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国体を守り抜いた大楠公と『建武中興』に学ぶ「和の政治観」~政治が招いた混乱をどのように正すのか?~ー『和の国のかたち』30ー

こんばんは。高杉です。

日本人に「和の心」を取り戻すというスローガンのもと
『和だちプロジェクト』の代表として活動しています。
小学校の教員としても働かせていただいております。


今年は、
我が国の歴史から現代にも活かすことができる考え方や知恵を学んでいこうという試みである『和の国のかたち』も30記事まできました。


これまでお支えいただいた多くの方への御礼を申し上げます。

お読みいただいた感想や
励ましのお言葉をいただき、
大変嬉しく、執筆の励みになっております。

引き続き、
和だちプロジェクト』共々、
よろしくお願いいたします。


さて、
時代は「室町」を迎えます。

我が国の歴史における「中世」の仕上げです。


今回も
よろしくお願いいたします。






1)我が国はなぜ混迷しているのか?





生産の低迷。

少子高齢化。

都市への一極集中。

地方の過疎化。

子供の貧困。


今、我が国は、
建国以来の危機にある
と言われています。

この現状を打破し、
我が国を護り救うのは、
我が国の歴史伝統文化の中に根付いてきた本来の日本国のかたちを取り戻すことにあります。

ただ外国を批判したり、
国内の一部政治勢力を批判したりするだけでは、決して国は変わりません。

そのために必要なことは、
我が国の歴史を振り返り、
幅広い知見を広げること
だと考えます。




『国体』とは、
その国の国柄
日本とはどのような国か?を表す言葉です。

『国体』が乱れると、
国の秩序が乱れます

実は、
世界で最も古く長い歴史を持つ我が国において、
この『国体』に基づく秩序を乱した時代がこれまでの歴史の中で2回ありました。

それが、


「応仁の乱」前後の100年間




「大東亜戦争」からの80年間

です。



2)現代は我が国の歴史の中でも「稀有な時代」




長い我が国の歴史の中で、
皇室の祖を祀り、
ご祭神が我が国の最高神である天照大御神である
伊勢の神宮『式年遷宮』が、
この2つの時代だけ、国費(官費)をもって行われなかった時代なのです。

伊勢の神宮では、
20年に一度
内宮と外宮をはじめ、
すべてのご社殿を新しく造り替える
『式年遷宮』
というものが行われています。

すべてを一新し、そこに神様を迎え、
その力が永遠に続くようにとの祈りが込められています。

ご造営用材として用いられる檜は、約1万立方メートル
約1万3000本になります。

そして、
20年間使われたご用材は、
全国の神社に受け渡され、大切に使われる
のです。

『式年遷宮』は、
室町時代と現代を除いて
すべての時代において政府の責任をもって行われていたのです。




室町幕府を開いた足利幕府は、
社会的混乱の中で起きた南北朝の争いによる秩序の回復のために
全国の土地を武士たちに全国の土地を再配分しすぎた結果、
足利政権自体の知行地を極端に減らしてしまいました。

将軍職の維持には、
莫大な歳費がかかります。

そこで、
3代将軍・足利義満が始めたのが日明貿易でした。

土地がなくても、交易をすれば莫大な金を手に入れることができたのです。そこで、
明国に対する朝貢を行うことによって交易をおこなう許可を得ようとして、足利義満「日本国王」を名乗ることにしました。

足利義満は、
金のために「将軍」という天皇に親任された政治の最高権力者の地位にいながら、「権力さえあれば、秩序なんでどうだっていい。」と宣言し、
天皇を中心とした秩序ではない「華夷秩序」を我が国に持ち込んでしまったのです。

我が国は、
政治権力の上位に「天皇」という国家最高権威があることが
古代から続く国柄です。

ところが、
「天皇」と「日本国王」という2つの柱ができてしまい、
我が国の政治体制が崩れるかたちになってしまいます。

この結果、
我が国では金や武力さえあれば、
何をやっても許されるという時代を招いてしまうことになります。

そのようにして始まったのが、
「応仁の乱」から始まる戦国時代です。

戦国時代前半は、とりわけひどい時代でした。

今でも家柄の残る当時屈指の大大名の家老クラスの大幹部が、
郎党を引き連れて、高級貴族の屋敷を襲って、
ご息女の着ている着物まで丸裸にして剝いで持ち去ってしまうという事件が公然として起こりました。

貴族の荘園は、野党に強引に奪われ、
とにかく力さえあれば、財力さえあれば、
何をやっても許されるという秩序が乱れた時代
になってしまうのです。




いつの時代も、
政治の最高責任者が我が国の『国体』を忘れ、
私利私欲に走れば、秩序は乱れ、国は混乱状態に陥ってしまいます。

現代でいうところの
「悪夢の民主党政権」です。

室町時代に入る少し前に
そのような混乱を避けるために立ち上がった今でも
我が国の歴史の中で「英雄」「忠臣」として
名が知られている武将がいます。

楠木正成公

です。

「大楠公」とも称されてます。

この楠木正成公
後醍醐天皇とともに目指した『建武中興』から
私たちが学ぶべき国家の理想があると思うのです。




今回は、

国体を守り抜いた大楠公の『建武中興』に学ぶ「和の政治観」

という主題でお話をさせていただきます。

よろしくお願いいたします。


次回は、
『建武中興』が起こり、混乱期を招いた「室町時代」とは
どのような時代だったのか
について考えていきます。


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「和」とは、
周りに流されることのない主体性と信念を持ちながらも、周りの人々や自然と調和することを実践する道であり、我が国が建国されてからも2000年以上、受け継がれてきた価値観である。

日本が疲弊している。
日本人が疲弊している。

でも、日本を諦めたらいけません。

僕は諦めません。

日本人はまだまだやれる。

なぜなら、
僕たちが歩む道の後ろには先人たちが繋いでくれた
「我が国を遺したいという思い」がたしかにあったからです。

私たちが今できることは、
何よりもまず自分の国の神話、歴史、文化、そして精神性を学ぶこと。自分と先祖の歴史と生き方を学ぶことだと思うのです。

令和時代に、
「和の精神」
を発揮して日本国を再び
よろこびあふれる感動する国へと取り戻す。


そのために、
皆様とともに学んで参りたいと存じます。


最後までお読みいただき、
ありがとうございました。


今後とも、
『和だちプロジェクト』をよろしくお願いいたします。