ある男Oの胃、ある女Vの対処
「明日はどちらにするの?」
ある女Vが、ある男Oに尋ねる。重要な案件だ。場合によっては、Vの起きる時間が10分ほど早まるかもしれない。
Oは、幼少期より母親の作る食事を食べてきたおかげで、胃が頑強になった。そして味覚が愚鈍となった男である。
Oの母親は書道家で、それに情熱を注いでおり、全ての時間をそれに充てたいくらいの思いはあったものの、家事は自分がやるしかなかった為、食事は作っていた。とても合理的に。
そして料理にはまるで興味がなかったので、若い時分から基本的なことを知らないまま嫁いで、その後も学ばなかった。
Oの母親は、見た目は綺麗に作るものの、出汁は顆粒だしのみ、煮物の味付けはその出汁と醤油のみ、トンカツの肉に塩•胡椒で下味をつけることも知らなかった。知識がない上、味音痴だ。
婚約した後訪ねた折、お祝いに赤飯を炊いてくれたが、岩のような硬さで歯が立たず、お腹が一杯なので、持ち帰って食べると告げた。
どうやったら、あんなに硬いまま出来上がりだと判断できるのだろう、とVは考えた。
ある女 Vは、Oとの結婚が決まって、何度目かにその台所に入った時、頭を抱えた。出汁の材料がない! 味醂や酒、酢もない!
これでどうやって毎日料理を?! と混乱した。辛うじて塩、砂糖、味噌、ソースはあったので、その場はそれで何とかした。
それ以降、Oの実家に出かける時は、煮干し、昆布、鰹節、酒、味醂、ごま油、酢、練り胡麻、ニンニクに生姜、等々をこっそり持参するようになった。
既に作られていた煮物は、姑の目を盗んで、持参した調味料でこっそり味を作り変えた。舅は、
「今日の煮物はとても美味しい」と沢山食べていたが、姑は「元々煮物は好きではない」と言って、食べなかったので、味変に気づかないようだった。
Vの母親は料理上手で、昔ながらの料理も、新しく知ったレシピも、何を作っても美味しく、更に調理の科学の知識も持ち合わせ、衛生観念も常識を備えていた。
正しく調理された美味しい料理を食べて育ったVは、それを当然のことと考えていた。衛生的に調理された食事では、食中毒など起こるはずもなかった。
ところがOの家に行くようになって以来、下痢や嘔吐が頻繁に続いて、『?』と思っていたのだが、慣れて台所に入るようになってからは、納得がいった。
いつまでもいつまでも使いまわされる茶色の食用油、肉を切った後、ちゃんと洗わないまま使われているまな板、刺身などが暖房のある中出しっぱなし、もう亡くなっているとはいえ、Oの実家の名誉の為、これ以上の例は控えるものの、不調の原因が台所に溢れかえっていた。
まあ、これは珍しい話ではなく、日本の嫁と姑がまず衝突する原因のあるある話だ。
具合が悪くなるのはVだけ。長年、その環境下で出される食べ物を食べ続けてきたOや舅は、それによって免疫がついて、何を食べても大丈夫となったようだ。
Oが若い頃、出張から帰って来てから、宿泊先であったホテルから何度か連絡を受けた。
そのホテルでは集団食中毒が起こり、既にチェックアウトした客に謝罪の連絡を取っていたのだった。
Oが電話で話していた、
「はい、全部食べましたが、何ともないので大丈夫です。ええ、本当です。お気になさらず」
連絡をよこしたホテルの人は、
「信じられません💦 それでも、もしこの後体調を崩されたら、すぐにご連絡ください」
とのことだった。
宿泊客の多くが食中毒となり、現地は大騒ぎであったというのに、その後も何も起こらなかったO。
実家にいた18年間の食生活の賜物である。
そんなこんなで、胃腸が強くなり、お腹が痛くなるという経験をほぼしたことがないOであった。
その為、胃腸薬というものにも縁がなかった。食べ過ぎの時に飲むくらい。
また、Oは胃が強くなっただけではなく、そうした食生活の積み重ねにより、食べ物そのものの旨みに鈍感なまま成長した。
仕方がない。出されたものを食べるしかなかったのであるから。
料理だけではなく、食品そのものが持つ旨みや、旬の果物の味にも鈍感だ。
おにぎりのようなシンプルな食べ物も、美味しかった記憶がないようで、今でも食べたがらない。
美味しい海苔で包まれたおにぎり、香ばしく丁寧に炙った焼きおにぎりなど、嫌う要素はどこにもないように思うが、昔から美味しいおにぎりを食べてこなかった、という理由は大きいようだ。
また「海苔の美味しさがわからないから仕方がない」と、宣言されたこともある。Vから怒られた時のこと。
Vは美味しい海苔が大好きなのに、緑色がかった安くて沢山入っているお得な値段の物を買ってこられて、がっかりした事は一度や二度ではない。
安価な海苔と、高価な海苔を食べ比べさせたけれど、そもそも興味がなく、ピンとこないらしい。
やはり小さい頃に、味覚が鍛えられていない為のように思うVだった。
Vが毎日作る味噌汁を食べて、Oは大抵、
「美味しい」と言う。そして、
「あのお味噌が美味しいんだね」と付け足す。
自分が買ってきた味噌自慢だ。
Vは「私が作ったからよ」などとは言わない。
具の野菜の旨味、その取り合わせに加え、出汁に気を遣っている結果だ、と言ったところでわからないだろうし。
ドイツでも煮干しや昆布、鰹節は手に入る。しかし、値段的に高額すぎて、毎日の味噌汁に使っていたら、エンゲル係数がとんでもないことになる。
日本から大量に持ち込んだそれらが終了してからは、今度は、同じように日本から持って来た、パックの『煮出す出汁』を使った。
Vは、それらを少しだけ特別な日の料理の出汁として使用してきた。大事にしすぎても、賞味期限もあるので、あるものは使わないと、と。
そしてやがてこれも底をつく。
日本から送ってもらう荷物に、頼んで入れてもらうことはできるが、子育て中の忙しい娘たちに、手間をかけさせるのは気が引ける。
そこで登場するのは日本食材店に売っている顆粒だし。人工的な味は好きではないが、ドイツにいる間は仕方がない。
味噌汁を毎日食べるだけで良しとする。
Vはこれに一工夫する。
一般的な和風の顆粒だしと昆布だしを合わせて使う。このくらいの贅沢は許されるだろう。
*昆布のグルタミン酸に、鰹節のイノシン酸が加わることによって、強い旨味成分が生まれる。
「だから美味しいんだからね! 味噌の良し悪しもあるけどね!」
たまに言ってみる。
作る人間が、美味しく作ろうとするから美味しくなるのだ。素材が勝手に美味しくなるわけではない。
先週の金曜、夜中の1時ごろ、VはOが台所でガサゴソ音をさせているのに気づいた。
Oはお腹が空いておやつでも食べているのかも、と思っていたが、そのうちにOの寝室から、Vを呼ぶ声が聞こえた。
行ってみると、Oは、
「胃が痛い」と気弱な声で言う。
Vは冷静に、下痢は? 嘔吐は? 発熱は?と聞いたが、何もないと言う。
これは緊急性のある症状ではなく、食中毒でもなく、疲れからくる胃炎である、とVは診断を下した。
その上で、大丈夫?と訊くと、
「さっき正露丸と百草丸飲んだ」とOが言うので、Vは内心キレた。
それは胃が痛い時に飲む薬ではない💢 おまけに何故2種類飲む?!
Oは小さい頃から、母親の料理のせいで、胃が丈夫になってしまい、胃が痛む経験をしていない。また薬の飲み方をわかっていない。
あー💢全く!!
その週、Oは仕事が忙しく、珍しくかなりバテていた。
にも関わらず、チケットを前々から予約していたと言って、痛くなる前日は開始時間が遅いサッカーの試合の観戦に行っており、帰って来たのは夜中1時近く。その日はかなり冷え込んでいた。
疲れているのに、自ら更に疲れに行っていたのだった。こうした楽しみのイベントは、健康管理よりも優先させる男、O。
また痛くなった当日は、外に出る用事があったそうで、長雨続きの中、たまたま久しぶりに晴れて暑くなり、その中を歩いて、ぐったり疲れて帰って来ていたのだった。わかりやすい。
疲れによる胃炎。Vも過去に一回経験があり、症状はただ胃が痛いだけであるのに、立ち上がれなくなって病院すら行かれず、ひたすら痛みに耐え、安静にしてやり過ごしたのだった。
丈夫に育ったOは、痛みに極端に弱い。ウーンウーンと2時間唸り続けた。左側を下にする方が痛くないから、とVは体勢を変えさせ、熱いお白湯を飲ませ、湯たんぽで胃を温めさせた。
このくらいしか対処のしようがないし、他の症状が出ない以上、このくらいで痛みは軽減する筈である。
Oは2時間唸り続けた後、朝方いびきをかいて眠った。起こされて世話を焼いたVは、その後朝まで眠れず。
朝になると、Oは職場に顔を出すと騒ぎ、弁当を用意してほしいと言う。そうは言っても、これはおそらく起き上がれないな、と読んだV。一応お粥と消化の良いおかずのみが入った弁当を作った。
支度する時間になっても、Oは起き上がれなかった。当然だ。
「そう、胃炎って起き上がれないのよ。そんな状態の人が仕事に行っても意味ないから。顔を出そうと思うこと自体、間違ってる! 風邪をひいても療養休暇をたっぷり取るドイツ人を見習いなさい!!」
とVは怖く告げる。
痛みに弱いOは、弱々しく「‥うん、休む」と
答える。
「もし行かれたら午後病院に行ったら方がいいから、近くの病院に予約して! 」と念を押す。
ドイツの病院は、予約しないと診察はしてもらえない。受付をして、待ちさえすれば全員が診てもらえる日本とは違いすぎる。
この症状なら別に行かなくてもいいとVは思うが、痛みに弱いOは、死にそうな勢いで騒ぎ続ける筈なので、病院の診断を受ける方が収まることを、Vは知っている。
そして処方される薬は、どうせハーブ🌿由来の、すぐに効かないシロップ状の飲み薬であろうことも知っている。BIOの国、ドイツ🇩🇪😓
身体には自然で良いのかもしれないが、日本の薬局で調合してくれる、「すぐ痛みを緩和させる、お粉と粒が入った一包で効く薬」は処方されない。
調合しないなら、薬剤師って何なの? といつも思う。カウンターで処方箋を受け取り、棚から薬の箱を出してお会計するだけだ。
『あんなに痛いのに、レモン🍋由来の薬なんて効くわけないじゃん』とVは既に思っている。
なお旅行中にVが胃もたれしている時に薬局に行ったところ、同じ薬を出されて衝撃を受けた。受診して処方箋を出してもらった時と同じ薬‥‥
そして効かない。
Oはお粥を食べて、午前中眠り、午後は起き上がれるようになり病院に出かけた。そして触診の結果、「大丈夫でしょう」と医師に診断された、と元気に帰って来た。
しかしまだ回復したとは言えず、Oはまた夜中の同じ時間にウーンウーンと唸って、Vを起こし、前日と同じように世話をされ、2時間唸り続けた後、眠ったのだった。
Vはまた眠れなかった。
あれだけ騒いで、世話をしてもらわないと耐えられないって、どれだけ痛みに弱いのか、とVは思う。
これが先週金曜のお話。
週末二日休めば、まぁ良くなるでしょうという感じで、二日間Oは寝込み、Vはお粥と消化の良い物を準備し続けた。
さて翌週、Oは起き上がれるようになり、お粥の弁当を持参で出勤した。その翌日もそうだった。
Vは経験上、動き回れるようになったら、痛みはなくなっただろうに、と思ったものの、ご飯はどうする?と訊くと、Oは毎回「お粥で」と答えるので、まだ痛いのかな? まあいいか、と毎日作り続けた。
おかずは油を使わず、肉も避けて、蒸し焼き、或いはオーブン、電子レンジで加熱する。
卵料理は、小鍋に調味した卵液を入れ、弱火でゆっくり蒸して、ふわふわの状態に仕上げる。
デザートの果物は、酸や酵素が含まれていると刺激があるので、バナナくらいにとどめる。
しばらくはカゴに入っている数種類の果物は、全部V専用のおやつだ。
数日が経った。Oに付き合って、Vもお粥とさっぱりおかずを食べていたせいで、少し顔が痩せた。そしてふと思う。
『毎日お粥にして、と頼まれるけど、胃はもう治っているんじゃないの?』と。
帰宅したOにそれを訊くと、
「お粥がすごく美味しいから🤤」と。
治ってる!! 単に食べたいだけ!!
「あのね、美味しいのは美味しくなるように作っているからなんだからね!」と念を押す。
お粥の煮込み時間、かき混ぜ方、僅かに入れる塩の量、丁寧に作らないと別物になる。単なるお粥でも、かなり時間をかけているのだ。
Oは小さい頃、お粥など食べた記憶はないようだ。あったにせよ、美味しくなかったに違いない。多分。自然の旨みを引き出す調理は、姑が最も苦手とするところだったし。
「じゃあ、帰って来る日は夜になるので、夕ご飯はいらないからね」と、Oは今日からミラノに出張で、朝元気に出かけて行った。
お粥とさっぱりおかずをこれだけ食べ続けていて、いきなりイタリア料理のオリーブ油はどうだろう。
まあ、多分大丈夫に違いない。あの胃なら。
—了—
*Oはイニシャルではなく、夫のO。単に続柄でございます。
