仕事でいつもいなかった母のこと
注)はじめは寂しい話しですが、途中から少しは明るい話しです。
きょうは自分の母について、書いてみる。
わたしの母はかつて大学病院の看護師として、働いていた。
わたしは1才になる前に保育所へ預けられた。
わたしは幼少期に、母といっしょにいる時間がほんとうになかったよ。わたしの幼少期の母の思い出はおうちにいても寝てるか、洗濯物を干していた思い出しかなく。まぁ、さびしかったね。
とくにさびしかったのは、夜いっしょに寝ていたはずの母が夜中に夜勤でいなくなってたとき。夜がさびしさを強くしたんだな。
わたしが今もなお、強いさびしがり屋なのは、この幼少期があったからじゃないかと思う。
(話しは逸れますが、メンタルが悪い人は幼少期になにかがあった人が多いよね…)
夕ごはんもね、用意されてはなくて兄弟の誰かがごはんを炊いて、それにふりかけをかけたり、瓶づめの海苔の佃煮をかけて食べていた。わたしも、小学校にあがる前には10合炊きのごはん炊いてたし。包丁も上手に扱えた。
誰かの記事で同じような方がいて、「ネグレクト」って書かれていて、
けっこう胸の奥がズキッとしてしまう。
そんで、小さい自分がわたしのこころからニョキッて出てきて、
「わたしのおかあさんはネグレクトなんか、してないもん!絶対してないもん!」
ってうるさく叫んでいる。
(このことに対しては、他人からは異論してほしくない。小さい自分の気持ちを1番大切に尊重したいの)
ちょっとね、わたし泣き虫だから幼少期の話しはちょっぴり泣いちゃう。小さいときの自分が「おかあさんはネグレクトしてないもん…」って泣いてるかな?
過去記事で、わたしのやさしさの欠片は幼少期からあまり変容してないと書いたけど、
わたしの母への気持ちもあまり変容してない。大好きな「おかあちゃん」のまま。そのまま変容してない。
それにはね、理由がありまして…
うちの母は仕事から帰ってくると、いつも
「ただただ~!」(ただいまのこと)
と優しい声で帰ってきて、わたしたち兄弟たちはワンコのように玄関先まで行ってうれしさを爆発させてた。
そしてわたしは小学生中学年くらいのとき、じぶんの容姿についてちょっぴり悩んでて
「クラスで~ちゃん(お友達の名前)が1番モテるんだー」
となぜか少しだけトーンが下がって母にお話しすると、母は
「お母ちゃんはマーちゃん(わたし)がクラスで1番かわいいと思ってる」
と言われてとてもうれしかったのを覚えてる。
母は言葉掛けがとてもよかった。
その影響を受けてわたしも娘に
「姫。」「プリンセス。」といつも言ってる。
まあ、そう言っとけば娘はニマーっとしたかわいい笑顔してくれて、わたしの言うことを聞いてくれるときがあるからなのが1番の理由かもだけど。
あと、母は子供たちを感情的に叱ったことがあまりありません。たぶん。わたしには覚えがない。(おうちにいる時間が短いのが理由なのもあったかな)
わたしは、一応、一応ですね。「ママ」になって、このあまり感情的に叱らなかった母はすごすぎると思う。
そんな母みたいになりたいと思ったときもある。
バリバリ働きたかったし、HSPとは真逆の鈍感力のある、だけど優しい母みたいに生きられたら楽かなって気持ちに何度も何度もなりました。
でも母は母。わたしはわたし。
それに今思うと…なんにも感情をぶつけなかった母は、多分相当つらかったんじゃないかなって思う。
わたしなんか、娘にイラッとしたときは、
ネコさんを代わりに睨んだり(なぜ?)、トイレに駆け込んだり、noteに感情を強く綴ってしまってるので。
今、風とともに母の声が聴こえた気がした。
「マーちゃん(わたし)はいつも一生懸命やってるよ」って。
💚
自分の備忘録だけど、うちの地方はきょうはお部屋だとそんなにも暑くなく、明日も同じ気温予想。あんまり暑くないといい。金曜から暑さが弱まるようです。早く金曜になってほしい、
