たった一枚のポケットティッシュが教えてくれた違和感──「ちょっと変だ」をスルーしないということ
当院では毎朝、スタッフ全員でこう唱和している。
「ちょっと変だ、いつもと違うと思ったら、みんなや院長に報告・相談」
一見シンプルなこの一文だが、私にとっては組織を守るための本質が詰まった言葉だ。
そしてこれは単なるスローガンではない。
私自身が、それを誰よりも体現しなければ意味がないと思っている。
今日は、その「違和感をスルーしない姿勢」が大きな問題を未然に防いだ、実際の出来事を紹介したい。
ある日の終業時、私はいつものようにその日の診療報告を確認していた。
ふと、1つの数字に目が留まった。
この日は2診体制。1診と2診の先生の診療件数はほぼ同じ。
だが、「ポケットティッシュを患者に渡した数」が極端に違っていた。
当院では、1時間以上お待たせしてしまった患者さまには、スタッフがお詫びの気持ちとしてポケットティッシュを渡すようにしている。
このルールに照らせば、同じくらいの件数・ペースで診察しているのなら、渡した数も大きく違うはずはない。
なのにこの日、1診の先生は「ゼロ」、2診の先生は「10人以上」。
おかしい。これは、何かが違う。
スタッフに尋ねてみた。
「なぜこんなに差があるんだろう?」
返ってきた反応は、「うーん、なんででしょうね」「気にしたことなかったです」というようなものだった。
しかし私は引っかかった。
1診の先生の診察が妙に早く終わっていたことも、気になっていた。
そこでさらにこう尋ねた。
「もしかして、1診のM先生って、検査の件数がほかの先生より少ないことはない?」
スタッフは少し考えて、こう答えた。
「そういえば…M先生って、ついているスタッフに病名削除の指示がやたら多いです」
その一言で、私はすべてがつながった。
当院では、再診患者に対し病名ごとに“やるべき検査”があらかじめ設定されている。
これは「医師ごとのばらつきによる検査漏れを防ぐため」に設計されたもので、患者の医療の質を担保する重要な仕組みである。
そして、病名が削除されれば、その病名に紐づく検査は自動的に行われなくなる。
つまり──
M先生は、診療効率を上げるために病名を削除することで検査を減らしていた可能性が高い、ということになる。
そこで私は、スタッフに指示を出した。
「今後数週間、すべての応援医師(10名ほど)の“病名削除指示”の件数を記録しておいてほしい」と。
結果は明確だった。
他の医師が0〜1件程度であるのに対し、M医師だけが毎回10件前後の病名削除指示を出していた。
ここで断っておきたい。
これは「過剰検査」などでは決してない。
必要な検査を、適切に行えるようにするための“標準化”であり、患者にとっての安全設計なのだ。
M先生の行動が意図的だったかどうかは定かではない。
だが、結果的に患者に必要な検査が提供されていなかった事実は、見過ごせない。
医師にもそれぞれの診療スタイルがある。
だが、その自由度が“患者不利益”につながってしまっては、本末転倒だ。
私はこの件について、M医師に対して事実を丁寧に説明し、以後の改善を厳しく求めた。
一連の事実の発端は、
**「ポケットティッシュの配布数が極端に違う」**という、
ほんのわずかな“数字のズレ”だった。
しかしそれをスルーしていたら、
この問題は今も気づかれないままだったかもしれない。
あるいは、不満として患者から声が上がって初めて発覚したかもしれない。
そうなる前に気づくのが、経営者としての私の責任だ。
「ちょっと変だ、いつもと違う」──
この視点を、日々唱和させているのは理由がある。
それは、現場の安全と信頼を守る“最後の砦”になるのが、そうした違和感の察知力だからだ。
そして何より、それを真っ先に実践するのは、
他の誰でもない、組織の長である私自身でなければならない。
