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超短編小説『海に帰る』



「ギターを持って君のところまで弾きに行くよ。
 曲は何がいいかな。
 僕の好きな曲でよければずっと弾き続ける。
 でも、歌は歌えないから。
 君が代わりに歌ってくれたら嬉しい」


そんなセリフを
さらっと言えたら素敵だなって思う。



町には海と山。
あとは少し離れた場所に、コンビニがあるだけ。

僕は早くこの町を出たかった。


ただ、みんなの輪に溶け込んで
笑っているふりをしていた。

何もない町。

何も持っていない僕。

そんな小さな町で
音楽好きが集まってバンドを組むことになった。

でも、ボーカルだけが見つからない。


「歌が好きな子がいるよ」


そう言って連れて来られたのが君だった。

初めて会った君はとても恥ずかしがり屋で
人前で歌なんて歌えるのかなって
正直、少し不安だった。


でも、君の歌声を聴いた瞬間
その不安はすべて消えた。


気づけば
僕は息をするのも忘れて聴き入っていた。


ずっと聴いていたくなるような
耳心地のいい声だった。


学校が終わると
自然と集まる日が増えていった。


ギターを弾く僕の隣で
君はいつも静かに歌っていた。


君は歌の練習が終わると
防波堤に座って海を眺めるのが好きだった。


最初はどこか壁のあった僕たちも
少しずつ距離を縮めていった。


でも、君はどこか遠かった。


近づけたと思ったのに
君との間には、まだ見えない壁があった。


手を伸ばせば届きそうなのに
なぜか届かない。


君は、そんな不思議な空気をまとっていた。



帰り道。


みんなと別れて二人きりになった。


一緒に防波堤を歩いていると
君が先に口を開いた。


「私、そろそろ海に帰る。」


僕は冗談だと思って
思わず笑ってしまった。


でも、君の表情は少しも笑っていなかった。


「海に帰るって、どういうこと?」


「そのまんまだよ。」


それ以上、君は何も答えてくれなかった。


家に帰ってからも
その言葉だけが頭から離れなかった。


次の日の集まりに、彼女は来なかった。


周りのみんなに聞いても
誰も彼女のことを知らなかった。


まるで最初から
彼女なんていなかったみたいに。



それでも、また君に会えたなら


ギターを持って、君のところまで弾きに行くよ。

曲は何がいいかな

僕の好きな曲でよければずっと弾き続ける。

でも、歌は歌えないから


君が代わりに歌ってくれたら嬉しい。





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