生き馬の目を抜く東京へ、背中を押してくれたのは母だった
「生き馬の目を抜く東京なんだから本当に気をつけなさいよ。」
母はそう言って私を送り出してくれた。
そんなふうに心配する母だったが、そもそも東京行きを勧めたのも彼女だった。
「ここにいるよりも、東京の学校に行ったほうが何かとチャンスが多いんじゃないの?」
進路を決める際、母は言った。
母に対して何かと反発ばかりして素直になれなかった私だったけれども、その言葉だけは、いつものように撥ねつけることができなかった。
振り返ってみると、人生の大きな選択をする場面で母はいつだって私の背中を押してくれた。それもかなりの力で。
夫の転勤で札幌に行ったときも、次男が幼稚園に入園するタイミングでやっと自分の時間を持てることに浮かれていた私に「やりたいことがあるなら、サポートするわよ」と母は言ってくれた。
そうして、私が日本語教師になるきっかけを作ってくれたのだった。
夫が転勤になる度あちらこちらへ行って、今は東京に隣接する県に住んでいる。でも、勤務している日本語学校は東京にあって、ずっとこの仕事を続けている。
私が東京で頑張ってこれたのは、母が送り出してくれたあの時の言葉と息子たちを世話してサポートしてくれた母への報いたい気持ちがどこかにあるのだと思う。 出来るだけ長くこの仕事を続けたい気持ちがある一方で、できないことが少しずつ増えてきている高齢の両親を思うと、可能なら私と東京の物語はここで一旦おしまいにして、両親の近くへ行きたい、そんな気持ちのウェイトが、日に日に増してきている。
母さん、生き馬の目を抜く東京は、確かにスリリングで刺激に満ちていたよ。でも、そろそろそちらで一緒にゆっくり時を過ごすのも悪くないと思っている。あなたはきっと「絶対に反対」って言うのでしょうけど。少しは私にも、恩返しをさせてね。今度は私が、あなたの背中を支える番だから。
