思い出せ、自分
こどものころ、本がとても好きだった。
学校から帰って、暗くなるのに気が付かない勢いで読んでいた。
(結果目が悪くなった)
母が筍の煮物にあたって七転八倒しているのにも気が付かないこともあった。
(お母さんごめん!)
本を読むと全然違う人の感受性に一時的になることがあった。
村上春樹を読むとなんとなく床がリノリウムみたいな気がする、とか。
影響されやすいということか。
自分以外の感情を生きるのはとても愉快だ。
本をめくる。
脳内で再生される映像は
もちろん私の妄想にまみれている。
どうしたって好きなテイストだ。
そこに他の人の感受性が入る。
おもしろき。
でも、社会人になってそういうことを忘れていた。
本を作っているのに本を読まなくなってしまったのだ。
あんなに活発だった私の脳内妄想テレビの本チャンネルは埃をかぶって息を潜めていた。
そんなある日、風のような会社の友だちが言った。
もっと本を読もう。
本の話をしようと。
ほんとほんと!
(本だけに!)
そうだそうだ!
(やはり影響を受けやすい)
読み出したら、
私の脳内妄想テレビの本チャンネルは、何事もなかったかのように絵をうつす。
えらいなあ。
埃かぶってたんじゃないのかい?
そして、本。
改めて、面白いなあ。
気がついたら二宮金次郎化。
よき、よき。
