「代理出産は搾取」って言う男性に、私はこう聞きたい
代理出産の話になると、「女性の身体の搾取だ」という声が出てくる。もちろん、実際に代理母になる女性が経済的に弱い立場に置かれていたり、十分な説明を受けないまま契約させられたりするなら、それは問題だと思う。妊娠や出産には身体的な負担もリスクもある以上、本人の意思が本当に自由なのか、きちんと考えなければならない。
ただ、「搾取だから」という一言で代理出産そのものを否定する男性を見ると、私はどうしても一つ聞きたくなる。
あなた自身、女性に妊娠・出産を委託して子供を持っているんじゃないの?
これって、かなり本質的な話ではないでしょうか。
男性は自分では妊娠できない。子供が欲しいと思ったとき、自分の身体だけで子供を作ることはできない。女性に妊娠してもらうしかない。もちろん普通の夫婦なら、「二人で子供が欲しい」という共同の意思がある。だから、それを即座に「搾取」と呼びたいわけではない。
でも、構造だけ見れば、男性は自分にはできない妊娠・出産という役割を女性に担ってもらっている。
そして、ここは「本人が望んでいるから」で片付けられないと思う。夫婦が子供を望み、妻が自分から妊娠したとしても、妊娠するのは女性の身体で、出産するのも女性だ。本人が望んでいるからといって、身体的な負担やリスクが消えるわけではない。
つまり、「自分で選んだ負担でも、負担は負担」なんだと思う。
だからこそ、代理出産だけを見て「他人のために妊娠させるなんて搾取だ」と言うことには違和感がある。夫婦の場合も、子供を望む二人のために、妊娠・出産という身体的に大きな負担を一方が引き受けているからだ。
もちろん、夫婦と代理出産は同じではない。夫婦には愛情や共同生活があり、代理出産には契約がある。でも共通している部分はある。
「子供を望む人が、自分ではできない妊娠・出産という役割を、できる人に委託する」
ということだ。
ここで私は、男性が代理出産に反対すること自体がおかしいと言いたいわけではない。「代理母の経済的困窮につけ込むのは問題だ」「妊娠する女性の自己決定権を守るべきだ」「生まれてくる子供の権利はどうなるのか」という理由なら、男性でも女性でも当然議論していいと思う。
でも、「妊娠・出産は女性の役割なのだから、女性自身が引き受けるべきだ」という理由なら話は別だと思う。
だって男性は、最初からその役割を自分では引き受けられないから、女性に委託しているわけだから。
そして、結婚というものを考えると、もっと分かりやすい。
結婚って、代理出産なんかよりずっと大きな「委託」だと思う。一緒に暮らす。性を共有する。妊娠・出産する。子供を育てる。家事をする。お金を稼ぐ。病気になったら支える。老後も支える。人生のかなりの部分を、お互いに委ねる関係だ。
その中に妊娠・出産も入っている。
夫婦が「二人で子供が欲しい」となったとき、女性が妊娠する。本人が望んでいるから、それは搾取ではないと言われる。でも、本人が望んでいるからといって、身体的負担がなくなるわけではない。
だったら、代理出産でも同じように、「本人が自分の意思で引き受けているのか」ということを見るべきじゃないだろうか。
私は「本人が望んでいるなら全部OK」と言いたいわけでもない。お金がないから仕方なく引き受けるのと、本当に自分の意思で引き受けるのとでは全然違う。家族から断れない空気を作られている場合だってある。
だから大事なのは、単純にお金をもらっているかどうかではなく、その人が本当に自由に選べているのか、断れるのか、リスクを理解しているのか、契約後も自分の身体について決定権を持てるのか、ということだと思う。
そもそも「搾取」という言葉が便利すぎるんじゃないかとも思う。
誰かのために身体的な負担を引き受けることと、搾取されることは同じではない。家事も育児も介護も仕事も、人は誰かに役割を委託しながら生きている。自分一人で全部やることなんてできない。
妊娠・出産も、その意味では特殊な「役割」だと思う。ただし、誰でもできるわけではない。妊娠できる身体を持つ人にしかできない。だからこそ、この問題は男女差と強烈に結びついてしまう。
ここで一度、極端な話を考えてみたい。
もし男性もランダムで妊娠する生物だったら、代理出産に対する世論は今と同じだっただろうか。
もし男性も妊娠するなら、「自分は妊娠したくないから、妊娠を引き受けたい人にお願いする」という考えは、男性にも女性にも同じように出てくるはずだ。
そうなれば代理出産は、「女性が女性の役割を他人に押し付けている」という話ではなくなる。ただ「妊娠という身体的負担を、自分では引き受けず、別の人に委託するのはどこまで許されるのか」という話になる。
私は、そのほうがずっと公平な議論だと思う。
今の社会では、男性は妊娠を女性に委託せざるを得ない。それなのに、女性が妊娠を別の女性に委託するときだけ、「女性の身体の搾取」と言われるなら、その線引きには少し疑問がある。
もちろん、だから代理出産を何でも認めればいいという話ではない。むしろ商業的な代理出産には慎重であるべきだと思う。経済的に弱い立場の女性を集めて、「あなたが妊娠してくれたらこれだけ払います」という仕組みになれば、本当に自由意思なのか分からなくなるからだ。
でも、それと「本人が自由意思で、誰かのために妊娠・出産を引き受けたい」というケースまで一緒に否定するのは違うんじゃないか。
たとえば姉が妹のために代理母になる。親友が友人のために引き受ける。本人が「私はこの人のためなら、この役割を担いたい」と思っている。
そこまで含めて「女性の身体を他人のために使うこと自体が許されない」と言うなら、それはそれで、本人の自己決定をどこまで認めるのかという問題になる。
結局、私は「代理出産は搾取か?」という二択で考えるのがよくないと思っている。
考えるべきなのは、「どんな条件なら、本人が自由意思で妊娠・出産を引き受けることを認められるのか」じゃないだろうか。
そして、男性が代理出産に反対するなら、私は一度こう聞いてみたい。
「あなたが子供を持つとき、妊娠という、あなたには絶対にできない役割を女性に担ってもらっていることはどう考えるの?」
男性と女性は、妊娠・出産に関して完全に対称ではない。だからこそ、男性が女性に妊娠・出産を担ってもらうことを当然のこととして受け入れながら、女性がその役割を別の女性に委託することだけを「女性の身体の搾取」として否定するなら、その理由はきちんと説明する必要があると思う。
私は代理出産を無条件に肯定したいわけではない。ただ、「搾取」という言葉だけで終わらせるのも違うと思う。
人間は、自分一人では生きていけない。誰かに何かを委ねながら生きている。結婚だってそうだし、仕事だって、育児だってそうだ。そして妊娠・出産だって、ある意味ではそうだ。
だったら、女性が妊娠・出産という「自分にしかできない役割」を誰かに委託したいと考えたときだけ、「それは許されない」とするのは、本当に公平なんだろうか。
「搾取だから」で終わらせる前に、私たちはそもそも、誰に何を委託して家族を作ってきたのか。
私はそこから考えたほうが、代理出産についてもっとまともな議論ができると思う。
