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ホキ美術館へ行ってきました

塩田 武士さんの『存在のすべてを』を昨年Audibleで聴いた。あまりにもよくて、これまでに3回も聴いている。等倍速で聴くと、再生時間は18 時間 58 分もかかる長編だ。

この小説を聴いてから、ホキ美術館へ行ってみたいとずっと思っていた。
小説の中で描かれている写実絵画専門美術館「トキ美術館」のモデルとなっていると思われるからだ。


美術館へ行く途中素晴らしい桜並木があった。

行きは、最寄り駅からバスに乗ったのだが見事な桜並木を車窓から見るだけではあまりにももったいないので、帰りは絶対に歩いて駅まで行けるようにバスが道を曲がる度、私は必死に目印となる建物を目に焼き付けた。

JR外房線土気駅を出たバスは4つ目の「あすみが丘東四丁目」のバス停に到着した。ほんの少し勾配のある登り坂を上がって行くとおしゃれな住宅街の中に突如モダンな建築物が現れる。


今、気がつきました
反対側からも写真を撮るべきでした
美術館の建物は一部宙に浮いている部分があるのですが、
バス停側からだとそれがわからないですね
公式HPで是非ご覧ください


平日の昼間ということもあり、広い駐車場には車も数台程度しかなかった。
あまりにもモダンな建造物なので、入り口はどこなのだろうかとドキドキしながら歩を進めた。

入口へと続く道にツンツンと立っている鉄の棒が何本もあった。柵でもあり、オブジェでもある物で、それらの傾きは隣接する昭和の森の杉並木とリンクする形で計算されているらしい。

美術館に入る前から楽しい。

ギャラリーに入り、まずは企画展の『五味文彦のものの観方』を鑑賞した。
語彙力が追い付かないほどの凄さに圧倒され続けた。

写実絵画とはいえ、絵の中のどこかにやはり人が描いた絵だとわかる部分があるものだと思うのだが、そのようなところが1点もない。写真以上に実物が額の中に存在している存在のもつ圧倒的な迫力があった。

何度も真正面からではなく、絵の横に立ってそこから本当に描かれたものであることを確かめたくなる衝動にかられるほど、実物の質感や湿度、細やかさ、重みみたいなものが静かな衝撃を持って目に迫ってきた。

動物の毛は触れてみたくなったし、皮が剥かれたレモンは砂じょうと呼ばれるツブツブの瑞々しさが口の中を酸っぱくしてくれる。パンはちぎったら、打ち粉がどれくらい指先につくのか、口に入れたらどれくらい水分をもっていかれるかそんなことまでわかるかのようだった。

面白かったのは、服の生地の質感が私に伝えてくる感覚だった。このセーターは着ると少し重みが感じられる、このブラウスは袖を通したときにきっとひんやりする、このシャツはシワになりにくくて、それでいて着心地がいいに違いない、などなぜか写真ではおそらく一つ一つの服にそのような感想は持たなかったであろう触感を感じながら観ていた。

冒頭で名前を出した小説の中で、子どもが「水を描くにはどうしたらいいの」という質問を写実画家にするシーンがある。今回展示されている絵の中にいくつか水の入ったグラスが描かれていて、その答えを実際に五味さんの作品の中で教えていただいたようなそんな気持ちになれたのもうれしかった。

ところどころに静物画で使われた実物のレースの敷物や金属製のトレーなどが展示されていて、それらと絵を見比べあまりの再現度に驚いたり、作家さんの解説のついたキャプションなどを読んだりしてとても見応えがあった。

水も飲まず、休みもせずこんなに集中して見続けたら、きっと最後には気持ち悪くなってしまうに違いないと思いつつも、次々に目に飛び込んでくる素晴らしい作品から目をそらすことができなかった。

館内で一番大きな作品は、284.2cm×696.8cmの大作で、野田弘志さんが北海道西部ニセコの山岳丘陵地域の大自然とその神秘を描いた「神仙沼―保木将夫氏に捧ぐ―」という作品だった。

あまりに大きく、どこに目の焦点を置けばいいのかどのように目を移動させればいいのか戸惑うほどの大きさとその絵の持つ迫力と迫力とは逆のところにあるその絵の持つ静かさにしばし呆然となった。

絵の前にある長椅子でどれくらい座っていただろうか。
小説の中でも、このような大作を描くシーンがあり緻密で正確な描写を思い出し、現実に目の前にある絵画と小説の中を行ったり来たりしながら私はしばし呆けていたように思う。




チューブ型の展示室をジグザクに歩きながら鑑賞してくのが、楽しくてたまらない。

緩やかにカーブしている建物の構造は、次にどのようなものが現れるかわからず、ワクワク感が増す。声こそ出さないが、頭の中と気持ちはずっと静かに興奮状態だった。


最後の展示室は、地下2階の打ちっぱなしコンクリートの色が心地よい空間だった。

ここでは、QRコードのついている作品は、作家さん本人の声による音声ガイドがあった。

どれも100号以上の大作ばかりでじっくり楽しんだ。

まずは音声ガイドなしで自分なりの鑑賞を楽しみ、その後でガイドを聴くとまた違った視点で絵を観ることができ、それぞれの絵の世界と作家の方の想いに触れる時間となった。

鑑賞している人で音声ガイドを利用している人がいないのが気になり、危うく「絶対に聴いたほうがいいですよ」とだれかれ構わず声をかける怪しいお節介オバサンになりたかったが、ぐっと堪えた。


美術館を出て、桜並木を愛でながら元来た道を帰った。


絵を観ている間に雨が降り、桜がかなり散ったもよう
まるでピンクカーペットが駅までの道を作ってくれているかのようで美しかった
この桜並木をバスの中から見るだけなんてもったいない
雨がやんで本当によかった


絵をたくさん観て、桜も楽しみ、さすがに疲れを感じたので駅近くのカフェに入った。


飴細工が美しく美味しかったチーズケーキとコーヒー


カフェにあった葛飾北斎の美人画集を手にとってしまい、疲れをとるために入ったのにまた絵を観続ける懲りない私だった。

はっと気がつくと電車が出る時間の3分前、急いで会計を済ませカフェを出ようとすると、話好きそうなカフェの方が桜の花びらを私に見せながら「桜を見に?」と扉まで見送ってくださった。どうやら、私が花びらを体のどこかにつけて店に入ったようだった。私は「美術館に」とだけ答え、駅へと猛ダッシュした。

途中、夕陽に染まる桜を見ることができ、春宵とはまさにこのことかと何だかとても満ち足りた気持ちになった。


春宵の桜


長い記事を最後までお読みいただきありがとうございました。
また、次のnoteでお会いしましょう。

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