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体調が万全でなくても、声は育つ/「代用品」ではなく、必要なものを身体に聞く稽古

個人指導の記録です。

今回は、海外在住の生徒さんとのオンライン個人指導でした。

この日の生徒さんは、まだ少し風邪気味。

喉も乾燥していて、起き抜けの声は少しバリバリする感じがあるとのことでした。

現地は雨も強く、外で濡れて、学校では冷房に当たり、また帰りに濡れる。

日本の梅雨や夏の冷房もそうですが、こういう環境は、声を使う人にとってなかなか厄介です。

喉だけでなく、身体全体がまだ完全には起きていない。

だから今回は、いきなり曲に入るのではなく、かなり丁寧に身体から見ていくことにしました。

まず行ったのは、呼吸と身体の輪郭を感じること。

呼吸器が、前後左右上下にどう動いているか。

首、顎、頭、肩、脇、肘、手首、股関節、膝、足裏、つま先まで、呼吸がどこに届いていて、どこに届いていないか。

それを、生徒さん自身に観察してもらいました。

すると、

肋骨周りに少し引っかかりがある。

肩甲骨の動きが足りない感じがある。

左の僧帽筋あたりに凝りがある。

咽頭のあたりが妙に気になる。

そういう細かい感覚が出てきました。

面白かったのは、履いていた室内履きの違和感にも気づいたことです。

普段は靴下で受けていることが多いけれど、その日は少しぶよぶよしたサンダルのようなものを履いていた。

そのため、立ちづらさがあった。

これは些細なことのようですが、実はとても大事です。

声の稽古は、喉だけで行うものではありません。

足裏の接地感。

靴や床との関係。

身体の重心。

背中の支え。

そういうものが、声の出方に直接関係してきます。

そこから、私が稽古している少林拳の基礎運動を使って、身体を整えていきました。

前後に足を開き、背面側に集中を向ける。

足裏、外くるぶし、アキレス腱、膝裏、太もも、股関節、骨盤、背中、肩甲骨、腕、手の甲、指先まで。

身体を「部品」として見るのではなく、面として、線として、つながりとして見ていきます。

特に重要だったのは、背面の支えと軸です。

声を出すとき、多くの人は口や喉、あるいは腹筋のような分かりやすい場所を使おうとします。

もちろん、それらも大事です。

けれども、伝統的な身体技法の稽古では、もっと大きな身体の層を見ていきます。

背中側の充実。

骨盤と脊椎の関係。

下丹田、中丹田、上丹田の軸。

足裏から頭部までのつながり。

それらが整ってくると、声を出す前に、身体そのものが変わってきます。

この日も、ある動きの途中で、生徒さんが驚いたように言いました。

仙骨と腰椎の間あたりが、ピシッと鳴った。

痛みではなく、何かがはまったような感じだったそうです。

本人も、

「こんなところが入るなんて、今までない」

と驚いていました。

伝統的な動法には、こういうところがあります。

無理に矯正するのではなく、身体を丁寧に見ていく。

すると、身体が自分で整う方向を見つける。

ある意味では、自分で行う整骨のような側面があります。

その後、口の中と発声の稽古に入りました。

下顎の前面。

首の前側。

喉。

鎖骨。

胸。

脇。

腕。

手のひら。

さらに、肋骨、骨盤、鼠径部、内股、膝、足まで。

そこから口の中へ。

唇の内側、歯茎、舌、上顎、下顎、咽頭。

ここでも、喉だけを見ません。

口の中の表面感覚と、身体全体の表面感覚をつなげていく。

さらに、下顎から喉、胸、腰、骨盤の後ろへと、内空間の感覚をつなげていく。

そして、その後ろ下方向を見る強さと、声が前方に出ていく強さを均衡させる。

この状態でハミングをし、ゆっくり口を開けていきます。

すると、声の低さや太さが変わってくる。

ただ音を出すのではなく、声を出すことで身体全体の状態を観察する。

この段階で大事なのは、声を「うまく出そう」としすぎないことです。

むしろ、

どこに集中が残っているか。

どこがまだらになっているか。

どこが固まっているか。

どこに気が向いていないか。

それを、声を出しながら見ていく。

私はよく、これを「習字」のようなものとして説明します。

線を引く。

止める。

跳ねる。

払う。

声も同じです。

単なる脱力ではなく、型としての線がある。

けれど、固めるのではない。

生きた線として、身体の中を通していく。

その状態で、まず中国語の歌に入りました。

この生徒さんは、以前から中国語の歌に取り組んでいます。

今回は、その歌をかなりゆっくり、0.5倍速くらいで歌ってもらいました。

普通に歌うためではありません。

身体を観察するために歌う。

歌が、見るべき身体の場所を教えてくれる。

そういう稽古です。

ゆっくり歌っていくと、声はかなり太くなりました。

中国語風にそれらしく歌うだけでは出ない強さが出てくる。

喋り声と歌声の境界が、はっきりしてくる。

中国の歌、特にこういうタイプの歌には、かなり歌声に特化した発声があります。

ポピュラーミュージックでは、歌声らしさを少し減らして、話し声に近づけることがあります。

でも、伝統的な歌や民族的な歌では、もっと明確に「歌声の身体」が必要になることがあります。

この日の声は、まさにその方向に一段階進んだ感じがありました。

ただし、課題もありました。

高い音に行くとき、少し荒れる。

仮声帯発声のようなものが出てくる。

そこで生徒さん自身が、かなり重要なことを言いました。

今までのように、発声器官の角度を変えようとすると、全体のコーディネーションが崩れる気がする。

結果として角度が変わることはあるかもしれない。

でも、きっかけは別の場所にあるのではないか。

これは、とても大事な気づきです。

声の問題を、直接その場所だけで解決しようとしない。

高い音が出ないから喉をこうする。

音程が不安定だから声帯をこうする。

響きが足りないから鼻腔をこうする。

もちろん、そういう分析が役に立つ場面もあります。

しかし、身体の層が育ってくると、因果関係の見え方が変わります。

本当の原因は、その部位そのものではなく、身体全体の連動にある。

喉の変化は、結果として起きる。

きっかけは、お腹、足、背面、軸、あるいはもっと別の身体感覚にある。

そのことが、実感として分かり始めているようでした。

休憩の後は、ポルトガル語の歌に入りました。

生徒さんが日頃踊っているバルカン系の動きも少し使いました。

足裏から重心を感じる。

そこから、骨、関節、脊椎を通して、下から上へと内空間感覚を立ち上げる。

肩は持ち上げるのではなく、下からの力にただ乗っている。

そうすると、腕や手の形も自然に出てきます。

バルカンの踊りは、この感覚を見るのにとても相性がよいと感じました。

軸が消えにくい。

足裏からの反発が見えやすい。

背面の充実と、上半身の表面感覚がつながりやすい。

その身体のまま、ポルトガル語の歌に入っていきます。

ここで、中国語の歌とはまったく違う身体の方向性が出てきました。

中国語の歌は、直線的で、鮮やかで、ビビッとした強さがある。

一方、ポルトガル語の歌では、もう少し拡散する感覚が必要でした。

下から上がってきたものが、頭蓋骨や上顎、眉間、目の周辺に広がる。

ただし、あくまで下から来ている。

上だけで響かせるのではなく、足裏と背中の支えがあって、その上に声が広がる。

私はこの感覚を、西洋のカリグラフィーにたとえました。

装飾的で、柔らかい。

でも、線はしっかりしている。

現代的なポップさもある。

しかし、その奥には型がある。

この歌では、少し「喋りかける」感覚も必要でした。

大勢に向かって張り上げるのではなく、ささやかな人数に向けてスピーチするような声。

型としての強さを援用しながら、個人の語りかけが出る。

その方向に進めていくと、かなり雰囲気が変わりました。

この日の大きなテーマは、歌によって身体の方向性が違う、ということでした。

中国語の歌では、背面と軸、そして前方への明確な線が重要になる。

ポルトガル語の歌では、下から支えられた上方向への広がり、頭蓋骨や上顎の響き、そして下顎の補助的な使い方が重要になる。

同じ「声」でも、文化が違えば身体が違う。

言語が違えば、口の中の空間も違う。

リズムが違えば、重心の感じ方も違う。

つまり、民族音楽や特殊発声を学ぶというのは、単に音を真似することではありません。

その文化、その言語、その旋律が持っている身体の使い方を学ぶことです。

そして、それを自分の身体の中で再構成していくことです。

最後に、生徒さんがとても印象的なことを言いました。

今日、どこかが弱いから、ほかの場所で代用しよう、という発想が身体に出てこなかった。

必要なのはどれでしょう、という発想で見ているから、代用品が出てこない。

これは、今回の稽古の核心だったと思います。

一般的には、体調が悪いときや、どこかが不調なとき、人は「代わりにどこを使うか」を考えがちです。

喉が重いから、別のところで頑張る。

高音が出にくいから、力で押す。

身体が起きていないから、テンションで持っていく。

でも、それは本来の稽古とは少し違います。

必要なのは、代用品を探すことではない。

今、この身体にとって本当に必要なものは何か。

どの層を使うのか。

どの方向を見るのか。

どの連動を起こすのか。

そこを身体に聞くことです。

体調が万全ではなくても、集中は育つ。

喉の状態が完璧でなくても、身体の層は見えてくる。

むしろ、調子が万全でないときほど、代用品ではなく、本当に必要な身体の働きが見えやすくなることもあります。

もちろん、無理をするという意味ではありません。

この日も、生徒さんは終盤で「思いの外、消耗している」と言っていました。

だから、負荷の見極めは必要です。

ただ、その中でも、稽古は確実に進んでいました。

今回の課題は、大きく二つ。

中国語の歌は、0.5倍速くらいで、主要なフレーズをゆっくり練習すること。

シャドーイングと、お手本なしの両方で行うこと。

特に高い声を、どの身体の連動でゆっくり出せるかを見ること。

ポルトガル語の歌は、0.75倍速くらいで、歌詞を普通に喋る練習と、シャドーイングを行うこと。

特に下顎の使い方。

アジア系の歌とは違う、縦方向に少し押し広げるような下顎の補助を研究すること。

さらに、身体の面を見る稽古も復習すること。

前後左右だけでなく、表面、裏面、内面、内空間。

それらを使って歌う感覚は、少しずつ定着してきています。

個別の部位に着目していたら、今回のような歌い方はできません。

身体を面として見て、層として見て、連動として見る。

その土台が育ってきたからこそ、歌が変わってきているのだと思います。

声の稽古は、単に「うまく歌う」ためだけのものではありません。

自分の身体の層を知ること。

文化ごとに違う身体の使い方を知ること。

不調の中でも、代用品ではなく、本当に必要なものを見つけること。

そして、歌を通して、自分の身体の中に眠っている別の可能性を引き出していくこと。

今回の定期練習会は、そのことがとてもよく現れた時間でした。

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声は、喉だけで育つものではありません。

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