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Reise nach Hamburg(ハンブルクへの旅) 前編


 この題名を書くだけで、ついクスクス笑ってしまう。
[nach Hamburg  ハンブルクへ]


ハンブルク中央駅


 何故かというと、私が初めて使ったドイツ語のテキストでは、
 [nach  〜へ]という使い方の例題の行き先が、ほぼ全部ハンブルクだったからだ。
 当時なかなか進まなかったドイツ語の勉強の中で、テキストに出てくる度に、『またハンブルクへ行ってる!』と突っ込みを入れていた。私の気晴らしの一つであった気がする。

 Ich fahre nach Hamburg.
 私はハンブルクへ行きます。

 はいはい、またハンブルクへ行くのね、と。

 ハンブルクはエルベ川が流れ、船での交易で賑わってきた街である。港湾エリアを持つことで、ドイツの中でも独特の雰囲気を持つ活気のある街だ。

 お魚も豊富に入ってきているし、物価も安い。感覚的にざっくり比較してみると、私の住んでいる街が日本の3倍くらいの価格とするならば、2倍で済んでいる。
 日本食材店で、冷凍の納豆の値段を見て、
『同じドイツ国内で、何故この値段?! とワナワナしたのだった。

 先ごろ記事にした《ハンブルクの傘専門店》にも書いたように、日本人としての感覚から、『これがあったらいいのに』と思う物が売られている街。

 またそれと共に、様々な民族が入り込んでいるという印象で、浮浪者の多くに驚く。
  ドイツは難民に対して、政府からの補助金が手厚いのに、と感じる。正式な手続きを踏めば得られるものが多いはずなのに、と考えると難民ではない?!と考えてみたりする。
 
 少々余談を。
 近所の人から訊いた話では、難民の人々には、ドイツで暮らす為のドイツ語を学ぶ費用、住む場所の提供、基本的な生活にかかる費用、これらが就職ができるまで支払われるという。
 またタバコ代は200€まで政府が補助をすると。嗜好品のタバコ代を?!‥‥そんなに手厚く? 
 また留学という形を取れば、学ぶ費用も提供され、子どもができれば週に三日ナニーが来てくれて、それも無料だという。この辺りでギョッとし始める。
 留学の形を取り、ついでに学生結婚をして子どもが産まれれば、その費用が出るので、大変数が多いとのことだ。
「え〜🫢」としか言葉が出なかった。
 
「何故?!」と訊くと、
「だって子どもがいれば、ドイツ語の勉強に通えないでしょ? だから費用が出るの」と。

 近所の人(日本人ではない。夫はドイツ人)は何が言いたいかというと、結婚してドイツに来た彼女は、一から学ばざるを得なかったドイツ語スクールは当然自分で費用を払い、また仕事を持っている上に子どももいないので、当然他の補助もなく、税金も当然支払っている、と。

 仕事で一日疲れて地下鉄で帰る時、難民の人たちは買い物(無料)をして、タクシー(無料)で帰るということをふと思い出すという。

 また、彼女の飼い犬は、世界で5本の指に入るという有名な動物病院で治療を受け、すっかり治ったのは大変良かったことなのだが、莫大な費用がかかったという。ところが難民の人の犬の治療は無料。
 病院関係者が、きちんと費用を払う彼女に愚痴をこぼしたという。
「あれだけ治療しても、支払いの段階で、『難民なので支払えない』と帰ってしまう人が多数」だと。

 これを訊いて、『ドイツ政府の制度と予算って一体?! 』と思ってしまった。
 
 これだけの福祉予算は今後も続くのかという話になり、制度の改正で多少は厳しくなったみたい、と教えてくれたのだった。
最後に、「家賃払わなくても、追い出すことは違法だって知ってる?!」と付け加えられた。勿論知らなかった(・Д・) ドイツって一体?!

 ドイツ経済の本は何冊も読んだのに書いてなくて知らなかった、と話すと、
「難民を受け入れた以前の本だったんじゃない?」と。なるほど‥‥勉強不足だった。

 余談が長くなってしまった。
 さて、ハンブルクへの小旅行である。
 
 ハンブルクの知り合いに、エルベ川方面からハンブルク駅へ向かうルートを案内をしてもらうことになった。

 エルベ川を渡る水上バス⛴️に乗船する。この船は観光船ではなく、バスや電車と同じ公共交通機関だ。いつも使用している59€チケットが使用できる。
 川幅が広い。向こう岸に渡ってからまた客を乗せ、数ヶ所船着場に寄りながら、ハンブルクの街に近づく。

 2階のデッキに上がり、風の中、水のある風景を眺める。
 エルベ川は、エカテリーナ二世が最も愛したと伝えられる将軍タデウシが、戦いの中銃撃され、この川で最期を迎えた、という記述を読んだことがあった。場所はもっと北の方ではあるけれど、エルベ川と聞くとこのエピソードばかり思い出していたので、この川に来ることができたことは感慨深い。

 様々な色のコンテナを積んだタンカーがあちらこちらに停船している。海から遠いところに住んでいると、こうした景色はなかなか見られないので、手すりにもたれて眺め続ける。



 現在、ウクライナの影響でスエズ運河ルートは通れない為、希望峰を経由してやって来るという。長い長い航海だ。


 ハンブルク港近づくにつれて、波打つ屋根のデザインが独特の、この地域のランドマーク、エルベフィルハーモニーが存在感を見せる。

 ホールの音響設計は、サントリーホールも手掛けた豊田泰久氏とのことだ。
 建物の下部分は、赤レンガの旧倉庫が利用されており、そこから上は波型のガラスの建築となっている。

 ここは最上階に音楽ホールが入っている商業ビルだ。
 また、赤煉瓦部分の上が展望階となっており、下で受付をすれば無料で入場可能、そこまではエスカレーターとエレベーターで上がれるという。
 展望階は中央にレストランがあり、ぐるりと360°のパノラマが見事だという。


エルプフィルハーモニーを望む

 いくつか船着場を経てハンブルク港に到着し水上バスを下船する。
 ここから乗り換えすれば、この建物の真下まで行かれるルートもあるのだが、時間が合わなかった。船着場から1キロちょっと歩くことになった。1キロよりもっとある気がする‥と私の心の声

 

船着場近くの広場

 写真中央に橋桁と駅が写っているが、これはU-Bahn(地下鉄)の線路と駅。

 この地域は土地の起伏が大きい為、通常の鉄道が途中から地下に潜ったり、地下鉄がずっと地上を走ったりしている。乗っていると何に乗っているのか一瞬わからなくなる。
 アールヌーヴォーの時代に発展したハンブルクは、そこここにその名残を残す。
 この地下鉄の橋桁と駅も街に馴染み、風情があり美しい。水辺の景色を引き立てている。

 建物までは、是非水上バスでもう一区間行きたかった(T ^ T)、と思う距離で、見えていてもなかなかその足元には近づけない。
 案内を頼んでいる以上は、頑張って歩かねばならない。数日前まで寝込んでいたにしては、頑張った方だと思う。
 

エルプフィルハーモニー

 到着。赤煉瓦とガラス部分との隙間の階が展望台。

段差がとても薄いエスカレーター

 胎内に入っていくようなイメージの、長い長いエスカレーターで3階辺りまで上り、エレベーターに乗り換える。

 観光スポットで多くの観光客が訪れていた。この夕暮れの景色を無料で眺められるのは、なかなかのサービスのように感じる。
 建物も景色も美しくて、料金がかかってもおかしくない場所だ。


 対岸には、ライオンキング専用の劇場が見える。ここまでは先程の船着場から、専用の水上バス⛴️が出ている。

 夕暮れの風景を眺め、展望台での観光終了。360°ぐるりと歩くだけでもかなり歩く。下で犬を預かってもらってお待たせしているので、この階でお茶というわけにもいかず、急いで下まで下りる。

 その人が犬と並んで、エルベ川を眺めながら並んで座っている後ろ姿は、何ともほのぼのした光景だった
(^-^)


旧倉庫街 

 この辺りのビジネス街は、下の道を歩くことも勿論できるが、建物に沿って、何キロも続く長い長い歩道橋が巡っていて、信号を気にせず歩き続けられる。大変便利で珍しい(つまり私が停止する機会がなく、一休みもしづらい💦)。
 観光客も、働く人たちもその橋を通って合理的に移動できるようになっているのだ。
 歩く部分や手すりは木をふんだんに使っており、景色によく馴染んでいる。


 途中、目の前に旧倉庫街が現れる。2015年に世界文化遺産に登録された倉庫街である。
 赤煉瓦の幻想的な風景がどこまでも続いている。壮観だ。

 そうこうして、途中足が前に出ないほど疲れ、歩みが遅くなった。夫も知り合いも気にかけてくれてはいるが、10mくらい常に遅れ気味の私。

 中心地まであと僅かの距離となっている。観光地というのは、見どころと言われる場所が点々としていると、その距離がさほど遠くなければ、歩くことになってしまう。乗り物に乗るほどの距離でない、というのは体力のない私ですら思う。

 数日前まで寝込んでいた上、朝の出発が早くて2時間しか寝ていないという言い訳は、言っても仕方ないので言わない。好意に甘えて案内をしてもらっているのだ。こういう場面で泣き言を言えない私。しかし足は正直だ。

 「疲れた! お茶にしよう☕️」と夫にいつも気楽に言っていたのは、実に楽なことだったのだと思い知る。

 ハンブルク駅に戻る地下鉄に乗るまで、何キロ歩いたのだろう。
 案内してくれた知り合いと一緒に夕食の予定であったのだが、時間が遅いからと遠慮され、そのまま帰られた。
 明日の市内観光のお勧めルートをきっちり我々に教え、元気に去って行ったのだった。


 この日のまとめ
[彼らはものすごく健脚であった]

 ちなみに二人とも私より年上である。

 きびきびと歩き続ける二人の後ろ姿を、犬と共にやっとの思いで着いて行った私なのだった。


                 後編に続く



 

 

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