ある女V 日本郵便のありがたさを叫ぶ
「‥‥何故来ない」
ある女Vは、その日自宅の郵便ポストを、夕方までに数回覗きに行った。いつもは午後1時くらいに必ず配達に来るのに。
大事な書類が、その日届く予定だったのだ。それを受け取ったら、すぐに日本に返送しなくてはいけない。Vは既に着替えており、いつでも出かける準備はできている。
日本で言うところの中央郵便局的なDeutsch Postは、バスで三つ目、大変近い。窓口で頼んで、すぐ帰って来るだけの用事なので、そのままノーメイクで出かけても良いくらいだ。
しかし、なかなか配達に来ないので退屈で、気づけばフルメイク、巻き髪のお出かけスタイルが完成している。このまま20年ぶりの同級会に出てもいいくらいの仕上がりだ。
なのに、DHLの配達員はやって来ない。既に4時過ぎ、もう本日の配達はない。犬の散歩にも行かねばならない。
何故、この日来るはずと思っていたのかというと、これまでは、書類を依頼すると、その日のうちに投函され、それが翌々日に配達されてきたからだ。市内であっても届くのは翌々日。
*DHLは、世界最初の国際宅配便。航空機を主体とした国際宅配便、運輸、ロジティクスサービスを扱うドイツの国際輸送物流会社。国際郵便だけではなく、国内の郵便、宅配便も同様に取り扱う。
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ドイツの郵便事情は、多少のトラブルもあるとは聞くが、真っ当である。届くのだから。
もし何かあるとすれば、DHLの問題ではなく、あくまで配達員の個人差のみではないか、と思う。
Vの住む地区の配達員は、毎日真面目に配達をしており、これまで一度も郵便物や宅配便のトラブルはない。
勝手に置き配もせず、留守の場合は持ち帰るケースもあるが、同じフロアの住人に預けて、サインもその人に頼む。
宅配便の再配達はされず、少し離れたセンターに送られてしまうので、受取人にとっても、置いて行ってもらう方がありがたい。
配達員から、Vはよく荷物を頼まれて預かっている。『あの奥さん、大抵家にいる』と認識されているのだ。また『安全そうな人』とみなされたという証でもある。
別の地区に住む人の中には、留守の場合に不在連絡票をポストに入れる事なく、単に持ち帰られ、その後荷物が行方不明になった、ということがあったと聞く。
地区的に配達員に恵まれて良かった、と思うVである。
そもそも集合住宅のポストは、防犯の為にオートロックの玄関の内側にあるのが殆どで、住人に入り口を解錠してもらわないと入れない(他の地区では、オーナーから入り口の鍵を預けられているケースもあるという)。配達員にとって大変面倒だと思うけれども、ごく最近建てられた建物以外は、大抵がこの内側のポストだ。
であるから、配達員はまず郵便の宛先の家のインターフォンを鳴らす。その家が留守なら、他の家のインターフォンを押しまくる。万が一誰もそれに反応しないと、その建物全体の郵便物は、全て持ち帰られるのだ。気の毒だし、理不尽だが、鍵が開かないので仕方がないわけで。
Vはたまたま近所の建物で、入り口が開かない為に、無念そうに沢山の郵便物を持ち帰る配達員を見たことがあり、その郵便事情を知った。
以来、「DHLだけど、ドア開けて」と適当に鳴らされるインターフォンにはいつも過敏に反応して、解錠している。
バルコニーにいる時もダッシュで開けに行く。やや遅くなった時は入り口側の窓から、
「ちょっと待って! 今開けます」と叫ぶ。
3ヶ月前、バルコニーでダッシュしようとした時、左足の親指の付け根辺りを捻った。‥‥名誉の負傷だ。Vは「人の役に立った」のだと、傷が疼く度に思う。
ちなみに、いつまでも痛いのは捻挫ではなくて、多分骨にヒビが入ったのだろう。捻挫の場合は冷やして安静にすれば、そのうち治ってくるけれど、ヒビは病院に行って判明したところで、対処のしようがない。で、放ったらかしておいたのでいつまでも痛い。
床にしゃがんだ場合、立ち上がる時に、そこに負荷がかかる事を知った。Vは右膝を立てて立ち上がるので、左足のその位置は重要な役目を担う。
*そこに力を入れないと、片膝立ちからは立ち上がれないことを、是非お試しいただきたい。
歩いている時は、足を前に蹴り出す際、親指の付け根がギシッと痛む。怪我をすると、『この部位はこういう役目がある』ということを実感する。それがVには興味深く楽しい。その為、痛みはやや快感に変わる気がする(気のせいだ)。
さて、郵便配達におけるこの事情は、時には遅延を引き起こす。家庭によっては、この日のVのように急ぎの郵便を待っている人もいるかもしれないのに、ドアを開けてくれる人がいなかった、という理由で持ち帰られてはたまったものではない、と思う。
また配達員にしても、折角配りに来たのに、入り口が開かない為だけに、全戸分持ち帰る、というのは、相当無念なことだと思うし。
そんな訳で、足が痛んでも、Vはインターフォンが聞こえるとダッシュする。
さてこの日、13時近くから、インターフォンに出遅れないように、Vはリビングでソワソワしていたのだった。
その日は、領事館から書類が送られてくる予定であった。
そもそも、数日前に既に書類は届いていた。ところが、あろうことかVの生年月日が間違って入力されていた。
パスポートも提示したのに、同時に依頼したO(夫のO。続柄)の生年月日が入力されている。
どうせなら8月15日(岡田将生の誕生日)とか、4月3日(大泉洋の誕生日)と間違えばいいのに、Oの誕生日かい! と更にがっかりする。
誤記があった場合は、再度依頼するしかない。
領事館は、書類の申請に行く場合、事前の予約が必要だ。また、依頼をしてもその場では交付されず、全て郵送されて自宅に届く。
日本からの郵便は、こちらに届くのに7〜10日かかる為に、届いた頃にはすでに国内よりも数日遅くなっている訳で、返送が必要な場合、郵送の期限にゆとりがないと案外忙しい。
海外在住である事を鑑みて送られて来ているので、返送はこちらで記入する「郵送する日」が提出日扱いされるようだけれども、それにしても早く送るのに越したことはない。
領事館では、書類をその日のうちに投函してくれるが、いくら距離的に近くても、自宅に届くのは翌々日だ。
もし日本であったら、中央郵便局に速達を出しに行けば、市内であれば当日の夕方配達されたりもする。普通郵便でも翌日の配達はほぼ確実だ。
あの日本郵便の迅速さ! 当然こちらではそれは望めない。
前回依頼した書類が、正しく発行されていれば、日本に送っても余裕で間に合ったのに、誤記の為に既に数日遅れている。悔しい。
領事館へ連絡をした。また窓口の予約のし直しから始めるのか、とうんざりしたが、流石にそこは日本人担当者であったのでミスを謝罪され、もう一度領事館に出向くこともなく、再発行した書類をその日のうちに送り直してくれることになった。
で、その翌々日がこの日であった。郵便を今か今かと待ち侘びていたV。届いたら封筒に入れ直して、郵便局に行くのだ。午後は2時から営業中なので、丁度良い。
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また脱線する。この春から、ここは中央郵便局であるというのに、12〜14時は窓口が休みになったのだ。
Vはその時、たまたま13:40くらいに行って知ったので、さほど待つことはなかったのだけれど、いきなりのこの窓口休止の告知にはドイツ人も怒っていた。
「考えられないわ! ここは中央郵便局なのに!!」
「今後もずっとなのか?!」
と知らずにやって来て、閉められた内側のドアに貼られた告知を見て、皆両手を広げて呆れたポーズを取り、一様に怒った。
郵便物や荷物を抱えた人たちは、ATMコーナーで、お互いの不運を嘆き、この決定に文句を言い合っていた。
しかしその割に、14時にドアが開けられると、その列の人たちは、そのまま淡々と窓口に行き、文句を言うことなく手続きしていた。
ドイツ人は忍耐強いし、決まったことに対して従う。こういうことが起きても、
「何故、いきなり昼間2時間も休みになったのだ?!」
などと係員に詰め寄る人もいない。結局受け入れるのだ。こういうところが日本人と違う。
日本人は、「有事の際に暴動を起こさない国民である」とよく紹介される。それには誇りを持って、素晴らしい国民性なのだと言える。
しかし日常的には、官公庁であるとか、こういった郵便窓口や銀行窓口、、スーパーのレジ係に向かって、自分の都合に合わないことへの文句を並べ立てる人は数多くいる。年配者に大変多い。
担当者が責め立てられる場面を、以前よく見かけたものだ。
日本人はあれだけよく働いているのに、客側は、もっと客に対してあれをせよ、これをせよ、と望む。必要以上に、攻撃的な言葉を投げかける。
コンビニのレジで、店員に向かって、商品のこと、レジ袋のこと、弁当の温め云々の文句を言いまくった末に、
「お客様は神様だろ?!」
と怒鳴っている人を見たことがある。
『‥‥少なくともあんたは神様じゃない』
とその騒ぐ客に対して、店員も他の客もV自身も、心の中で共鳴し合ったその場。
Vは、これまでに何度かエッセイの中で書いたことがあるが、ドイツ人の店員というのは、それほど俊敏に働かない。それに対し、何か客にとって不都合なことがあっても、大騒ぎするような客はいない。
スーパーのレジの順番を待つ間、そろそろ誰かがイライラするに違いない、といつも眺めているのだけれど、今のところ誰もそんな様子を見せない。
自分の前の人が、山ほどの食品をレーンにゴロンゴロンと並べていたとしても、溜息などつかないで待つのだ。
新人のレジ係が、葉物の種類がわからなくても、ダッシュで売り場に確認に行くこともないし、レジ係同士で手を止めて、「これ何て名前だっけ?」と確認の為のお喋りを始めても、怒鳴るような人はいない。
そのうち客の列の誰かが、
「その葉っぱは〇〇よ」と教えてあげたりしている。
たまにレジ係が交代するタイミングがあり、
「次の人からはあちらへ」と案内される。並び替えても、なかなか次の係が来なかったりする。それでも誰も文句を言わない。
日本だったら、列が長いだけでも、露骨にイライラし始める人をよく見るし、そのイライラが全体に伝播したりもする。
この点だけでも、ドイツ人の国民性というものに感じるものがある。こうしたことは《お互い様》なのだ。怒ったり、イラつく場面では決してない。
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さて、この日の13〜16時までの間、インターフォンは鳴らされなかったけれど、住人がたまたまドアを開けたタイミングで配達に来たのかもしれない、との希望的観測で、何回かポストを覗きに行ったわけだが、空。
結局、配達予定のこの日、郵便は来なかったわけだ。Vに残された道は、『郵便事故が起きたりしませんように』と祈るのみであった。
その翌日、前日のVのソワソワなどまるで知らない配達員がやって来て、いつもの配達時間に、郵便は無事届けられた。Vは開封してチェックし、日本へ送る封筒に入れ直した。
いつもは書類をそのまま入れるのだけれど、
「領事館の誤記による再発行、更に郵便の遅延により、返送が予定より1週間遅くなってしまいました。誠に申し訳ございません」
等々、メモして添えることにした。
V自身のミスではないのだ。せめて遅くなった言い訳くらい書かせてちょうだい。
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時間と手間のかかった封筒を抱き抱えるようにして、バスに乗り、郵便局に向かう。窓口に差し出した時には、若干脱力感をおぼえたほどだ。
支払いを済ませて、ふと見ると窓口の女性はエアメール用のシールを貼っている。Oの分の返信用封筒だ。
窓口のおばさんは、Oがわざわざ大きくはっきりJAPANと書いた上に、そのシールを貼り終わったところだった。
『何故、他の余白の部分でなく、わざわざJAPANの上に?!💢』
仮にシールが上に貼られたところで、入力内容で日本宛だと処理されるだろう。しかし、海外からの郵便物は、どこにどんな落とし穴が待ち構えているかわからないのだ。
とにかく日本国内に届きさえすれば、その先には日本郵便の素晴らしいシステムが待っている。宛先の仕分け、読み取りの確かさ、トラック配送の確かさ、配達の迅速さ、誠にありがたい。
宛先の下の位置に、JAPANと濃くぶっとい字で書くことは何よりも大切なのだ。
これまで、何度このDeutsch Postの窓口でワナワナしたことか‥‥
男性の窓口では、毎度迅速で問題なく手続きができるのに、何人かの年配の女性はいろいろとやらかしてくれた‥‥最近姿を見なくなったので安心していたのに、この初めて見たおばさんも‥‥
しかし、Vは以前のようにイラつかず、張り付いたような笑顔で、
「ちょっと待ってくださいね」
と声をかけ、ボールペンで封筒の別の余白に、大きく濃く太く、JAPANの文字を書き足した。
おばさんは黙って受け取った。
Vは、おばさんが2通の郵便物を、確かに後ろの処理済みの箱に入れるまでを目視。そこまでしないと信用できなくなっている。
その上で、
“ Danke, tschüss ! ”
挨拶して、郵便局を後にしたのだった。
どうか日本国内まで無事に届きますように✈️
その後は通常通りの迅速なお手配を📮
心から信頼できる日本郵便の優秀さに、改めて思いを馳せるVなのであった。
—了—
