SaaS課金の終焉──AIエージェント時代の収益構造を読み解く
最近、US VCの間で「SoR(System of Record)」と「SoA(System of Action)」の議論が盛り上がっています。この流れの中で、AIエージェントのビジネスモデルがSaaS時代とは根本的に異なるものになりつつあると感じます。
vottiaでも、AIエージェントプロダクトのビジネスモデルを分析・検討し始めており、SaaSの延長線上では捉えるのが難しいという感覚が強くなっています。
特に、シート課金、従量課金、成果報酬、コンサルティング型課金など、モデルの選択肢が増えたことや、そもそも「どの予算から引くのか」「何に対してお金を払っているのか」という前提自体が変わりつつあるように思います。
今回、SoR→SoI→SoAのMoat変遷を整理した上で、AIエージェントサービスの収益構造がSaaSビジネスからどう変わろうとしているのか、海外・国内の先進事例を交えて考察します。
Moatの変遷──SoR → SoI → SoA
AIエージェントのビジネスモデルを理解するために、ソフトウェア業界における「Moat(競争優位)」の変遷を押さえる必要があります。
Delta Xファンド 代表パートナー 山崎良平さんの記事がとても参考になりましたので詳しくはそちらをご覧ください。※AIが生み出す新たなMoatとは(Delta Xファンド 山崎良平)
近年、AIを取り巻く競争環境は大きく変化しています。
2010年代は、企業の基幹データを管理する「SoR(System of Record)」が競争優位の中心でした。Salesforce(CRM)やSAP(ERP)のように、一度導入すると簡単には切り替えられないシステムを提供する企業が、高いスイッチングコストによって強固なMoatを築いていました。
2017年には、GreylockのJerry Chenが「SoI(System of Intelligence)」という概念を提唱しました。「高度なAI技術」と「独自データの保有」の組み合わせが競争優位になるという考え方です。
2020年代後半に入り、OpenAIやAnthropicのようなAI基盤モデルの登場で、高度なAI機能はAPIを通じて誰でも利用できるインフラとなり、考えることはコモディティ化しました。
その結果、単に判断や提案を行うための「AIの精度」ではなく、「業務をどこまで対応できるか」まで担う「SoA(System of Action)」が、新たな競争優位の源泉と言われるようになりました。
a16zは2026年の論考「Good News: AI Will Eat Application Software」で、法務AIスタートアップのHarveyを例に挙げ、「テンプレート、レビュー工程、パートナーごとの好みまで理解していれば、コードの複製コストがゼロでも新規参入者は簡単に置き換えられない」と指摘しています。ここで言う優位性は、モデルの性能ではなく、「業務プロセスへの深い理解」を指します。
SaaS時代のソフトウェアは「ベンダーが提示する標準化されたベストプラクティスを導入する」前提で設計されていました。
AI時代のプロダクトは逆で、「企業ごとに異なる業務フローや判断プロセスをソフトウェアに落とし込む」ことが価値になります。
この転換が、ビジネスモデルの構造そのものを変えようとしているように思います。
AIエージェントの収益スタック──SaaSと異なる構造
ここからはビジネスモデルについて整理します。AIエージェントサービスの収益構造は、SaaSの「サブスクリプション+導入費」という2層構造では捉えきれず、実際に自分が見ている限り、少なくとも4〜5層の収益レイヤーが存在しています。

SaaS時代の収益構造(2層)
SaaSは極めてシンプルなビジネスモデルでした。月額固定のサブスクリプション(シート課金)が主たる収益源で、そこに初期の導入・オンボーディング費が乗る。予測可能なMRR/ARRを生みやすく、投資家にも説明しやすい。予算はIT部門の「システム導入費」などを獲得しに行くのが一般的です。
AIエージェント時代の収益構造(4〜5層)
私が関わっているコンタクトセンター向けAIエージェントサービスを例に取ると、収益は以下のように多層化しています。
第1層:イニシャル費用
業務フロー整理、プロンプト設計、環境セットアップ、動作確認、セキュリティチェックなど。SaaSの「オンボーディング」とは質的に異なり、顧客の業務プロセスを深く理解した上での設計作業が必要になります。ここだけで数百万〜数千万円規模になることもあります。
第2層:プラットフォーム基本利用料
テナント管理、ダッシュボード、クラウド環境維持、インフラコスト、監視・保守運用、SLA、データバックアップなど。SaaSのサブスクリプションに最も近い部分です。テナント単位の課金が一般的で、例えば活用部門が複数あれば、その数に応じてテナントを作成して利用料が発生します。
第3層:従量費(Chat / 音声)
LLMのトークン消費量、APIコール数、エージェント対話件数など。ここがSaaSにはなかった変動費レイヤーです。対応件数×単価で算出され、超過料金やボリュームディスカウントの設計が必要になります。AIの性能改善でトークン効率が上がると単価が下がるパラドックスも内包しているのでかなり複雑ですが、その分、差がでやすい部分です。
第4層:稼働費 / PM運用費
回答精度モニタリング・改善、プロンプトチューニング、月次レポート作成、障害時の一次対応など。基本的には稼働時間ベースの課金で、「人的サービス」の対価になります。AIエージェントを「導入して終わり」ではなく、継続的なチューニングが品質を左右します。また、稼働内容(レポートなのか、プロンプトのチューニングなのか)により、難易度やコストは異なるため、適正価格を設定しずらい側面もあります。
第5層(新たに顕在化):戦略コンサルティング費
全社AI戦略の策定、業務変革のロードマップ設計、組織変革の支援など。これはSaaS時代にはベンダー側ではなく、コンサルティング会社に依存する部分でしたが、AIによる横断的な対応やデータの集約により、会社全体の戦略にまでニーズが顕在化しつつあります。
海外事例の課金モデル考察
この収益構造の変化に対して、海外の先進企業はどうアプローチしているのか。この点に関しては、各社が異なるモデルを実験し、試行錯誤しています。
Sierra.ai:AIエージェント成果報酬モデル
カスタマーサポート向けAIエージェントプラットフォームで有名なSierra.aiは「AIエージェントが人間の介入なしに問い合わせを解決した場合にのみ課金」という純粋な成果報酬型を採用し、わずか21ヶ月でARR $1億に到達しました。共同創業者のBret Taylor(元Salesforce共同CEO)はこれを「営業マンのコミッション」に例えています。
このモデルは、カスタマーサポートにおける「解決」のような計測しやすい(成果に対する評価が容易)イベントで機能します。Sierra.aiの顧客の50%が売上$10億超の大企業であり、問い合わせ件数が多い環境ではスケールメリットが効いてくるのも特徴です。
Salesforce Agentforce:複数並走課金モデル
2024年末にAgentforceを「1会話あたり$2」でローンチし、2025年5月には「1アクションあたり$0.10」のFlex Creditsに変更、さらにユーザー単位ライセンス($125〜$650/月)も追加しました。1年半で少なくとも3つの課金モデルを並走させています。AIエージェントを様々な単位で切り出し、ユーザーにとって適切な料金形態を探っている状況です。
Intercom Fin:AIと人のハイブリッドモデル
Intercomは「AIエージェントが解決した会話1件あたり$0.99」というアウトカムベースの課金を、既存のシート課金(人間のオペレーター向け)と併用しています。人間のエージェントにはシート課金、AIエージェントには成果報酬という二重構造です。
Palantir:Palantir(プラットフォーム+FDE)モデル
Palantirのモデルは、プラットフォームライセンスと、FDE(Forward Deployed Engineer=顧客現場に常駐するフルスタックエンジニア)リソースの組み合わせです。
2025年以降、「AIPブートキャンプ」──5日間で顧客が自社データでAIユースケースを構築するハンズオンプログラム──を大規模展開し、従来数ヶ月かかったPoCを5日間に短縮し、根本的な変革を実現しました。
PitchGrade Researchの分析によると、サービス比率は2021年の約25%から2025年には約18〜20%に低下しており(※Palantir 10-Kの売上構成から算出)、FDEやブートキャンプは、自社プラットフォームの定着と高マージン構造にシフトするための手段として機能しています。
「Palantirization」の要諦──a16zの示唆
「Forward Deployed Engineer」の求人数は前年比で数百パーセント増加しているという報告もあり、AIエージェントのビジネスモデルとして、パランティアモデルを多くのAIスタートアップが模倣し始めました。
一方で、a16zは「The Palantirization of Everything」(2026年)で、Palantirが機能するのは「FDEの下にスケーラブルなプラットフォームが存在するから」であり、優れたプラットフォームの構築なしにFDE部分だけを模倣しても、スケールのないただのコンサルティングビジネスと同じだ。と言っています。
この指摘は、日本のAIエージェント市場でも極めて重要な視点だと思います。「AI導入コンサルティング」を掲げる企業が急増している中、カスタム開発の積み重ねだけでは、案件ごとに人的リソースを投入し続けるリニアな成長モデルから脱却することは難しいのが現状です。
国内モデル──LayerX、PKSHA、AI-BPOの可能性
日本市場ではこの議論はどこまで進んでいるのか調査しました。海外事例の輸入ではなく、国内独自の動きとして注目すべきプレイヤーがいくつか出てきています。
LayerX:日本版パランティアモデルの先駆け
個人的に、国内で最もパランティアモデルに近い戦略を実行しているのがLayerXだと感じています。
同社は2025年7月にFDE(Forward Deployed Engineer)の募集を開始し、自社プラットフォーム「Ai Workforce」を軸に、顧客現場に入り込んでAIエージェントを業務に実装する体制を構築しています。元UiPath Japan Country Managerの南哲夫氏をAi Workforce事業のCROに迎え、FDEによる「LayerXモデル」で300億円事業を目指すという明確な戦略を掲げています。
ここで重要なのは、LayerXのFDEが単なる「客先常駐エンジニア」ではないという点です。FDEとDS(Deployment Strategist)がペアで顧客プロジェクトに入り、自社開発の「Ai Workforce」を使ってAIエージェントを構築します。Palantirと同様にFDEの役割は「プラットフォームの定着」であり、人的サービスの販売が目的ではありません。この構造的な違いが、SES(システムエンジニアリングサービス)やコンサルティングとの本質的な差別化になっています。
さらに2025年春には「AI-BPOサービス」への参入も発表しています。請求書処理やバックオフィス業務をAIエージェントが自律的に遂行するこのサービスは、まさにSoA(System of Action)の具体的な実装だと言えます。バクラク(SaaS)で構築した顧客基盤と業務理解を持ちながら、AIエージェント+FDEで新たな収益レイヤーを開拓する──SaaSからの「上方展開」として極めて示唆的なモデルだと思います。
PKSHA Technology × アルティウスリンク:AI+BPOの融合モデル
もう一つ注目しているのが、PKSHA Technologyとアルティウスリンク(KDDIグループのBPO大手)の協業です。
PKSHAは7,000体以上のAIエージェント稼働実績を持ち、自然言語処理を中心としたAI SaaS群を展開しています。アルティウスリンクは、コンタクトセンターとバックオフィスBPOにおける大規模運用と業務設計のノウハウを持ちます。この両者が「AIエージェント+BPO運用」を一体化した新サービスを準備しています。
AIエージェントの提供形態が「ソフトウェアライセンス」だけでは完結しないことを明確に示している点です。AIの精度を業務品質として担保するためには、運用ノウハウ(=人的サービス)との一体提供が不可欠になります。
我々vottiaも、国内最大規模のBPOサービスを提供するトランスコスモスと、AIチャットボットなど多くのCXサービスを提供するモビルスとの合弁会社であり、まさに構造や狙いは似ています。
国内で見えてきた戦略
こうした動きから、日本市場でのAIエージェント事業には、海外とは異なる独自のパターンが見えてきます。
第一に、「SaaS基盤 → FDE/伴走型への上方展開」です。LayerXのように、まずSaaS(バクラク)で顧客基盤と業務理解を構築し、そこからAIエージェント+FDEでハイタッチな価値提供に拡張する戦略です。SaaSで培ったプロダクトのスケーラビリティが「Accenture化」を防ぐ防壁になります。
第二に、「AI × BPOの融合」です。PKSHA × アルティウスリンクのように、AIエージェントの提供とBPO運用を一体化することで、「成果(業務完了)」に対して課金するモデルが成立しやすくなります。日本のBPO市場は約4兆円規模であり、この市場をAIエージェントが食い替える過程で、新しい課金モデルが生まれる可能性があります。
AIエージェント事業のビジネスモデルをスペクトラムで考える

ここまでの海外事例・国内事例を踏まえて、自分なりに整理すると、AIエージェント事業者は上記のようなスペクトラムで整理できます。
左端:Pure SaaS(セルフサーブ、シート課金、標準化)
中間:Platform+伴走型(Palantirモデル。プラットフォームありきの導入支援)
右端:Pure Services(カスタム開発、案件単位、属人化)
右端に寄りすぎると利益率が上がらず、左端に寄りすぎるとAIエージェントの価値(業務への深い埋め込み)を引き出せません。
国内の事例で言えば、LayerXは「SaaS基盤を持ちながら中間に進出」、PKSHA×アルティウスリンクは「AI SaaS+BPO運用で中間〜やや右寄り」に位置しています。Palantirは時間軸の中で「右から中間→やや左」にシフトしています。
また、このスペクトラム上の「位置」は固定ではなく、事業フェーズに応じて動的に変化するものだと考えています。初期は右寄り(伴走型で顧客の業務を深く理解する)から始めて、プラットフォームが成熟するにつれて左にシフトしていく。など。このバランスの取り方が、AIエージェント事業の最も難しい経営判断であり、成否を分ける重要なKPIになるのではないでしょうか。
まとめ
最後にまとめると、
・AIエージェント時代のビジネスモデルは、SaaS時代の「プロダクト開発+シート課金+データのロックイン」という定石からは大きく変わりつつあります。
・収益スタックは多層化し、予算の出どころはIT費からコンサル費・事業戦略費・運用費へと広がり、課金モデル自体も各社が実験を繰り返しているフェーズです。その中でもパランティアモデルは一定の成功解を提示しているといえます。
・単なるSaaSの延長線上で考えるのではなく、プロダクト(AIエージェント)を人的リソースのように捉え、新しい付加価値を提供していくことが重要です。そして事業フェーズに応じて、サービスとソフトウェアのバランスを調整していくことが必要不可欠だと言えます。
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参考リンク
・AIが生み出す新たなMoatとは(Delta Xファンド 山崎良平)
・The Palantirization of Everything(a16z, 2026)
・Outcome-Based Pricing for AI Agents(Sierra.ai)
・Salesforce Now Has 3+ Pricing Models for Agentforce(SaaStr)
・元UiPath南哲夫氏がLayerXへ FDEによる「LayerXモデル」確立で300億円事業目指す(EnterpriseZine)
・Palantir's Business Model: Government Anchor, Commercial Optionality, and the AI Pivot(PitchGrade Research)
・The New Moats: Why Systems of Intelligence Are the Next Defensible Business Model(Greylock, 2017)
・Good News: AI Will Eat Application Software(a16z, 2026)
・Selling Intelligence: The 2026 Playbook For Pricing AI Agents(Chargebee)
・How to Get AI Agent Budgets Right in 2026(CIO.com)
・Ai Workforceのビジョンとビジネスモデル(LayerX 中村龍矢)
・アルティウスリンクとPKSHA、AIエージェントとBPO運用を融合した新サービス準備開始(コールセンタージャパン)
・Gartner Predicts Conversational AI Will Reduce Contact Center Agent Labor Costs by $80 Billion in 2026(Gartner)
関連記事
・AIエージェント プラットフォーム比較 国内19社【2026年版】
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