見出し画像

手紙を書きたい、でも筆が進まなくなってきた

私には、文通をしていた人が2人いる。
大学時代の一番仲が良かった友人と、病院時代の先輩だ。「していた」と過去形なのは、しばらく手紙のやりとりをしていないと気づいたからだ。

季節の折に際し、その時に応じたかわいい便箋と封筒を用意。
加えて、かわいいメッセージカードをLOFTで見つけた時には、「これ先輩によさそう!」「〇〇(友人)絶対気に入るな」などとウキウキ。購入し、自宅に帰って、まず自分で広げてみる。

飛び出るカードは開けた瞬間、何とも言えないほのかな感動がある。多分、開けるのは開封した際の一回だけかもしれないが、この一瞬の何とも言えない気持ちが好きだ。これを手紙と一緒に入れたら喜んでくれるかな。

頻繁なやり取りとまではいかないため、前回のやりとりがどこまでだったか、忘れることが多い。だが、何を話したかは何となく覚えている。前の手紙を引っ張り出して復習すればいいが、まずは気持ちの向くまま書きたい。

TVを消し、机に向かい集中する。

まるで受験生のような形相で、必死に書き連ねる。季節の挨拶から始め、相手の近況を確認し、自分の近況を話す。書いているうちにどんどんノッてくる。あ、書き間違えた。修正テープがないため、ゲジゲジのようなキャラクターに模して、書き損じの文字を塗りつぶす。

そして、私が最後に書く定番の言葉がある。
「愛をこめて」という一言だ。多分実際に会ったら口頭では言わないし、言えない。でも、文字だと書ける。今でも想っているよ、という私なりの愛情表現だ。ちょっとこっぱずかしいけど、書いていて自分自身もなんだか心が温かくなる。

丁寧に封をし、手紙を投函。その後しばらくして、相手から返事が来る。

ポストを覗いた時にわずかに見えた手紙の形跡。
「あ、もしかして!」と心が躍る。ポストを開けると、返事が来ていた。ちょっと分厚い?何か手紙の他にも入っているのかな。期待が募る。

開けてみて、相手もメッセージカードを同封してくれたことも多い。便箋を開くと、あの時と変わらない相手の文字。デジタル画面の文字とは違う、体温や表情まで伝わるような手書きの文字。まるでどこかのカフェで、対面で話しているような、そんな会話。元気にしていることがわかり安心する。手紙の終わりに近づくたびに、さよならが近くなるようで寂しさも募る。

とまあ、抒情的に書いてみたが、私の手紙のやりとりの光景だ。

そんな私は、いまだにかわいい便箋と封筒のセットが好き。
最近はキャラクターものでも、オトナ心をくすぐるデザインで「買って買って!」と、キャラクターからねだられてるような気分になるものが多い。

その中でも、特に季節ものは、店の展示がうまいせいか、よりかわいく見える。今の時期だと、夏真っ盛りのひまわりとか花火とかの鮮やかなもの。ついつい買ってしまいそうな衝動に駆られるが、なるべくがまんがまん。だって、使い切れないから。しかも、季節ものは送る時期が限られてしまう。とっておくだけでもいいが、便箋と封筒のセットが溜まってきて、いい加減、購入制限せねばと思った。

友人と先輩との文通が途絶えつつあるのは、疎遠になったからではない。集中力が下がったり、LINEでいつでもメールができる、ということに甘えてしまっていたからだ。手紙数枚を書く集中力すらないことに愕然。気づいたら、間隔がどんどん空いてしまった。

でもこの記事を書いて、また書いてみようと思えた。本当に途絶えてしまったら、なんだか、今までの関係とは変わってしまいそうで寂しいからだ。今度は季節の絵葉書を同封し、あとはいつも通り、プレーンな便箋に近況を書いてみよう。

どんな返事が来るかな。
夏の楽しみが一つ増えた。

いいなと思ったら応援しよう!

白井とまと よろしければ応援お願いします!いただいたチップは活動費に使わせていただきます!

この記事が参加している募集