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二十センチ

子どもの頃、変わった遊びをしていた。

畑を掘るのだ。

といっても、耕されている畑ではない。

茨城県の結城市。

古い歴史のある町だった。

家の近くに、もう誰も耕していない畑があった。

歩いていける距離に、古墳もあった。

そういう土地だった。

そこを手で掘る。

道具はいらない。

素手で土をよけるだけ。

深さにして二十センチほど。

小学三年か、四年。

子どもの力で掘れるのは、せいぜいそれくらいだった。

それで十分だった。

出てくるのだ。

土器の欠片が。

嘘だと思うかもしれない。

私も最初は信じられなかった。

でも出てくる。

半日やっていると、いくつも見つかる。

茶色くて、ざらざらしていて、縁の丸い破片。

明らかに、ただの石ではない。

誰かが作ったものだった。

ある日、変わった石を見つけた。

石の斧だった。

斧といっても、小さなものだ。

手のひらに収まるくらいの。

楕円形の石の、両側が深くえぐれている。

ふたつのかたまりが、まんなかでつながっているような形。

自然にできる形ではなかった。

詳しい人に見てもらった。

その人は少し眺めてから教えてくれた。

この形は、縄文の終わり頃に現れて、弥生に受け継がれていく。

だから、と言った。

「弥生の斧かな」

弥生時代。

形の名前も教わった気がする。

覚えていない。

こちらは小学生だ。

でも、その一言は覚えている。

私が驚いたのは、斧そのものではない。

深さだった。

一メートル掘って出てきたのなら、まだ分かる。

大変な思いをして、遠い過去にたどり着いた。

そういう話なら理解できる。

でも違う。

二十センチだった。

子どもが素手で土をよけただけ。

その下に、二千年前の時間があった。

二千年は、遠くになかった。

すぐそこにあった。

大人になって、探偵になった。

人を探す仕事だ。

いなくなった人。

会えなくなった人。

五十年会っていない姉。

みんな、どこか遠くにいると思われていた。

でも見つかる場所は、たいてい近かった。

隣の県。

同じ市内。

驚くほど近くに、探し物はある。

畑と同じだった。

あの頃の私は、宝物を探していたのだと思う。

海賊の財宝のような、何かすごいものを。

見つけたのは、欠片だった。

でも今なら分かる。

あれは時間だった。

二千年前の誰かが石を選び、削り、使い、失くした。

その全部が、二十センチ下で待っていた。

あの斧は、今でも持っている。

どこにあるのかは、分からない。

家のどこかで、また埋もれている。

二千年前の誰かも、こうして失くしたのかもしれない。

過去は、遠くにあるのではない。

深くにあるのでもない。

二十センチ下にある。

しゃがんで、手を伸ばせば届く。

あとは、掘るかどうかだけだ。


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