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女性も男性も大変なクラシック音楽③作曲家(音楽に関する疑問を先生に聞く会)

M:過去の有名な作曲家たちは(主に男性だったわけですが)幼少期からピアノやバイオリンを習ったりして、そこで才能を見出されると有名な音楽教師のもとに学びに行かされて、一通りの勉強をするというのがよくあるパターンでしたよね。

特に近代くらいまでは、作曲家が指揮もして、彼らはもちろんピアノも弾けたし他の楽器もできたりして。

G:はい、そうですね。

19世紀頃までの作曲家という職業は、私たちが思うよりずっと総合的で、指揮者、ピアニスト、音楽学者、音楽教師等を全て兼ねていました。

そして、幼少期から才能を見出されるケースが多かったです。

M:昔の作曲家は、だいたい親が職業演奏家だったとか、アマチュアだけど楽器をたしなんでいたとかが多いですね。

貧しい家庭に生まれたと言われている作曲家も、親が趣味で楽器をやるくらいなので、極貧というわけではなさそうですし。

G:そうです。伝記に「貧しい家庭の出身」などと書いてあると、私たちは文字通り受け取ってしまいがちですが、18~19世紀の音楽家については、現代人が想像する「貧しい」のイメージとは違う場合が多いです。

そして歴史上の有名作曲家たちは、音楽環境には非常に恵まれていました。

M:というか音楽環境に恵まれていたから、作曲家への道がつながったという感じですかね。

彼らが生まれ育ったのは、音楽を始めとした文化資本が豊かな家庭であったという点こそ、最も注目すべきだと思ってます。

G:そうなんですよ。彼らは、たまたまその世代では貧しかったとしても、文化資本は豊かで、教会や宮廷とのつながりがあるなど、家系的にも環境には恵まれていたのです。

そしてもう一つ大きいのがパトロンや援助者の存在です。

18~19世紀のヨーロッパでは、貧しくても才能のある子供を見つけて支援する慣行や人的ネットワークが意外とありました。

たとえばリストやドヴォルザークもそういった支援により、本格的な勉強の機会を得ました。

M:ですよね。金銭的に厳しい家庭だったとしても「村の神父が才能に気付いて教会で音楽を教えてくれた」「地域の裕福な人が学費を出してくれた」などのエピソードが結構あります。

そんなにタイミングよく援助者が現れるものかなと思ってましたが、現在の日本とは社会状況が違うんでしょうね。

考えてみれば、教会のオルガニストや宮廷の音楽家というのは、芸術家というよりも職人的な存在で、上流社会や宗教儀礼など、社会インフラに必要な専門職ですよね。

G:そうなんです。当時は貴族の義務という考え方もあり、また教会や宮廷には優秀な音楽人材を確保する必要もありました。

そのため才能ある若者への支援が行われる土壌があったのです。

M:ええ。そうした条件が重なった先に有名作曲家となった人達を、我々は結果の側から見ているだけなのではないかと。

というのも、複数の作曲家の生い立ちを知るにつけ、ある程度パターン化されているなと思ったんです。

職業音楽家の家系に生まれ、音楽面をはじめとして文化資本が豊かな家庭で育ち、音楽家へのルートが開けた環境があり、人的ネットワークにより才能のある子供は支援してもらえる可能性があった等。

もちろん本人の努力もあったはずですが、それ以上に運命に導かれたように、名を残すべくして名を残した、というような印象です。

本人達にとっては、職業音楽家になることが特別な挑戦というより、ごく当たり前の選択だったケースも少なくなかったのではと感じます。


以上の会話はフィクションです。
特別出演:Gemini先生、チャッピー先生

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