体調が万全でなくても、声は育つ/「代用品」ではなく、必要なものを身体に聞く稽古
個人指導の記録です。
今回は、海外在住の生徒さんとのオンライン個人指導でした。
この日の生徒さんは、まだ少し風邪気味。
喉も乾燥していて、起き抜けの声は少しバリバリする感じがあるとのことでした。
現地は雨も強く、外で濡れて、学校では冷房に当たり、また帰りに濡れる。
日本の梅雨や夏の冷房もそうですが、こういう環境は、声を使う人にとってなかなか厄介です。
喉だけでなく、身体全体がまだ完全には起きていない。
だから今回は、いきなり曲に入るのではなく、かなり丁寧に身体から見ていくことにしました。
◆
まず行ったのは、呼吸と身体の輪郭を感じること。
呼吸器が、前後左右上下にどう動いているか。
首、顎、頭、肩、脇、肘、手首、股関節、膝、足裏、つま先まで、呼吸がどこに届いていて、どこに届いていないか。
それを、生徒さん自身に観察してもらいました。
すると、
肋骨周りに少し引っかかりがある。
肩甲骨の動きが足りない感じがある。
左の僧帽筋あたりに凝りがある。
咽頭のあたりが妙に気になる。
そういう細かい感覚が出てきました。
面白かったのは、履いていた室内履きの違和感にも気づいたことです。
普段は靴下で受けていることが多いけれど、その日は少しぶよぶよしたサンダルのようなものを履いていた。
そのため、立ちづらさがあった。
これは些細なことのようですが、実はとても大事です。
声の稽古は、喉だけで行うものではありません。
足裏の接地感。
靴や床との関係。
身体の重心。
背中の支え。
そういうものが、声の出方に直接関係してきます。
◆
そこから、私が稽古している少林拳の基礎運動を使って、身体を整えていきました。
前後に足を開き、背面側に集中を向ける。
足裏、外くるぶし、アキレス腱、膝裏、太もも、股関節、骨盤、背中、肩甲骨、腕、手の甲、指先まで。
身体を「部品」として見るのではなく、面として、線として、つながりとして見ていきます。
特に重要だったのは、背面の支えと軸です。
声を出すとき、多くの人は口や喉、あるいは腹筋のような分かりやすい場所を使おうとします。
もちろん、それらも大事です。
けれども、伝統的な身体技法の稽古では、もっと大きな身体の層を見ていきます。
背中側の充実。
骨盤と脊椎の関係。
下丹田、中丹田、上丹田の軸。
足裏から頭部までのつながり。
それらが整ってくると、声を出す前に、身体そのものが変わってきます。
この日も、ある動きの途中で、生徒さんが驚いたように言いました。
仙骨と腰椎の間あたりが、ピシッと鳴った。
痛みではなく、何かがはまったような感じだったそうです。
本人も、
「こんなところが入るなんて、今までない」
と驚いていました。
伝統的な動法には、こういうところがあります。
無理に矯正するのではなく、身体を丁寧に見ていく。
すると、身体が自分で整う方向を見つける。
ある意味では、自分で行う整骨のような側面があります。
◆
その後、口の中と発声の稽古に入りました。
下顎の前面。
首の前側。
喉。
鎖骨。
胸。
脇。
腕。
手のひら。
さらに、肋骨、骨盤、鼠径部、内股、膝、足まで。
そこから口の中へ。
唇の内側、歯茎、舌、上顎、下顎、咽頭。
ここでも、喉だけを見ません。
口の中の表面感覚と、身体全体の表面感覚をつなげていく。
さらに、下顎から喉、胸、腰、骨盤の後ろへと、内空間の感覚をつなげていく。
そして、その後ろ下方向を見る強さと、声が前方に出ていく強さを均衡させる。
この状態でハミングをし、ゆっくり口を開けていきます。
すると、声の低さや太さが変わってくる。
ただ音を出すのではなく、声を出すことで身体全体の状態を観察する。
この段階で大事なのは、声を「うまく出そう」としすぎないことです。
むしろ、
どこに集中が残っているか。
どこがまだらになっているか。
どこが固まっているか。
どこに気が向いていないか。
それを、声を出しながら見ていく。
私はよく、これを「習字」のようなものとして説明します。
線を引く。
止める。
跳ねる。
払う。
声も同じです。
単なる脱力ではなく、型としての線がある。
けれど、固めるのではない。
生きた線として、身体の中を通していく。
◆
その状態で、まず中国語の歌に入りました。
この生徒さんは、以前から中国語の歌に取り組んでいます。
今回は、その歌をかなりゆっくり、0.5倍速くらいで歌ってもらいました。
普通に歌うためではありません。
身体を観察するために歌う。
歌が、見るべき身体の場所を教えてくれる。
そういう稽古です。
ゆっくり歌っていくと、声はかなり太くなりました。
中国語風にそれらしく歌うだけでは出ない強さが出てくる。
喋り声と歌声の境界が、はっきりしてくる。
中国の歌、特にこういうタイプの歌には、かなり歌声に特化した発声があります。
ポピュラーミュージックでは、歌声らしさを少し減らして、話し声に近づけることがあります。
でも、伝統的な歌や民族的な歌では、もっと明確に「歌声の身体」が必要になることがあります。
この日の声は、まさにその方向に一段階進んだ感じがありました。
ただし、課題もありました。
高い音に行くとき、少し荒れる。
仮声帯発声のようなものが出てくる。
そこで生徒さん自身が、かなり重要なことを言いました。
今までのように、発声器官の角度を変えようとすると、全体のコーディネーションが崩れる気がする。
結果として角度が変わることはあるかもしれない。
でも、きっかけは別の場所にあるのではないか。
これは、とても大事な気づきです。
声の問題を、直接その場所だけで解決しようとしない。
高い音が出ないから喉をこうする。
音程が不安定だから声帯をこうする。
響きが足りないから鼻腔をこうする。
もちろん、そういう分析が役に立つ場面もあります。
しかし、身体の層が育ってくると、因果関係の見え方が変わります。
本当の原因は、その部位そのものではなく、身体全体の連動にある。
喉の変化は、結果として起きる。
きっかけは、お腹、足、背面、軸、あるいはもっと別の身体感覚にある。
そのことが、実感として分かり始めているようでした。
◆
休憩の後は、ポルトガル語の歌に入りました。
生徒さんが日頃踊っているバルカン系の動きも少し使いました。
足裏から重心を感じる。
そこから、骨、関節、脊椎を通して、下から上へと内空間感覚を立ち上げる。
肩は持ち上げるのではなく、下からの力にただ乗っている。
そうすると、腕や手の形も自然に出てきます。
バルカンの踊りは、この感覚を見るのにとても相性がよいと感じました。
軸が消えにくい。
足裏からの反発が見えやすい。
背面の充実と、上半身の表面感覚がつながりやすい。
その身体のまま、ポルトガル語の歌に入っていきます。
ここで、中国語の歌とはまったく違う身体の方向性が出てきました。
中国語の歌は、直線的で、鮮やかで、ビビッとした強さがある。
一方、ポルトガル語の歌では、もう少し拡散する感覚が必要でした。
下から上がってきたものが、頭蓋骨や上顎、眉間、目の周辺に広がる。
ただし、あくまで下から来ている。
上だけで響かせるのではなく、足裏と背中の支えがあって、その上に声が広がる。
私はこの感覚を、西洋のカリグラフィーにたとえました。
装飾的で、柔らかい。
でも、線はしっかりしている。
現代的なポップさもある。
しかし、その奥には型がある。
この歌では、少し「喋りかける」感覚も必要でした。
大勢に向かって張り上げるのではなく、ささやかな人数に向けてスピーチするような声。
型としての強さを援用しながら、個人の語りかけが出る。
その方向に進めていくと、かなり雰囲気が変わりました。
◆
この日の大きなテーマは、歌によって身体の方向性が違う、ということでした。
中国語の歌では、背面と軸、そして前方への明確な線が重要になる。
ポルトガル語の歌では、下から支えられた上方向への広がり、頭蓋骨や上顎の響き、そして下顎の補助的な使い方が重要になる。
同じ「声」でも、文化が違えば身体が違う。
言語が違えば、口の中の空間も違う。
リズムが違えば、重心の感じ方も違う。
つまり、民族音楽や特殊発声を学ぶというのは、単に音を真似することではありません。
その文化、その言語、その旋律が持っている身体の使い方を学ぶことです。
そして、それを自分の身体の中で再構成していくことです。
◆
最後に、生徒さんがとても印象的なことを言いました。
今日、どこかが弱いから、ほかの場所で代用しよう、という発想が身体に出てこなかった。
必要なのはどれでしょう、という発想で見ているから、代用品が出てこない。
これは、今回の稽古の核心だったと思います。
一般的には、体調が悪いときや、どこかが不調なとき、人は「代わりにどこを使うか」を考えがちです。
喉が重いから、別のところで頑張る。
高音が出にくいから、力で押す。
身体が起きていないから、テンションで持っていく。
でも、それは本来の稽古とは少し違います。
必要なのは、代用品を探すことではない。
今、この身体にとって本当に必要なものは何か。
どの層を使うのか。
どの方向を見るのか。
どの連動を起こすのか。
そこを身体に聞くことです。
体調が万全ではなくても、集中は育つ。
喉の状態が完璧でなくても、身体の層は見えてくる。
むしろ、調子が万全でないときほど、代用品ではなく、本当に必要な身体の働きが見えやすくなることもあります。
もちろん、無理をするという意味ではありません。
この日も、生徒さんは終盤で「思いの外、消耗している」と言っていました。
だから、負荷の見極めは必要です。
ただ、その中でも、稽古は確実に進んでいました。
◆
今回の課題は、大きく二つ。
中国語の歌は、0.5倍速くらいで、主要なフレーズをゆっくり練習すること。
シャドーイングと、お手本なしの両方で行うこと。
特に高い声を、どの身体の連動でゆっくり出せるかを見ること。
ポルトガル語の歌は、0.75倍速くらいで、歌詞を普通に喋る練習と、シャドーイングを行うこと。
特に下顎の使い方。
アジア系の歌とは違う、縦方向に少し押し広げるような下顎の補助を研究すること。
さらに、身体の面を見る稽古も復習すること。
前後左右だけでなく、表面、裏面、内面、内空間。
それらを使って歌う感覚は、少しずつ定着してきています。
個別の部位に着目していたら、今回のような歌い方はできません。
身体を面として見て、層として見て、連動として見る。
その土台が育ってきたからこそ、歌が変わってきているのだと思います。
◆
声の稽古は、単に「うまく歌う」ためだけのものではありません。
自分の身体の層を知ること。
文化ごとに違う身体の使い方を知ること。
不調の中でも、代用品ではなく、本当に必要なものを見つけること。
そして、歌を通して、自分の身体の中に眠っている別の可能性を引き出していくこと。
今回の定期練習会は、そのことがとてもよく現れた時間でした。
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