出していく日々 1076
「あ、そんな季節だ…」
水道水の冷たさを井戸水の冷たさが追い抜いた。
そんな季節になったんだ…としばらく流れ出る水を手で受ける。
井戸水って本当に賢い。
夏は冷たく冬は温かい、それが自動で行われていく。
水道水にも日々助けてもらっているけれど…冬は「これを長く使っていたら(体温)持っていかれる…」と危険を感じるほどに冷たいし、夏は「…これにゆで卵を冷ます力はないな」と思うほどにぬるい。
人間は自然を越えられないということは、こんな小さなところからも日々感じている。
必要なことはただ起こっていく…自然にも、人間にも…
ということで、わたしは絶賛排毒中だったりする。
長らく続く口角炎の赤みが薄くなってきた?と思ったら…お腹を下している。
しかも、ここ数日、食後必ず…。
最初は「え…食べたものが悪かった?」「消化に悪そうなものは避けてたけど、これでもダメってこと⁉︎」なんてあーでもこーでも原因追求していたけれど…それもやめた。
だって、出せばその後は元気だから…。
冷えとりを長らくやって身についたことはたくさんあるけれど、その中のひとつに「排毒」の見極め方がある。
病気が原因の症状は、出した後も痛んだり、何かしらの不快感が続くけれど、排毒が原因の症状は「出したら終わり」。
皮膚炎なんかは、出している最中の不快感こそあっても、その後ケロっとしているというもので、わたしは自分の体感として「これはその通り」と感じることが多かったので、今でも採用しているひとつの観察方法だったりする。
確かに皮膚炎やお腹の調子がいつもと違うと、頭で考えたら「非常事態」ではあって、1秒でも早く元気な状態、いわゆる「普通の状態」へ戻そうとしてしまうのが人の情ってもんかもしれないけれど…
冬だったり春だったり、人それぞれ日常溜まった体に必要なくなったものを排出するタイミングはあるものだと思っているし、周期が決まっていなくても「身体のサイクルって(人それぞれに)そういうもの」と思っていたら、不調の眺め方・見え方も少し変わってくると感じている。
口の周りの湿疹は腸由来だと思っていたけれど、その湿疹が薄くなった代わりにお腹が下ったことで、なるほど、推測はあっていた…と確認にもなったりして。
身体が出そうとしてくれている間は、それを優先して出しきって欲しいと思っているし、できるだけ邪魔しないように…なんて思っているけれど、これだけ暑いと「バテないようにしないとね…」ということはしっかり感じている。
そうこうしていたら、猫も吐き戻したりして「一緒にいらないもの出すタイミングかぁ…」なんて思いながら掃除している。
お互い「日常をご機嫌に過ごしつつ」「しっかり出していきながら」「バテない!」をやり抜けるよう、今後の調整を色々考える5月最後の夜だったのでした。
