「猫にこんばんは」 アマノ文筆クラブ
タイムカードを押して外にでると、もう日が沈もうとしていた。空に向かって一つ息を吐くと、肩から下げたカバンをしっかりと持ち直して、家に向かって歩き始めた。
路地に入り、周りに人がいなくなったのを確かめる。
「……ついてきているのは構わないが、気配が駄々洩れだぞ。」
前を向いたまま、誰にも聞こえないほどの声で呟く。
もちろん誰からも返事はかえってこない。これは『保険』だ。
もしも自分を狙う闇の組織がいたら…もしも、そいつらが自分を尾行していたら…。気が付いているぞという俺の声を聞いてさぞ慌てていることだろう。
漫画やアニメの世界で、涼しい顔をして常人が気が付かないことを指摘するキャラクターに憧れていた。少ない情報から全てを見通すような推理をみせる「あいつ」や、一般人には見ることができない裏の世界に詳しい「あいつ」…そういったキャラクターへの憧れから生まれた、一人の時だけ行う妄想の癖。
なんて馬鹿らしく子供っぽい癖なんだろうと、自分でも思うが、誰にも迷惑をかけていないし。別にいいだろう。もしも誰かに見られたら死ぬほど恥ずかしいが。
もう少しで家に着くかなというところで、道の先から一匹の黒猫が歩いてきた。
…あの黒猫は、この辺りを支配する土地神だな。バレないようにただの猫のような姿で領域を見回っているのだろう。流石に神だけあって猫への偽装は完璧に近いが…俺ほどの霊力になると自然と分かってしまうのだ。
自分が住んでいる土地の神に気が付いてしまったのだから、挨拶はしておきたい。だが正体を隠して見回りをしている神の存在を周囲に悟られるわけにはいかない。
猫とすれ違う瞬間。俺は前を向いたまま、誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。
「こんばんは、いつも見回り、ありがとうございます」
「あぁ、こんばんは、ご丁寧にどうも」
は?
こちらの企画に参加させていただきました。
楽しいお題をありがとうございました。
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