多言語学習は楽しい③〜フランス語、イタリア語編〜身近に多言語が溢れている
初めに、読んでくださる方に先にお伝えしなければならない。
noteを始めて5日目となるが、私のタイトルに[英語]とか[多言語]などが入っている為に、『多言語を流暢に操る奴に違いない』と誤解を与えて、うっかり読んでくださった方もあると思う。
TOEICとか英検レベルでどのくらい?というのとは別の価値観の日常の話なので、ご容赦いただきたい。
さて、ドイツには外国人が多い。以前、5人に1人は外国人だという統計を見たことがある。
そしてこの国の人は、外国人もドイツ語を話して当たり前だと思っているのがわかる。うまく話せないと露骨に嫌な態度をする人もいる(うちの近くの郵便局にもいる(~_~;)。詳しくは『日本のあれこれと比べてはいけない』をお読みいただくとありがたい)。
だから拙い会話であっても、ドイツ語でまず話し始めるのが肝心だと思う。仮に途中から英語になってしまったとしても、そうするだけで、
『頑張って馴染んでるわね』というフワッとした空気になるのだ。
この国での私なりのマナーだと決めてそうしている。
実際、ドイツ人の多くが英語を話せるし、お店やホテルでは、客が外国人とみるや最初から英語の場合も多い。
病院などでは大抵、受付から技師まで全員英語ができる。
ドイツの周辺各国に行くと、夫や私が日本人だからと大抵英語で話しかけられる。わざわざそうやって英語で話しかけてくれるのに、私はドイツ語に慣れてしまった為に、ついつい返事がドイツ語になってしまう。そして相手から『何故ドイツ語?』という顔をされる。
その場合、英語で答えないのなら、せめてその行った国の言葉を意識して返さねばと反省するのだ(^◇^;)
英語より、寧ろ話すのが面倒なドイツ語が先に出てくるようになったのは、毎日喋っている成果だよね、とちょっと嬉しくなったりもする。
さて、この国にはイタリア人やトルコ人が多い。この二つの国は親日の国であるので、日本人にとっては何かとありがたい。
この二つの国の食材店はあちらこちらにあり、日本食を作る場合に必要な食材が確保できる。そもそもイタリア料理とトルコ料理は日本人には馴染みの味であるから、大変ありがたいのだ。
ドイツ人は魚をあまり食べないので、スーパーでは加工されたサーモンとサバくらいしか置いていない。他の種類が欲しければ数少ないお魚屋さんに出かけていくか、日本食材店、アジア系食材店に行って冷凍のお魚を買うしかない。そしてそれらはとても高い(T ^ T)
魚好きな私にはこの生活がかなりストレスなのだけれど、それを解消してくれるのがイタリアンレストランである。
あちらこちらにあるので、魚介類が思い切り食べたい時に出かける。そして店に入ってかけられる言葉は、当然のように“Bongiorno”ないしは“Bonasera”である。
ドイツであっても、その場はイタリア語なのだ。
日本のイタリアンレストランで、スタッフが「ここでは夜は『ボナセーラ』と挨拶をするんだよ」と教育をしている店を覚えているが😀(新人スタッフはとても恥ずかしそうに言っていた)、ここではそういう「ここはイタリアンレストランなんだからさ」という、ちょいとしたサービス的なものではない。
最初から最後までイタリア語の人もよく見かける。英語メニューは用意してあったとしても、言語はイタリア語のみ、というスタッフが多い。
「ドイツだけどイタリア語使っちゃってごめんね」という感じはない。何故ならドイツ人でもイタリア語を話せる人が沢山いるから。
相手も話せて当然だと思っているのでイタリア語のみで接客するのは普通なのだ。
うちのアパートの同じフロアに住むご家族は、ドイツ語で挨拶に行ったらドイツ語で返されたが、私のドイツ語のお喋りの限界がきたところで、普通に英語に変わった。ご夫婦ともそうだった。
明るい性格だし、顔立ちも雰囲気も華やかな一家だと思っていたら、夫の情報によると、
「あのうちの旦那さんは、娘さんと話す時はイタリア語だったよ」と。
あの明るさと顔立ちはイタリア人だった〜!と納得した。
また、外で何度か会って私が話した時は、お嬢さんは英語だったし、お友達と遊ぶ時はドイツ語だった!
娘さんはまだ6才くらいなのに、既に3カ国語を操る💦
ドイツ近隣の国に行ってみると、オーストリアは公用語がドイツ語だから、街の表示や交通標識も見ていて何となく落ち着く。英語も大丈夫。
しかし油断していると、地元の人々の会話が、ドイツ語のように聞こえるけれども、何語かわからない言語もあったし、フランス寄りの街では、普通にフランス語が聞こえてくる。
(ドイツ国内であっても、北の方とか東の方とか、方言が強い地域があり、
「その地方の言葉は、僕でも聞き取れないですよ。」
と4カ国語が堪能な、例の親日家のご主人(詳しくは『多言語学習は楽しい②』をお読みください)が話していた。ちなみにこの方のドイツ語は、美しい正統派のドイツ語である〕
長い歴史の中で、各地で独自の言語が発達したのだと実感する。
更にスイスをうろうろしてみると、大抵ドイツ語でOKなのだけれど、ある街では交通標識にイタリア語が使われていたり、他の街では気づいたらフランス語で話しかけられて、今私どこにいるんだっけ?どれも普通に使われているので、何語で話せばいいの?とわからなくなる。
観光地では大変明快な対応もしてもらえる。
「英語かな? ドイツ語? イタリア語? フランス語? どれで話したらいい?」と最初に英語で話しかけられた。
受付にいた案内のお兄さんの話だが、こちらがどれを指定しても話せるのだ!
観光で成り立つスイスは何もかもバカ高い。ドイツも物価は高いが、スイスは自分の予想を遥かに超えてくる。
しばらく過ごすうちに、4カ国語・或いはそれ以上の言語もいけそうなお兄さんのサービスは、
「うん、そのくらい当然かもね」という感覚になる。
ちなみにスイスの高速道路のサービスエリアにあるバーガーキングのハンバーガー🍔は一番安いもので一個22€(その日のレートで約3674円。店内はガラガラ 笑)
さて、このようにドイツ国内でも、近隣諸国でも、多言語を操る人が当たり前のように沢山いるので、話しかけられたら、その言語で返したいものだ、と思う。
いつものように、実力がないのに話し始めてしまう私。フランス語の場合は私の担当なので、大学で勉強した記憶を手繰り寄せて会話を始める。どこまで話せるかはいつも賭けだ。
イタリア語はもっと好きなので喋りたい。夫が喋っているとちょっと悔しく、夫があまり使わない言い回しを敢えて丸暗記してみる。
フランス語は昔4年間勉強したし、ドイツ語はテキストを二冊買って一通りやったし、毎日喋っているので、一応は少し勉強したと言えるけれど、イタリア語に至ってはテキストすら手元になく、かつて【旅のイタリア語】の気に入ったところだけ丸暗記しただけである。
多言語学習も何もあったものではない。
しかし私は喋りたい。郵便局で嫌な目にあうと、そのすぐ近くにあるイタリアンレストランに寄り、食べたり飲んだりテイクアウトしたりしてから帰ってくる。
“Bongiorno. Vorrei della cioccolata fredda e della pizza, per favore. Porterò la pizza a casa.”
(こんにちは。冷たいチョコレートとピザをください。ピザは持ち帰りします〕
iPhoneで翻訳したものを丸暗記した文章である。
これを明るい口調で、思いきり巻き舌で話す。話す瞬間は思い切りマダムの気分で話す。
ドイツ語で嫌な思いをした後は、イタリア語で解消するのだ。イタリア語の響きは明るく、ストレス発散に丁度良い。
この店のスタッフはイタリア語と英語とドイツ語を話すので、『別言語を行ったり来たり』が多少できる。
多少というのは、イタリア語はまだなかなか喋れないし、日本語が含まれないので、ニュアンスが合っているのか、私がわからないので💦
それでも、話せる持ちネタをお互い出し合う感じでのコミュニケーションは、それはそれで良し、と思う。
夫はイタリア語をよく使うが、例えばper favore(英語のplease)を会話に入れるかといえば入れない。指摘はしたことはないが、
『私の方が丁寧に喋ってるもんね。ふっふっふ』とほくそ笑む。おまけにper favoreは巻き舌をしやすく、これを含めた会話は達成感がある。ふっふっふ
こういう小さな小さな喜びが、私の多言語の勉強には効くのだ。
そしてテキストすら持っていないので、翻訳機に頼り切りなのだが、日本語からドイツ語に変換した際、不自然な表現になるといけないので(日本語を明快に入力しないとドイツ語では主語や冠詞が間違ってしまう)、確認の為に英語にも変換する。
その流れでイタリア語だとどうなるのかな? フランス語だとどうなる?と次々変換して書いてみる。
たまにクルド語などにも変換して遊ぶ。これは字面が綺麗だ〜と思うだけで楽しい😀
フランス語に変換した後、もう一度日本語に戻すと、ちょっとニュアンスが変わっていたりするので、もう一回途中の作業を別言語に変えたり、日本語の表現を変えてやり直したりもする。
こんな事を日々繰り返して遊んでいる。
ああ、iPhoneがある時代で良かった(T ^ T)
スティーブ・ジョブズに感謝する瞬間である。
こんなことを繰り返すうちに、単語の綴りが似ているとか、この言語は過去分詞にすると動詞がこう変化するとか、英語と文法が似てるとか、何となく見えてくる。
いつかこんな事の積み重ねが、自分の成長に繋がればいいなぁと思う次第。
