ビビっと!トーク②【ヤーレンズ】ライブで生きて、周りと“共存共栄”したい
ビビッと!マガジン(ビビマガ)編集部です。
ビビマガでは、人生を振り返り“ビビっと”来たタイミングにフォーカスして語っていただくインタビュー連載『ビビっと!トーク』を本格始動します!
ちなみに、本連載の第1弾はビビプロ主催のインタビュー。ビビプロを立ち上げた背景や想いを語っていますので、良かったらぜひご確認ください!
『ビビっと!トーク』本格始動の初回に登場いただくのは、ビビプロ設立のきっかけでもあるヤーレンズさん。お二人の芸人人生を振り返りながら、いくつかの“ビビっと”ポイントを深堀りさせていただきました!

ヤーレンズ インタビュー

誰からも期待されず結成
———ヤーレンズの歴史を振り返り、“ビビっと”きたターニングポイント的なタイミングを教えてください。
楢原: どう考えても、結成。
出井: 結成自体がそもそもターニングポイント?
楢原: うん。だって結成する前、この人(出井)辞める感じだったし。

出井: そうそうそう。僕は2コンビ解散して、芸人辞めようと思ってるところに声をかけてもらった……といつも話してるんですけど、実はけっこう端折っていて。この間に、もっと細かくコンビ解散してるんですよ。「ちょっと試しにやってみようか」みたいなのもあったんですけど上手くいかず、当時は“詰んでる”に近い状態でした。
楢原: スクランブルハネムーン(出井が過去に組んでいたコンビ)の後も、別のコンビ組んでたっけ?
出井: スクランブルハネムーンの後はないかな。
楢原: じゃあセカンドギア(出井が過去に組んでいたコンビ)の後か。
出井: 現ハリキリちゃんと組んだりとか……けっこう色々やりはしたけど、上手くいかなくて。あなたは?
楢原: すいっちひった~(楢原が過去に組んでいたコンビ)の後、一瞬だけ他で組んだ。
出井: そうか。だからここで組む前に、違う人とも少しやってたんですよ。

———当時、細かく解散を繰り返していたのはなぜだったのでしょうか?
出井: 組んだ時点でわかるというか……。昔、アントニオ猪木が、「組んだ時点で相手の強さがわかる」って言ってたんですよ。「これはいける」っていうのが分かる、その逆ですよね。組んだ時点でダメだとわかった。
楢原: 相性ね。
出井: そうそう。逆猪木状態に入っちゃって。一緒に舞台に立った時点で「あ、これダメだな」みたいな(笑)。お互いそういう経験があったんで、このコンビも……と最初は思ってました。……うーん、当時の空気感がなかなか伝わらないんだよな。組んだ時って、まだ24歳とかでしょ?
楢原: そうだね。

出井: 今は大卒の芸人もいっぱいいるから「24歳で結成なんて普通でしょ」って思うけど、俺らの世代では「もうギリギリやん」っていう感じだったんだよね。
楢原: そうそうそう。すでに5年目だから。
出井: そうね。
楢原: 5年目で劇場のオーディションにも受かってないって、もうヤバイ。そういう空気感。
出井: たしかに、周りに言われましたもん。「ここ二人が組んでどうすんねん」みたいな。「組んだところでしょうがないだろう」ってことですね。
楢原: “延命”ね。「芸人辞めたくないのか知らないけど、先ないでしょ?先細りでしょ?」って(笑)。

出井: 「辞めるなら早く辞めたら良いのに」と。
楢原: そうそう。今の日本じゃないか(笑)。
出井: 先細り(笑)。結成したけどまわりは冷ややかな目をしていて。「ここで組んだところでなんともならないだろう、辞めたら良いのに」っていう空気感がありました。
楢原: 本当になんの期待もなかったですね。「あ~ここ組むんですね~。頑張ったら良いじゃない、何も無いだろうけど」みたいなね。
出井: そうそうそう。
楢原: そういうのをひしひしと感じながら……
出井: 当時の我々が生息していた、大阪インディーズライブの空気感がね……
楢原: インディーズ界でも下の方だったもんな。ゴミ芸人(笑)。
出井: (笑)。あのときの大阪インディーズの空気感って、もう“そこにしかないもの”だったよな。似たような空気感って味わったことない。
楢原: うん。

———この二人で組むことになったときは、「いける」と思えたのでしょうか?
楢原: いや、わからなかったですね。僕からしたら、ここで組んだのは大博打。引きの関東弁漫才という、これまでとは全然違うプランだったので。やってみないことには、いけるかいけないかわからなかった(笑)。
出井: そうですね。いけなくて当然というか「しっくりこなくて当然」ぐらいのフルモデルチェンジだったんで。
楢原: 業態変えたくらいのね。
出井: そうそう。
楢原: でも、初速はすごい良かったよね。
出井: 組んで1年くらいは、ぼやーっとしてなかった?
楢原: いや、だって1年で(THE MANZAI)認定漫才師だから。あと2分ネタをやりきれたら上に行けるゴングショー形式のオーディションがあって、前のコンビでは2分やり切れたことのほうが少なかったのに、このコンビでは初舞台で2分をやりきったんですよ。それで「あれ?」ってなって、その後に認定漫才師にもなれた。だから、最初はとんとん拍子でしたね。それで「合ってんのかなー」とは思ってました。

———では最初から「この相方とはやっていけそうだ」と思えたんですね。
楢原: 僕はそうでしたね。「合ってるな」と。
出井: 僕は半信半疑でした。一応結果が出たからやるけど、「やっていけるのか?」と。でも明確に「良いんだろうな」と思えたのが、出番が終わったあと袖でミルクボーイさんが「ええやん」と褒めてくれたとき。あのときのことは、すごい覚えてますね。
『THE MANZAI』で知った本物の“音”
———ヤーレンズの歴史を振り返って、出井さんが“ビビっと”きたタイミングはいつ頃ですか?
出井: 僕にとっても、結成はターニングポイントですね。あとは、2012年『THE MANZAI』の認定漫才師かなぁ。結果が出たことで「この先やっていって良いんだ」とちょっとした自信を持てたのもあるんですけど、それ以上に上の人がどれだけウケているかを知れたのが大きかったですね。NON STYLEさんとかを近くで見て、NGK(なんばグランド花月)でしゃにむにウケてて「これもう無理じゃん、勝てないじゃん絶対」って。
楢原: 音を聞いたよね。笑い声じゃなく、“音”。

出井: トム・ブラウンともよく言ってるんですけど、やっぱ“音”なんですよ。音が大事。『THE MANZAI』で、千鳥さんのあとに漫才する機会があって。あのときはもう、やってらんなかったもんなぁ。
楢原: 千鳥さんの笑いでウケただけ。
出井: そうそうそう。千鳥さんの余韻でちょっとウケた。「ウケるってこういうことかぁ」っていうのがわかったというか。これ、意外とわからない芸人も多いんですよ。
———ほかの芸人さんから、よく「決勝に行く芸人のウケ方を予選で聞いて、自分たちはまだそこまでになれていないと実感する」と聞きます。その話題のなかで、ヤーレンズさんの名前をよく聞きますね。
楢原: あの時のノンスタさんになれてるってことか……。
出井: (笑)。なら良いけど。
楢原: 勘違いしてる若手が多くてね~。「ウケた」とか言ってる若手がいると、前は「なんやこいつら」とムカついてました。でも今は「あ、そうですか」と。笑っちゃいますね。「ウケたんですか、オホホ、良かったですね~」と。
出井: なんで貴婦人になるんだよ(笑)。本当の音を聞くことで、向こう岸との距離がわかるというかね。あんなに遠くにいるんだっていうのがわかるのが大事。

楢原: 結成1年目で結果が出て浮かれてたのに、本物をまざまざと見せつけられて、すぐ落ち着けたのが良かったよね。だから、我々は調子に乗る機会があんまなかったんですよ。まわりからどう見えていたかはわからないですけど。僕はずっと「まぁまぁ、このくらいはウケるけど、もうちょっと上に行かなきゃな」と思ってました。本物を先に聞けたのは、たしかに良かったですね。
出井: キングカズがセリエAのデビュー戦で、イタリアのトップディフェンダーであるフランコ・バレージと激突して鼻を骨折したんですけど……まぁ、そういうことですよね。
楢原: 二つの意味で鼻を折られたということですね。Jリーグでは天下だったけど、それは井の中の蛙。僕らも1年で全国の50組に入ったんで、そのままとんとん拍子に行ってたら結果的にすごい挫折があったんじゃないかと思うんです。でもあの時点で「絶対無理だ」と思えたのは、デカい。
出井: 「相当頑張らなきゃ」ってね。

それぞれのターニングポイント
———コンビではなく、個人的なところで“ビビっと”来たタイミングはいつごろですか?
出井: なんだろうな~
楢原: 個人は難しいな~。大阪吉本を辞めて上京するとか、ケイダッシュ入るとかいろいろあるけど……でも個人的なことで言うと、2022年のM-1かな。意識が変わって結果が出たタイミングですね。「なるほど、意識の問題か」と。もちろん、長年やり続けて上手くなったのもあるんでしょうけど。
———どのような意識の変化があったのでしょうか?
楢原: 2021年に、ずっと一緒にやってたやつらがみんな決勝に行っちゃって、初めて「辞めなきゃな」と思ったんですよね。それまではなんとなく、バイトもせず芸人をできてたというのがあったんですけど「これはもう無理だ」と。まわりの芸人もいなくなったし、強制引退じゃないですけど……ちゃんと「引退しなきゃな」と考えた時期だったんですよ。でもそのタイミングで、お客さんも芸人もみんなが支えてくれた。「この人たちのために頑張らないとな」と思って、ちゃんとM-1に向き合ったのが2022年だったんです。そうしたら初めて準決勝に行けて「なるほど、意識の問題か」と。だから個人的な変化としては、2022年ですね。
———それまでもちゃんと漫才やM-1に向き合っていたとは思うのですが、それでは甘かったということでしょうか?
楢原: 甘々でしたね。この人(出井)は、たぶんもうちょっと考えてたんですけど、僕は全然考えてなかった。目先のことしか見てなかったんですよね。

———出井さんが“ビビっと”来たタイミングは、いかがですか?
出井: 僕は2020年かなぁ~。2019年のM-1がけっこう手ごたえあったんですけど、2020年に同じ感じで行ったら全然ダメで。映像を見返したら「全然ダメだな」と。「パフォーマンスとか全然ダメだな、下手だな」と思って、そこで技術的なところを見直したんですよね。
———技術的な見直しとは?
出井: 所作とか発声とか、いろんなこと。もうちょっと自分をコントロールしないと……とすごく意識するようになりました。2024年にも近いかもしれないけど、ガーっと集中してやりすぎて、なにか大事なところがおろそかになっていた時期だったのかもしれないですね。

数々のユニットライブで学んだこと
———ヤーレンズさんは、ユニットライブをたくさん開催している印象があります。令和ロマンさんとのツーマンライブ「ヤレロマ」は有名ですが、ほかにお二人にとって特に“ビビっと”来たユニットライブはありますか?
出井: う~~~ん……『反野内(反野内豊史)』かなぁ~。ライブはいっぱい立ち上げていっぱい参加したんですけど、今も残ってるのがあんま無いんですよね。
反野内豊史
錦鯉、モグライダー、虹の黄昏、ヤーレンズによるユニットライブ
楢原: 『反野内』は楽しかったよね。
出井: 僕は自分のスキルに自信がない方ではないんですけど、『反野内』の4組で比べた場合、ツッコミとして4番目だなと思うんですよね。芝さん・隆さん・野沢さんは、ツッコミとして僕よりも格上だと思ってるんで。コンビのネタで勝てることがあったとしても、ツッコミでは全然勝てないなぁと思ってます。だから、けっこう学びになってるのは『反野内』かもしれないですね。1回目をやったとき、ほか3組が面白すぎて……
楢原: 震えあがったもんね。
出井: そうそう。
『反野内豊史』でした。
— ヤーレンズ 出井隼之介 (@Yarlens_Dei) November 22, 2016
ありがとうございました。ご馳走様でした。
かまちゃん以外のみんな、お疲れ様でした。
疲れたけど楽しかった〜ねみ〜#反野内豊史 pic.twitter.com/OMsTsvUutu
楢原: 「年上のおじさんとやってる!」って感じ。
出井: 『反野内』がはじまった当時、俺らは20代、錦鯉さんは40代、ほかは30代。だから、『反野内』のなかでは僕らが末っ子で。ネタも平場も全然歯が立たないと思ってたんですけど、みんなに付き合ってもらって、段々一緒にしゃべれるようになってきたなぁという感じがありますね。たまにやりたいライブです。
———昨年9月に、久しぶりの『反野内豊史』公演がありましたね。ヤーレンズさんがM-1ファイナリストになって開催できたので、だいぶ嬉しかったのではないでしょうか。
出井: めちゃくちゃ嬉しかった。
『反野内豊史』配信ありがとうございました。むっちゃ楽しかった。ちょっとの間アーカイブもあるので、ヤーレンズのYouTubeチャンネルより是非。 pic.twitter.com/o0UgnOcpA9
— ヤーレンズ 出井隼之介 (@Yarlens_Dei) March 17, 2020
楢原: 北海道の錦鯉さんの番組で、この4組でイベント(錦鯉が行く!のりのり散歩フェス)ができたのもめっちゃ嬉しかったですね。「こういうこと、こういうこと!」って。
のりのり散歩フェス第2部楽しすぎました。
— ヤーレンズ 楢原 (@narahara_j) September 22, 2024
2016年からやってる反野内豊史。北海道でできるなんてあの時の僕は思ってもなかったです。夢でした。また夢叶えます。
とうきびコーン道産子ど滑りおじさんを忘れない。
錦鯉さんありがとう!! pic.twitter.com/PQun0sJsyu
出井: いっぱいユニットライブとか主催ライブをやってるのも意味があるんです。1年を、それらでまわしたいんですよ。なるべくまわりと共存共栄していきたい。しかも長い年月。そういう意味では、昔やってたDr.ハインリッヒさんとの『コーヒーブレイク』とかもね、またやれて嬉しかったですね。
コーヒーブレイク
Dr.ハインリッヒ、ヤーレンズによるトークライブ
コーヒーブレイク。 pic.twitter.com/RIWR4rttNN
— ヤーレンズ 楢原 (@narahara_j) February 29, 2016
———個人的に気になっているのですが……『383(さんぱっつぁん)』はもうやりませんか?
出井: 『383』はやらないんじゃないですかね~……。
楢原: ぐりんぴーすが完全に折れてるので……。
出井: あはははは(笑)。
383
ヤーレンズ、リニア、ぐりんぴーすによるユニットライブ
楢原: 『383』はもしかしたら、俺にとってターニングポイントかもしれないです。ダラダラ続けた俺たちと、1回止まったけど今めっちゃ燃えてるリニア、完全に変わったぐりんぴーすっていう……(笑)。
出井: ぐりんぴーすは、路線を変えたんだよね。
楢原: 我々は「漫才で食べていきたい」っていう気持ちがあるんですけど、ぐりんぴーすは「お笑いに関することだったらなんでも良い」という路線にシフトしていて。それを見たときが、一種のビビっとポイントかもしれません。いろんな道があるから、別に漫才だけを頑張る必要もないのかなと。昔の僕だったら「なんやねん」と思ってたんですけど、別にもう「それで良いんじゃない?」と思える。
昨日は383でした。企画会議、リハ、本番、打ち上げすべて楽しかったです。保護者の方々も楽しんで頂けたと思います。これからも我々の事をよろしくお願いします! pic.twitter.com/OQkVHs1uA8
— ヤーレンズ 楢原 (@narahara_j) December 27, 2015
出井: そういう意味では、ねじさんが秋田に帰ったのもデカいよな。
楢原: そうね。
出井: ケイダッシュステージの若手として2組で一緒にライブやったりしてたんですけど、あるときにねじさんが地元の秋田に帰って活動すると決めて。事務所を辞めて、拠点も秋田に移したんですよね。「こういう道もあるよなぁ」というか、「カッケェな」と思って。自分たちで完全に進路を決めて、退路を断つっていう。僕らは漫才にかまけて、考えずにただやってただけみたいなとこあるんで(笑)。
ねじ
2021年にケイダッシュステージを退所し、秋田へ移住。『ねじ・ヤーレンズ作戦会議』など、ヤーレンズとは定期的にライブを開催していた
楢原: 僕らはダラダラやってた。
出井: 漫才をやり続ける以外をあんまり考えずにやり続けてたんで、ねじさんみたいな先輩が身近にいたのはかなりデカかったですね。
7月23日(火)『ねじ・ヤーレンズ作戦会議』今回は来た方が良さそうだよ! ご予約は @5E_J1_M0 へリプライ! pic.twitter.com/oECsbkwUFd
— ヤーレンズ 出井隼之介 (@Yarlens_Dei) July 11, 2019
———昨年、ねじさんが秋田で開催したイベント(ねじロックフェス2024)にヤーレンズさんも出演していましたよね。先ほどおっしゃっていた「共存共栄」につながっているような気がします。
ねじロックフェスでした。
— ヤーレンズ 楢原 (@narahara_j) August 25, 2024
なんでロックフェスやねん!以外完璧で最高でしたね!
ねじさんは作戦会議で言ってた公約を守ったので、我々のM-1優勝もやりますよ!
来年も来るのでチャンピオンで凱旋だ!
ご来場ありがとうございました!
瀬下さん変わりすぎ。#ねじロックフェス2024 pic.twitter.com/lke5RKsHlD
出井: 一生やりたいですよね、こういうの。残ってるユニットライブとこれから立ち上げるユニットライブを、一生もんにしていきたいという気持ちがあるんで。だって、残るってだけでけっこう奇跡ですからね。コマンダンテ・井下好井・ヤーレンズでやってた『わいわいわい』ってユニットライブもあって、俺らは漫才をまだやらしてもらってますけど……
わいわいわい
コマンダンテ、井下好井、ヤーレンズによるユニットライブ。コマンダンテと井下好井は解散し、それぞれが別の道で活躍している
楢原: あの当時、一番食えてなかったヤツが残るなんてな。
出井: カフェオーナー、GAG、怪談、パーソナルトレーナーですからね。わけわかんない(笑)。すごいことだよなぁ。
楢原: よくわかんない(笑)。誰ももう漫才やってない。漫才ユニットだったのに。
出井: でもこれはこれで、みんなすげぇと思う。俺らが残ってることが、ほんとミラクルだよな。
わいわいわいでした。
— ヤーレンズ 楢原 (@narahara_j) September 3, 2018
毎回関係性が0になる珍しいユニットライブ。ただ毎回初対面なのにあそこまで盛り上がるのはやはり皆んな面白いからでしょう(^^)次もドキドキしながらわいわいわいします。
あっ!もちろん打ち上げなしで帰りましたよ(^^)イェーーーーイ👍 pic.twitter.com/fLZbqUDErV
お客さんは「おもろい人」を観に行く
———最後に、「ビビプロ」に期待することを教えてください。
出井: 今あるライブを一生もんにしたいとさっき言いましたけど、ビビプロもまさにそうですね。一生関わっていきたいというか……勝手にですけど、ちょっと責任も感じてるから(笑)。我々と令和ロマンのライブのおかげというか、せいで立ち上がったところがあるので(笑)。今っていろんなライブ運営団体がありますけど、全部がうまくまわれば良いなと思ってるんですよ。だから僕ら主催のライブも、なるべく制作団体を散らしてやっているんです。K-PROさんでやることもあれば、ビビプロにやってもらうこともあればっていう感じで、全部がうまく回れば良いなと。僕らがこの先もっともっと頑張って、全部が上手くいくっていうのが理想なんです。そういうことを、長く続けていけたらなと思いますね。だからビビプロに期待してることは、とにかく「続いてほしい」ですね(笑)。
楢原: ビビプロは、主催が赤ちゃんすぎるんで……地に足つけて(笑)。いろんなものから影響を受けやすいんでね。
出井: ライブ見たら「うわ、すげぇ!」ってなっちゃうから。
楢原: 見極める目を持ってもらいたい(笑)。
出井: 感受性が高すぎる。感受性のフタが開いたばかりだから(笑)。

楢原: お客さんからしたら、主催がどこかなんて関係ないんでね。今は制作団体をわけてますけど、それぞれが協力して面白いことができたら良いなとも思います。お笑いってすごくニッチなコンテンツなんで、いがみ合っててもしょうがないじゃんって思っちゃうところがある。みんな切磋琢磨して、盛り上げてほしいですね。で、そのなかのトップになってくれれば嬉しいかなと。ビビプロは、やっぱ思い入れもあるんでね。
出井: このまま行くと、他事務所(吉本以外)って廃れてしまうんですよ。でも目の前の仕事にいっぱいいっぱいで、大人はそこを全然ちゃんと考えてない。今「お笑いはじめます」って言って吉本以外に入るヤツは、めっちゃアホですよ。学生芸人のライブにMCで行くことありますけど、みんな「NSC入る」って言う。それは当然ですよね。今他事務所に入るのってよっぽどアホなんですけど、これから先に“よっぽどアホ”しか入ってこないなかで、どうやって他事務所のお笑いをやっていくのかを真剣に考えないといけない。そのためには、まず絶対にライブを充実させなきゃいけないんで、そういう意味でもビビプロとかの団体がしっかりあるのが大事だと思います。ビビプロに限らず、いろんなライブ運営が横のつながりをちゃんと持ってほしい。

楢原: そこでお客さんや芸人を取り合ってもしょうがないからね。密に連絡とって、他事務所だけでなく吉本さんとも仲良くしてほしい。ここに関しては「個性出せ」とか別に良いんでね。一般の人って、本当にみんな「芸人は全員吉本」だと思ってるから(笑)。でもそれはそこに甘えて良いし、吉本面して、楽しいライブがいろんなところで見れるようになってくれれば良い。そこにお客さんは関係ないから。
出井: ビビプロは積極的に吉本芸人を呼んで、吉本面して(笑)。それでメインストリームに躍り出てほしいですね。
楢原: お客さんからしたら、本当にどっちでも良いんでね。「吉本だから」というより「おもろい人」を観に行ってる。おもろいことをやり続けてれば、絶対ライブにお客様は来るから。ビビプロには、そこを頑張ってほしいですね。

【協力:ワラパー】
取材・文・編集:堀越 愛
写真:ビビプロ
