22時退社を「普通」だと思ってた時期の話
「22時まで残業って普通なんですか?」
そう聞かれて、俺は「普通じゃないの?」と答えた。

この感覚、わかる人いますか?
早瀬が配属されてきたのは、去年の春だった。
初日、22時まで残業して帰る準備をしていたら
「先輩、今日って特別遅いんですよね?」と聞いてきた。
俺は「いや、普通だよ」と答えた。
早瀬の顔が、一瞬固まった。
「え…毎日ですか?」
「だいたいね」
「それ、普通なんですか??」
その質問を聞いたとき、何かが引っかかった。
普通じゃないの?と思いながら、胸の奥がざわついた。
そのとき頭をよぎったのは、3年前の自分だった。
入社したての俺も、まったく同じことを先輩に聞いてた。
「22時まで残業って普通なんですか?」同じ言葉を、同じ顔で。
あのときの俺と、今の早瀬が完全に重なった。
帰り際、早瀬に「その感覚、絶対に忘れるな」と言った。
早瀬はきょとんとしてたけど、俺は本気だった。
ちなみに、月にどれくらい残業すると「多い」のか
厚生労働省の「毎月勤労統計調査」によると、
一般労働者の月間平均残業時間はおおむね13〜14時間程度だ。
毎日22時まで働くということは、定時が18時なら1日4時間、月20日勤務で月80時間の残業になる。
これは平均の約6倍であり、
厚労省が定める過労死ラインの「月80時間」にちょうど到達する水準だ。
つまり俺が「普通」と呼んでいたものは、国が「これ以上は命に関わる」と線を引いた、そのギリギリの場所だった。
数字で見ると明らかにおかしい。
でも毎日その中にいると、数字を見る機会がない。
比較対象がないから、自分の基準だけが頼りになる。
そしてその基準が、3年かけて静かに壊れていた。

灰原タスク、独白
マヒは、静かに来る。
ある日突然「感覚がおかしくなりました」とはならない。
少しずつ、少しずつ、基準がズレていく。
22時退社が普通になって、
サービス残業が普通になって、
怒鳴られることが普通になって、
有給が取れないことが普通になる。
気づいたときには、何がおかしくて何が普通なのか、自分ではもうわからなくなってる。
早瀬の「普通なんですか?」という顔が、刺さった。
あの顔を見て初めて「あ、俺の感覚、ずいぶんズレてたんだな」と気づいた。
入社したての自分が外から来て、今の自分を見てるみたいだった。
おかしいと思える感覚が、最後の砦だと思う。
あの感覚が消えたら、もう自力では戻れない。
茹でガエルの話があるけど、まさにあれだ。
水温が上がっていることに気づかないまま、
気づいたときにはもう動けない。
早瀬に「その感覚、絶対に忘れるな」と言ったけど、
本当は自分に言ってた。
もっと早くに、誰かに言ってほしかった言葉だった。

で、どうする?
感覚のマヒに自分で気づくのは難しい。
だから俺がやったのは、外の基準を見に行くことだった。
転職サイトを開いて、同じ業種・同じ職種の求人を眺めた。
残業時間、有給消化率、給与水準。自分の会社と比べてどうか。
「残業月20時間以下」で検索したら、普通にたくさん出てきた。
そのとき初めて、
「月80時間残業してる俺の会社、やっぱりおかしかったんだ」
と確信できた。
自分の感覚が麻痺していても、数字は嘘をつかない。
もし今「うちの会社ってこんなもんだよな」と思いながらこの記事を読んでるなら、一度だけ外の数字を見てみてほしい。それだけでいい。
感覚のマヒは、その環境にいる限り自分では気づきにくい。
転職エージェントに今の労働環境を話すだけで
「それは一般的ではないですよ」と客観的に教えてもらえる。
外の人間に話すことで初めて自分の状況が見えることがある。
無料で、話すだけでいい。

次回も灰原タスクの話、続きます。
読んでくれてありがとう。
