」と妙にしっくりきたし、「温かくどっしりした一瞬の感覚が長く続くってどんなだろう…」とその状態でいる感覚を想像せずにはいられない、なんだかちょっとうれしくもなるような夕方だったのでした。
