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統一運動《12/9 今日は何があった?》

1969年 「韓国文化財団」設立
1973年 アメリカ、21か都市巡回講演会 デトロイト、メイソニック講堂
1974年 「希望の日」大講演会 サンフランシスコ、オペラハウス
1975年 真のお父様、アメリカのリッカー大学から名誉法学博士号を受ける1985年久保木修己会長に、国際騎士団機構より「世界平和騎士章」が送られる
1990年中華民国記者訪日団、来日(~12)
1991年「柳寛順の精神をたたえる東京大会」(ホテルニューオータニ)3200名1992年真のお母様92年3度目の御来日、東京教会で「御言」(~10)
1993年 「真の父母と成約時代」宣布世界巡回講演 ブラジル、ブラジリア、国会議事堂
2002年 第1回日韓米平和大使セミナー、ハワイ、コナ、オハナ・ケアウホウ・リゾート
2003年第3回心情文化世界美術大賞展(東京・本部教会)
2006年第5次世界平和のための世界巡回日本1200ヵ所大会

《1991年「柳寛順の精神をたたえる東京大会」》
日本統一運動史(光言社)p451


御言
 「日本はエバ国家として、全世界の女性たちを代表した立場にも立たなければならないのです。 ところが、日本はいまだエバの立場として、 天国の伝統に接ぎ木されていないのです。 何の関係もない立場で因縁を結んだという立場です。 それで、16歳の柳寛順の伝統的な思想を、 まず日本の女性たちに接ぎ木しようとしたのです。 そのために柳寛順大会が開催されて、『柳寛順女史宣揚会』 ができたのです。 次に日本は何をすべきかというと、エバの胎中でカインとアベルが、 リベカの胎中でエサウとヤコブが、 タマルの胎中でペレヅとゼラの双子が戦いました。 これが今の日本の中の朝総連と民団なのです。 日本はこれを消化しなければなりません。消化するためには、まず父と一つにならなければなりません。 何の話か分かりますか? ペレヅとゼラのように、韓民族は日本によって南北に分かれたのです。」 (1992.4.5) 「統一教会、 民団、 朝総連が一つにならなければなりません。 日本政府を中心として一つになれば南北統一は成されるのです。」 (1992
2.9)

《1992年真のお母様92年3度目の御来日》
真の父母様 摂理の足跡 日本 p186

 真のお母様は、世界平和女性連合総裁就任後、 度々来日された。 92年9月22日から10月6日に2度目の来日があり、「世界平和女性連合創立記念日本大会」を10カ都市で開催された。 大会は24日の東京ドーム大会を皮切りに、25日に福岡、 26日に広島、 27日に仙台、29日に名古屋、30日に神戸、 10月2日に札幌大会が行われ、日本の教会員も参加した。 また、 10月4日から6日には在日同胞を集め、東京、大阪、 名古屋で大会が開かれた。
 さらに、日本がエバ国家としての 「7年路程」をスタートする直前の 1992年12月9日から10日、世界平和女性連合創設大会の世界巡回を終えた真のお母様は、3度目の来日をされ東京教会に寄られた。
日本統一運動史(光言社)p466

 日本がエバ国家として、 成約時代の7年路程をスタートする直前に、世界平和女性連合創設大会の世界巡回を終えられた真の御母様は、日本に立ち寄られました。
1.御言
 1960年代以降、御父様は私に母親としての7年路程を宣布されました。 誰の助けもなく自ら越えなければならない十字架の道でした。そのとき、私は譽進様と孝進様を産んだ後でした。 サタンは、 神様の御旨である四位基台をどんなことがあったとしても造らせまいとして、ありとあらゆる発悪をしてきた、 あまりにも難しい時でした。 そのとき、私は夢の中で、 自分の姿を見ることができました。 一人の子供の手を引いて、一人の子供を背負って、大きな荷物を持った私の姿でした。周りは真っ暗な世界で、私が行くべき道は全く分かりませんでした。・・・一方は絶壁で、 前方は薮で道がふさがる、そのような道なきところを一歩一歩かき分けていかねばならない私でした。 ただ心の中で、 「行かなければならない、 行かなければならない」と思いつつ歩き続けました。 苦労に苦労を重ねて歩んで、 ある所まで行くと、向こうに光が見えてきました。 それを見て希望を感じ、足を速めました。
そして、あらん限りの力を尽くして、 その光を放つ所にたどり着いてみると、そこは別世界でした。 その土地は既に誰かが耕しておいたような肥沃な土地で、 今種をまけばすぐ芽が出て実を結ぶと思えるような肥沃な土地でした。 私が頭を上げて四方を見回すと、向こう側に御父様が立って笑っておられました。 そしてさらに、 はるか彼方には食口の顔が一人、二人と見え始めたのです。 皆さんには、 それが何を象徴しているのか理解できると思います。 真の父母に一人ではなることができません。 ... 私が7年路程を成功裏に終えることを、神様がどれほど待ち望んでおられるかということを考えました。皆さん、なぜ私がこのような話をするのかというと、それは皆さんが歩まなければ道が開かれないからです。 まさにこの夢と同じなのです。 エバ国家としての使命を果たさなければならない運命にある皆さんなのです。エバは生みの苦痛を味わうしかありません。 喜びは苦痛を通してのみ来るのです」 (1992.12.10)

《2002年 第1回日韓米平和大使セミナー》
真の父母経p940

17    神様王権即位式を行ったのちに、神様が「文総裁は、愛する息子の中の息子であり、忠臣の中の忠臣であり、聖人の中の聖人である。王権を樹立したのであれ ば、王座に上がらなければならないが、その場はどこか」と言いました。そのような場がないことが、神様には悲痛なのです。神様の息子として、本来立つべき 位置に立てていないことが、唖然とするというのです。神様のそのような立場を知っているお父様も、神様王権即位式一周年記念礼拝で、祈りながら神様に「申 し訳なく、恥ずかしい限りです」と申し上げました。地球星を一つにし、霊界を一つにし、神様の王権を樹立してお迎えしなければならないのに、そのようにで きていない環境で、霊界に送った責任者である息子と地上の父母様が一つになり、霊界と肉界を生かそうと総動員命令をして教育しているのを見るとき、神様も 面目が立たないのです。
 神様が「私に天上世界の解放圏をもって王権即位式を捧げてくれたその息子が、今も悲しみの場所を歩いており、夜道を歩いているのに、その道に明かり をともす国がないことが恨である」と言われるというのです。神様のこの恨を解いてあげられる代表者が、天の国の平和大使です。天の国の密使です。

18    平和大使は、天の密使です。密使は、前線に出ている最高の全権大使、特権大使と同じです。平和大使は王を身代わりします。彼が決定したことは国家全体を代 表するものとみなすため、密使なのです。国家の秘密を誰にも通報することはできません。平和大使は、特権大使よりさらに高い立場です。ですから、王宮にも 行き来できる権限をもつのです。

日本統一運動史2(光言社)p233
 2002年12月9日から14日まで、天宙平和統一国に対する真の御父様のビジョンを学ぶための 「平和大使セミナー」 が、 米国ハワイ島のコナのホテルで行われました。 来るべき環太平洋時代を担う日本、韓国、米国を代表する平和大使が、 各国から50人ずつ集まり、計150人が参加しました。 平和大使はこの会議を通して、 平和大使の使命に対する認識を深めました。 9日の開会バンケットには真の父母様が参加され、 郭錠煥会長の御言訓読に続き、 真の御父様が 「神様の祖国と一つの世界」と題するメッセージを1時間余りにわたって語られました。 真の御父様は、「平和大使は創設者の理念と生活の伝統を相続し、 それと一つにならなければならない」と強調され、平和大使全員に翌朝5時からの訓読会に参加するよう指示されました。 10日朝、 平和大使たちが集まった会議場に、真の父母様が来られ、訓読会の代わりに1時間半ほど御言を語られました。 真の御父様は、「神様の属性の中で最も重要なのは愛です。 神様といえども相対を必要とされるのであり、それゆえにすべての被造物はペア・システムで創られているのです」と前置きされ、 本然の男女の愛の世界について語られました。 10日午前中、 兄弟姉妹結縁式が行われ、韓日米から一人ずつ50組、同性同士で編成されました。 結縁した三人がお互いの連絡先を交換し合い、記念写真を撮影しました。
 12日朝の訓読会に、 再び真の父母様が来られ、 興進様のメッセージを訓読した後、1時間余り御言を語られ、 結縁を交わした平和大使の各組と記念撮影を行われました。
 会議中は、世界平和と3か国の一体化のための第一歩として、 お互いの言語や文化の壁を乗り越え、三人で一緒に食事や講義を受講することが奨励されました。 原理講義も、お互いの文化に対する理解を深める目的で、韓国語、英語、日本語で交代に講義しながら、その内容を、通訳を通して三人一緒に聴く方法が採用されました。その結果、わずか3日間で3か国の平和大使の間には別れ難い心の絆が結ばれました。
 会議内容は、チャート式原理講義案の赤色部分を用いた統一原理の骨子のほか、郭錠煥会長による「文鮮明師のビジョンと世界平和への貢献」と題する報告、 梁昌植会長による米国での活動の報告、黄善祚会長による韓国での活動報告、フランク・カウフマンIIFWP 超宗教部門ディレクターによる「IIFWPによる超宗教的協力の促進」と題する報告などが行われました。 日本からは、劉正玉総会長と小山田秀生会長によって、 日本における活動報告がなされました。

《2006年第5次世界平和のための世界巡回日本1200ヵ所大会》
日本統一運動史2(光言社)p432

 2006年12月9日、日本の1200か所で一斉に「神様の理想家庭と平和王国」と題して大会が開かれ、 真の御父様が「真の子女の日」に発表された10番目の平和メッセージ 「神様の絶対平和理想モデルである絶対 “性〟 家庭と世界王国」 を、宗教関係者や平和大使が代読。 同時に、 聖火式、 聖酒式 聖水儀式を通した祝福式が行われました。 これらの大会は5次目の世界巡回講演の一部でもあります。 1200か所中、 東京は153か所で開かれ、メーンの杉並大会には270人が参加。 天宙平和連合の大塚克己日本会長が大会の辞を述べました。
 真の御父様の講演文を代読した仏教指導者の吉田日光上人は、 上座部仏教と大乗仏教、 両方の行を修め、 現在、 生家で副住職を務めています。 インドにおいて妙法山日光寺やサッダー小学校、「日光ミルクファーム (牧場)」を運営し、貧しい人々の救済に尽力しています。
 日光上人は登壇してすぐ、 「手や顔の汚れは常に洗えども、 心のあかは洗うときなし」 と自作の短歌を披露。 天宙平和連合との出会いなどを回想し、神様を宇宙の主宰者であると紹介、「神様は釈迦、 イエス、ムハンマド、 孔子、 孟子などの聖人を世に送り出し、最後に送られたのが文先生です。 最後の救世主です。 皆さんは地上に使命があってここに呼ばれていることを感じます」と、真の父母様を証しして代読を行いました。 一言一言をかみ締めるように読み上げ、 朗々とした訓読に参加者は熱心に聴き入っていました。
 全国では宗教関係者や平和大使が講演文を読み上げた大会も多く、様々な証しが生まれています。
 宮崎県の宮崎市東大宮大会では、 教会員の父親である住職がスピーカーを引き受けました。 講演文を読み終えて 「霊界と地上界との違いを分かりやすい言葉で説明していて、 仏教が説く霊界と通じるところがあります。 講演文は多くの人の助けになると思います。 平和大使として霊界と地上界の関係を深めていきたい」と感想を述べました。
 埼玉県春日部市の大会では、女性市議会議員が演壇に立ちました。議員は笑顔で挨拶した後、 御言を読み始めた途端に涙が込み上げ、 終始涙声で講演文を読み、 参加者の胸を熱くしました。

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