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一首一会【2月17日】うすくこき野辺のみどりの若草に跡まで見ゆる雪のむら消え(後鳥羽院宮内卿 / 新古今和歌集)

和歌といえば、恋の恨みつらみや、老いの嘆きなど、どうしても感情がたっぷり乗った「ねちっこい」ものが多い印象がないでしょうか。もちろんそれが和歌の醍醐味でもあるのですが、たまにはつらつとした空気を吸いたくなる時がありますよね。

今日ご紹介するのは、そんな感情の重さとは無縁の、ただひたすらに清々しい春の一首です。作者は、新古今時代の若き天才歌人・後鳥羽院宮内卿です。

うすくこき 野辺のみどりの 若草に 跡まで見ゆる 雪のむら消え (後鳥羽院宮内卿 / 新古今和歌集)

【現代語訳】 薄い緑、濃い緑と色合いもさまざまに萌え出た野辺の若草。その色の違いによって、さっきまでどこを雪が覆っていたか、その跡がはっきりと分かるほど、まだらに消え残る春の雪よ。

春の雪解けのみずみずしさ、はつらつとして気持ちのいい空気感が伝わってきます。まるでカメラのレンズで切り取ったかのような、純粋な「写生風」の清々しい歌に思えます。

一読すると、「うすくこき 野辺のみどりの 若草に」という、みずみずしい色彩を描いた上の句がとても印象に残ります。しかし、この歌の本当の凄み、一首の要は、下の句の「雪のむら消え」という表現にあるのです。

よく読んでみてください。浅春の野辺を眺めて、彼女が実際に目で見ているのは、上の句の「薄い緑、濃い緑と色合いの違う若草」です。そこから彼女は、「まだらな雪解け」すなわち雪解けの時間的なズレの妙に趣を見出しているのです。

目の前の若草の濃淡から、目に見えない時間の流れを浮かび上がらせる。この天才的なまなざしこそが、この歌の本当の魅力と言えるでしょう。

この見事な一首によって、彼女は当時の人々から「若草の宮内卿」と讃えられました。和歌の世界に芽吹いた、まさに新しい才能です。しかし残酷なことに、彼女はこの若草のようにみずみずしい才能を抱えたまま、弱冠二十歳前後ではかなく散ってしまいます。

かの御大・藤原定家は、これほど才能あふれる宮内卿の歌を『百人一首』には採っていません。和歌において「心(有心)」を重んじた定家にあって、宮内卿のこの純写生風な歌は、彼の美学とは少し違うところにあったのかもしれませんね。

宮内卿が挑戦したこの新しい和歌のスタイルは、彼女の後、ふたたび長い冬眠に入ってしまいます。次に和歌の世界で、このような「写生」が萌えいづるには、鎌倉時代末期の「京極派(玉葉和歌集・風雅和歌集)」という、異端の歌人たちの登場を待たねばなりませんでした。

定家の選球眼はたしかに偉大ですが、それでも私はこの宮内卿の歌がたまらなく好きです。早春の野を見るたびに思い出す一首です。


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