ドイツにて新年に思うこと〜日本の企業、働く人、製品は誇りです🇯🇵✨✨
▪️追憶のミルメーク
何の話からか、コメント欄で、新年早々ミルメークの話題となったのだった。ああ、給食の話からだった。
食にこだわるあめもりさんは、味に対する記憶が鮮やかだ。
給食の話をすれば、世代間ギャップの事象が次から次へと出現する。例えば牛乳、例えばミルメークである。
私は瓶の牛乳世代であり、知っているのはコーヒー味のミルメークのみ。
紙パックやストローでは味わえない、牛乳瓶の口当たりの良さ、牛乳が苦手な児童•生徒の救世主ミルメーク、給食時に味わえる嗜好品的な魅惑を兼ね備えた一品であった。
粉を注ぎやすくする為に、少し先に飲む牛乳の量により、濃度の変化を楽しむ。試した結果、あの一袋はやはり200ccの牛乳に溶かすのが適切であろうと、結論づけられる。
濃ければ良いというものでもない。たまたま余ったミルメークをもらい、二袋投入して後悔した男子の述懐は語り継がれる。
児童•生徒はミルメークの存在により、甘味に対する嗜好のレベルと、また物事には程度があるという現実を知るのである。
私よりかなり下の世代のあめもりさんは、紙パック牛乳世代。ミルメークも半液体状態で、ストローを刺す穴から注入する様式(絶対やりにくいはず)。
隔世の感あり。時代は変わった。
更に、ミルメークにはココア味、バナナ味、キャラメル味まであると教えていただき、遠い目になる。
更にあめもりさん時代から時を経て、現在の学校給食はどう変化したか、思うに日本の製品は既に豊かに生み出され、改良された後の時代であるので、この時代の変化といえば、工夫され、よりバラエティ豊かになったメニューくらいのものかと。
給食で話題となり、人気レシピサイトを飾るメニューとなったものも。各地の栄養士の方々の努力の賜物といえよう。
先割れスプーン(製品としての機能無視で採用されていた)で、ソフト麺を食べさせられていた、化石時代終焉期を知る私。
それでも給食文化過渡期を知る一人としては、自らの経験と記憶から、
『牛乳はやはり瓶でしょう!』と、強く申し上げたい次第。
あの当時、当たり前だと思っていたが、
[瓶に牛乳を詰めて売ること]は、その後の回収と洗浄のコストがかかり、生産者の負担となっている。であるから多くの生産者は紙パックに移行した。
しかしその中でも、瓶の牛乳の生産は続けられている。
【瓶で飲む牛乳は美味しい】
それがわかっているからこそ、彼らは生産を続けるのだ。
合理性とか採算を超えた思いが、彼らを支える。
▪️牛乳というもの
日本の売り場で牛乳を探せば、冷蔵コーナーに各種様々の牛乳が並ぶ。
乳牛から搾ったままの何も手を加えない状態が生乳であり、その後乳細菌や抗生物質の検査を受け、加熱殺菌されたものが[牛乳]として販売される。
私自身が好んで購入していたのは、生乳を殺菌し、そのまま詰められた牛乳乳脂肪分が3.0%以上含まれている[成分無調整牛乳]。一番沢山売られているあれ。
低脂肪牛乳や加工乳など、ダイエット効果を考えて買ってみたりしたこともあったが、結局味や風味の良さから、選んでいたのは成分無調整牛乳であった。
餌の違いや乳牛の育った環境で味は変化するので、日本人のように繊細な味を感じ取れる民族にとっては、牛乳とは比較検討して語るのには面白い対象であると思う。
コーヒー牛乳好きの私。コーヒー牛乳は[乳飲料]のカテゴリーであるが、原料の生乳の違いは味に影響する。牛乳が美味しいメーカーのコーヒー牛乳は、やはり美味しい。
私にとっての牛乳は、長年こんな印象であったが、ドイツに来て、近所のスーパーに行った時、妙な感じがあった。
冷蔵コーナーをしばらくウロウロしてみたものの、牛乳は見つからない。チーズやバター、ヨーグルト、大変数多く並んでいる。しかしその横に牛乳は一本もない。
売り切れ?まぁいいか、と冷蔵コーナーを離れ、別の商品を買う為に別の棚を見た時、目を疑った。
その棚にあったのは、ずらりと並ぶロングライフ牛乳であった。
【ロングライフ牛乳とは、牛乳をUHT法で殺菌することで生産される牛乳。気密性の高いアルミコーティング紙パックやプラスチック容器などに無菌的に充填包装することで、未開封の状態で3か月程度、常温保存することが可能である。】Wikipediaより
常温で長期保存できる、それだけでも合理的なものが好きなドイツには合っているに違いない。
製造法により長期保存が可能となっているわけで、添加物が加えられているわけでもなく、栄養価も一般の牛乳と変わらないのであるから、尚更好ましいのだろう。
別のスーパーでは、冷蔵コーナーに並べられた牛乳を見かけ、思わず手に取ってみたが、やはり全てロングライフ牛乳であり、同じ物が別の棚に常温で陳列されてもいた。『冷やした牛乳を今欲しいなら、そちらを買えば?』というだけのことであった。
常温と冷蔵の状態で飲んでみた。私には常温ではとても飲めない。そもそも牛乳は常温に向かない味かと。
ロングライフ牛乳であっても、栄養も成分も変わらないのだから、と意識して飲んでみたが、日本の牛乳とは違う薄さ、ぼんやりして方向性がわからない味(あくまでも私見ではあるものの)、つまり不味かった。
日本の新鮮な牛乳の深みのある味、ほんのり甘い味わい、清涼感、何もかもが懐かしい。
高原の売店で飲んだ瓶の牛乳、給食の時の瓶の牛乳、スーパーで選ぶ紙パックの牛乳、いずれも美味しかった。
日本の牛乳とは大違いのドイツの牛乳は、結局料理に使った。シチューやグラタンには使う分には別に不足はない。
しかしその後も、冷やしてグラスに注いで飲む気にはならなかったのだった。
生産されても数日で賞味期限切れとなる日本の牛乳を思い浮かべた。新鮮な牛乳を消費する日本🇯🇵
当然廃棄処理されるリスクを背負う。
生鮮食品は様々あれど、牛乳に関しては、ドイツでは考えられないことなのだろう。
酪農は大変な仕事だと思う。牛を育てる苦労は勿論、生産性や労働は収入に見合うのか。
生産者が、『美味しい牛乳を消費者に届けたい』という意識や願いがあるからこそ続けられるのだと想像する。
あの味は、日本の生産者の努力と気概によって支えられているからこそなのだ、と思う。
日本の誇りであり文化なのだと。
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さて牛乳から離れ、別の食品、工業製品についても語りたく。
▪️イカの乾燥機
イカ🦑の一夜干しを作る機械をご存知だろうか。イカを吊るし、遊園地のフライング回転椅子エンターテイメントのように、ぐるぐる🌀回し、乾燥させる。
そのように乾燥されたイカは適度に水分が抜け、調理をしても油はねも起こさず安全に調理ができる。
あの乾燥機を考えつき製作した人は、億万長者になったわけではないだろう。けれども良い一夜干しは作られ続け、消費者の元に届けられる。
生産者の価値や心意気とはそういうものではなかろうか。
伝統を守ったり、技術を持つ者が必ずしも報われるものでもなく、労働の対価が見合わないことなど、いくらでもある。
しかし彼らの先には消費者がいる。商品を作り届ける喜びがある。
当たり前のように働き、作り続ける人々。尊い✨
▪️セロテープカッター
昨年末、日本に送る荷物を作っていた。ダンボールにハサミを入れたところ壊れた(昨年、デパートの文房具売り場で買ったドイツ製品)。ドイツ製品はね、とブツブツ言いながら代わりのハサミを準備した。
日本の3倍くらいの値段の包装紙でプレゼント🎁を包んでいた時、いきなり砂のようなものが、ざらりと包装紙の上に落ちた。
何が何だかわからないまま、砂を片付けて作業を続けたところ、また別のプレゼントを包み終わったところに砂が。
重さのあるテープカッターの土台の部分に隙間ができ、その重い部分に入れられていた砂のようなものが流れ出していたのだった。落としたわけでもないのに壊れた。1年半ほどで。
これも昨年春ドイツで買った製品で、これも値段は日本の3倍くらい。
テープカッターの土台が壊れるなんて、日本製品ではあり得ない。日本の家では何十年も同じ物を使っている。
何ともやるせない気分になる。
製品がこのように出来が悪くても、誰も文句も言わない。単に仕方ない、と。
人の働き方にしても、例えば郵便局の窓口の対応が酷くても、「あの人はああだから」で終わりにする。
『並んでいるドイツ人の人たち、誰か何か言わないの?!』と思っても誰も言わない。
「上席を呼べ!」なんて文句は、勿論誰も言わない。
何故?!と思うことをしばしば目にしてきた。
製品の質や出来の悪さも、その割に値段が高すぎるのも散々見てきた。
何かミスが起きても、
「自分の仕事ではない」と終わりにする。
この「自分の仕事ではない」はこちらに来て何回も耳にした。これで終わりにしてしまうのだ、この国は。
良い国であると思うことは沢山あるが、疑問に思う点も数多い。あまりに日本とは違いすぎるから。
働くって何なのだ、作ったものに対しての責任はないのか、思うことはいろいろである。
▪️ペットボトルの蓋
海外製品のペットボトルを手にしたことがおありの方、蓋のことで何か気にならなかっただろうか。
我が家の冷蔵庫にはいつもオレンジジュースが入っているが、種類によっては難儀する。立てておけば気づかなかったことだが、一旦蓋を開けたものを寝かして保存すると漏れるものがあるのだ。
当初は私の蓋の閉め方が甘かったのかと考えた。しかし、閉め直しても漏れる。そのボトルの蓋はそのような程度のものだったのだ。
日本のペットボトルでこのようなことはあり得ない。きっちり閉めても、液体が漏れるなんて。
もしそのようなことが日本であれば、クレームの山、製品の回収、お詫び会見‥となるだろうが、そんなことはあり得ない。
そもそも日本人はそんな下手くそな製品作らないから。
それ以来、他のジュースや油の蓋など気をつけるようにしたが、大抵の蓋は、完全に外せるものではなく、一部がねじ切った下の部分とくっついている。
うまく閉め直せないものもよくあるが、恐らくそれを不良品と騒ぐ人はいないだろう。
『そういうものだ、ドイツだし』と受け止めているとしか思えない。
そのうまく閉められないボトルの製品は、相変わらず作り続けられ、販売されている。中身は美味しいのだ。
私はその後、蓋を開けたら冷蔵庫の中で立てて保存している。恐らく他の人も、そうやって蓋のことは考えないようにしているはず。
でもそれじゃいけないでしょ?! ドイツ製品💦
少し前に、NHK+の『探検ファクトリー』を観た。
ペットボトルの蓋を作っている会社の回だった。
そこで製造される蓋の種類の多さにも驚き、蓋の製作のこだわりにもまた感嘆の溜息が出た。
知らない人も多いと思う件。私も知らなかった。
炭酸飲料の蓋を開けた時に、「プシュッ」という音がするが、あれは炭酸だから出る音ではなく、蓋をねじ切る時、蓋の上と下に残る部分の構造を研究開発して、その音が出るようにしたものだという。
炭酸飲料の爽やかさを感じさせる為に開発されたその音。いかにも日本人らしい発想であり、こだわりであると思う。
蓋を開けた後、また閉め直す時の正確な収まり方。あれは当たり前のことではない。
優れた日本の技術の結集であるのだ。
社員がその蓋を仕事として開発して、売り上げに貢献し評価されたとしても、せいぜい社内表彰と賞与のアップくらいのものだろう。場合によっては特許の権利を得ることもあるかもしれない。
しかし彼らの仕事の根本は、
『自らの手でより良い製品を作りたい』その一点から始まったことだろう。
日本で製造業に関わる多くの企業が、そうした意識と優れた技術を持ち合わせることを感じさせてくれる。
彼らと関わりがなくても、その製品が素晴らしいから。
▪️終わりに
零細企業が時代の流れとともに立ちいかなくなり、廃業することはままあること。
またどんな隆盛を極めた大企業であっても、時代が変わり、合併、吸収によって形を変える結果を迎えることも。
仮にそうなったからといって、その企業に価値がなかったわけではない。最初から失敗だったとか、途中で消えた方が良かったとか、そんなことはあり得ない。
人が関わり、日々働き、生み出したもの、考案されたもの、それら全てに価値がある。
どの企業にも存在意義があり、役割がある。
100年継続できる会社はそう多くはない。
しかし、企業がどんな変遷を辿ろうが、その時代時代に生み出した製品、造り上げた構造物、編み出した技術の価値は引き継がれる。
そこに働いていた人々の存在や気概もまたその発展と文化と歴史の一部となる。
工業国ドイツといわれるこの国に来て、改めて知ることとなった。
この記事に挙げた例はほんのごく一例であるけれど、日本の企業も、そこで働く人たちも、工業製品も、サービスも素晴らしい。
全ての企業が長く続くよう祈るばかりである。
日本に生まれ、暮らしてきたことは、何と生活しやすく、恵まれていたことか。
私が日本の全ての企業や生産者に感謝したい思いであることを、最後に申し上げたい。
日本は素晴らしい。
