誤読のいけない妄想
5月の上旬だったと思う。
授業に入る教室でまずはいつものようにパソコンを立ち上げた。すると、デスクトップの真ん中に見慣れぬ動画ファイルがあった。
眼鏡をかけていなかったので、目を細めて見てみると
春画動画
と、読めた。
え?
まさか。
もう一度、見てみた。
何度見ても、そこには「春画動画」と記されている(気がした)。
心拍数が上がった。
しかし、授業の準備をしなくてはならない。
その見慣れぬ動画ファイルのことが気になりつつも、授業で使うPDFだの音声ファイルだのを開けてはすぐ使えるようにしておく。
出席簿、座席表、返却物、漢字テスト、使う順番に取り出しやすいように、そして配りやすいように教卓の上に配置していく。
授業開始まであと5分。
やはり気になるのはあの動画ファイルのこと。
なぜ。
上級クラスだから?
え?
授業で扱う?
え?
まさか。……ねぇ?
異文化?
え?
なんの授業?
見てどーする?
そのあと、なにする?
ディスカッション?へ?
作文?えええ?
いやぁん。気になる。
見ちゃえ。
モニターの方へ動画が流れないように、FnキーとF10を押して、授業開始までの時間が少ないのと、本当に春画だったらどうしようという動揺から震える指先で「拡張」を選ぶ。
モニターには、何もないパソコンのデスクトップの画面が映し出されていることを確認し音声もミュートにして、いよいよ動画ファイルをクリックする。
はぅ。
何が出てくるのだろう…
流れてきたのは、
この動画だった。
はっ?
なぬ?
眼鏡をかけてもう一度動画ファイルの名前を良く見てみた。
すると…
着火動画
と、書いてあった。
……。……。……はぁ!? なんだ、そういうことか。
そうだよね。春画なわけないよね。
5月の末に、全校生徒で行う校外学習という名のBBQがある。当日までに炭の火起こしについて各クラスでこの動画を見ておきましょうという目的でこの動画ファイルが置かれていたわけだ。そうそう、これ見ておかないと、炭に火がつく前に触ってしまって火起こしに時間がかかり、お肉が焼けなくなってしまう。時間内にBBQが終わらなくなって大変なのだ。
それにしても、なぜ「着火動画」なんて名前にしたのだろう。 「火起こし動画」でいいじゃないか。紛らわしい。
と、自分の勘違いを棚にあげ一人興奮気味に心の中でつぶやいたところで授業開始のチャイムが鳴った。

大変でしたが
無事に終わりました
BBQが終わっても、しばらくその動画ファイルはデスクトップに残されたままだった。パソコンを立ち上げる度、私は自分の恥ずかしい勘違いと対峙しなくてはならず、早く消してほしかった。
「着」という字を離れて見ると「春」に見えなくも……ないか。でも二文字目は間違えようもない「火」と「画」。なぜ私は間違えたのだろう、などと思っていたある日の授業後だった。
一人の女子学生が私のところへやってきた。
「先生、この動画が見たいです!」
「え?これ?」
「はい。これです。」
「いいけど。これ火起こしの動画ですよ。」
「あ。なんだぁ。じゃいいです。」
そういうと、彼女は「先生、さようなら~。また来週。」と言って教室を出て行った。
彼女は一体、何と見間違えたのだろう。 ……まさか、ね。
