ブダペスト2日目〜エリザベートオタクVはゲデレー宮殿を訪れる🏰〜
ブダペスト二日目、本日の目的地は、ブダペスト郊外のゲデレー宮殿である。
エリザベート皇妃はウィーンの宮廷を嫌い、様々な国へと旅をする日々を送っていた。オーストリア=ハンガリー二重帝国の皇后となった後、ハンガリーの自然や民衆を愛し、ハンガリー語を熱心に学び習得した。
ブダペストの王宮ではなく、この郊外のゲデレー宮殿がお気に入りで、通算2300日をここに滞在したといわれる。
前日、王宮の丘に行き、戴冠式を行ったマーチャーシュ教会には行ったが、王宮には見学に行かなかったのは、Vがエリザベート皇妃が好んだ場所の方に惹かれたことによる。



かつての橋は建て替えられ、近代的な橋に変わっている

橋を渡りながら、Oが、
「右折すると、右側に公園が見えるはずだから、見ておいて」と言う。
助手席側のガラスに張り付いてみたが、ガードレールが邪魔。
Vは「見えない見えない」と呻いていたが、諦めかけた頃、公園の左端の位置に、台座と頭部の一部が見えて歓喜する。
明日この公園を訪ねる為の予習ができた。

エリザベート像がちらりと見えた🎶
ゲデレー城に行く前に、Oには行きたい場所があった。郊外の街で開催されるアンティークマーケットだ(この日はかなり寒く、ここでは写真は全く撮っていなかった)。
球場がすっぽり入るくらいの広い場所で、アンティークマーケットの為の屋根付きの場所もあり、奥の方には店舗もある。アンティーク小物や生活雑貨、洋服、地元のお菓子やジャムなども並ぶ。
あちらこちらの国々のアンティークマーケットに行っているが、それと比べると、品揃えがあまり冴えないな、とVは感じた。食器や小物類、彫刻や絵、アクセサリーなどは、ドイツやオーストリアの方が圧倒的に多い。
しかし、その後目を引く物が現れる。ヘレンドの陶器や磁器だ。
ハンガリーの名窯ヘレンド✨✨
ハプスブルク家の統治下、ヘレンドはウィーンの宮廷サロンで皇帝フランツ・ヨーゼフやエリザベート皇妃をはじめ、多くの王侯貴族に愛され、ヘレンドの名は広がって行った。
急に眺める目に真剣味が出たOとV。その後はヘレンドばかりが目に入る。
これまでもヘレンドは各マーケットで眺めてきたし、柄が可愛いので、幾つか買ってきた。しかしマイセンが好きなOとVは、陶器類はそちらに注目することが多かった。
しかし、この日はヘレンドに次ぐヘレンドだ。ハンガリーにやってくると、この異国情緒ある花柄が風土に合って、いかにも美しいと感じる。
マイセンの薔薇とはまた別の美しさだ。
Oが、
「これ可愛い! 買えば?」
とわかりやすく前向きな姿勢を見せる。
「あの〜私、小物入れはもう幾つも持ってるし‥‥」
とVは答えながらも、特にヘレンドの丸い小物入れは好きなので、手に取ると嬉しくて可愛くて、既にその気になっている。
これまでも、可愛い物は身内にプレゼントしてきた。2周目のプレゼントにしてもいいか‥‥
結果、この日の買い物は以下の通り。
Oが使う物はお皿以外はないのだけれど、旅行から帰ってからは、ガラステーブルの上にあるリヤドロの犬の置物の周りを取り囲むようにずらりと並べて、毎日眺めて楽しんでいる。
OもVも陶器が大好き‥‥唯一の共通の趣味である。


Oは自分の家に可愛いヘレンドたちがやってきたことで、ご機嫌で車を走らせる。
✨✨❄️✨❄️✨✨✨
寄り道をしたが、ゲデレー城はブダペストから32kmと近い。エリザベートの夏の離宮だ。「夏の」といっても、通算2300日の滞在であるから、それ以外の時期も長いのだろう。
このハプスブルク家のかつての豪華な邸宅の一つは、ハンガリー田園地帯にある。とはいえ、現代では思ったよりも街中に存在している印象だ。
世界で2番目に大きいと言われているバロック様式の城である。
城の前の駐車場に停め、林に囲まれた緩やかな道を上ると、目の前にゲデレー宮殿が現れる。








































離宮であったこともあって、ウィーンの煌びやかなホーフブルクやシェーンブルン宮殿と比べると簡素な印象を受けるが、上品で寛げる大変美しい印象の宮殿であった。
1857年、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフとエリザベート皇妃は初めてハンガリーを訪れ、この宮殿に滞在している。
皇妃は生まれ育ったポッセンホーフェン城と似ていると、自然豊かなこの宮殿を大変気に入ったという。
1867年、フランツ・ヨーゼフ1世がハンガリー国王として戴冠。その祝賀として、ハンガリー政府はエリザベート皇妃のお気に入りのゲデレー宮殿をベルギーの銀行から購入し、城を含む領地と共に、皇帝夫妻に献上したという。
1868年に皇妃は末娘マリー・ヴァレリーをこの地で出産している。いかにゲデレーが皇妃にとって落ち着く地であったということだろう。
全164室のうち、修復された主要な部屋にオリジナルの家具や絵画が飾られている。
ブダ城を始めとして、ハプスブルク帝国時代の城の多くがギャラリーや歴史博物館などに改装されている中、この宮殿は唯一帝国時代の面影を色濃く残していると言われる。
見応えのある、そしてエリザベート皇妃の愛した城、Vは大満足のうちに、城を後にする。


✨✨❄️✨❄️✨❄️✨✨
ブダペストに戻り、聖イシュトヴァーン大聖堂に向かう。
教会の周囲は。クリスマスマーケットがまだ開かれていることもあって大混雑だ。やはり観光地なら開けておくよねぇ、ドイツと違うね、と話しながら教会前へ。


聖イシュトヴァーン大聖堂は、国会議事堂と並んで、ブダペストで最も高い建造物で、高さ96m、幅55m、奥行87.4m、大変大きく荘厳な建物は新古典主義様式。
教会の名称は、ハンガリー王国の初代国王イシュトヴァーン1世にちなんで名づけられた。
国王は1083年に葬られたが、遺体から右手が失われ、その後トランシルヴァニアで発見され、各地を転々とし、その後1771年にマリア・テレジアによりブダペストに戻されたという。
教会は、その右手が聖遺物として保管されていることで知られている。


教会前にはトヨタ車の展示が。海外で日本車を見るのは楽しい。Oが教会のチケットを買いに行っている間、Vは車をしげしげと眺める。


しばらくしてOはやれやれという顔で戻って来て、
「チケット売り場がわかりにくすぎる場所だった‥‥おまけにとんでもない列で、買う気が失せた」とのこと。
珍しいことだ。余程の混雑なのだろう。
「だったら、ここはパスしよう。マーケットだけでいいじゃない?」
いつもは長い列でも並ぶけれども、教会を前にしても、Oが買う気になれないほどの混雑なら、それで良し。無理は禁物だ。










マーケットから離れて、しばらく街歩き。中華レストランで食事をして戻ってくると、イルミネーションが瞬いていた。





夜になって、教会前はプロジェクションマッピングか行われており、通り抜けるのが大変な程の大賑わい。
車まで戻り、ドナウ川沿いの道を走る。川を挟んでブダ地区とペスト地区とに分かれる、それもまた長い歴史を感じる。
ペスト側から王宮の丘を眺める。



ライトアップされたくさり橋を渡って、ホテルのあるブダ側に戻る。前日に王宮の丘から眺めた国会議事堂が対岸に見えてくる。
壮麗な国会議事堂は金色に輝く宝石のようだ。
ブダペストが《ドナウの真珠》と呼ばれるのは、このライトアップされた両岸の夜景が真珠のように輝くことによる。
くさり橋、国会議事堂、ブダ城、ドナウ川周辺の街並み、世界遺産の数々が光を纏って目の前に広がる。
この日最後に眺めた「世界一美しい」と言われる夜景。贅沢すぎるほどの輝く光景を、Vは言葉もなく眺め続けた。

—了—
【次回予告】
次回はブダペストの街歩きです。美しい地下鉄の駅やオペラハウス、エリザベート皇妃も訪れたお洒落カフェも出てきます。お楽しみに!
