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女性も男性も大変なクラシック音楽①(音楽に関する疑問を先生に聞く会)

最近、20世紀後半のウィーン・フィルやドイツのオーケストラの映像をよく見ています。

とても面白い。いろんな意味で。

「ほぼヨーロッパの中高年男性しか映ってない」というのが、まず非常に面白い。良い意味で。

属性の均質性が極めて高い上に、ベートーベンなども木管は倍管だったりして、人数もすごく多い。余計に圧倒される。

ぎゅうぎゅう詰めに並んで必死で演奏してる姿は、妙にカワイイ。

こんなに同質性の高い集団は今ではなかなか見ないので、逆に新鮮です。

これに関して、ダイバーシティとかジェンダー平等とかアファーマティブアクション!とかは、もちろん言いません。

社会生活上も私はそういうことはあまり言わないですけども。

こういった伝統があるものを、全く属性の違う私のような者が興味津々で見て、同じことをしようとしているのだと思うと、なんか変な気分にはなります。


M:クラシック音楽、少なくとも管弦楽とは、こういう文化だったのですね。

G:はい。20世紀後半まで、一流オーケストラ=ほぼ男性集団という状態は珍しくありませんでした。

しかし文化的土壌や地域性の違いもあり、アメリカでは比較的早く状況が変化していきました。

特に1970年代以降、ブラインドオーディション(カーテンで遮って、純粋に演奏だけを審査する)が広まり、女性も多数採用されるようになります。

一方でヨーロッパ、特にドイツ・オーストリア圏の名門楽団は、伝統や団員自治が強く、変化に時間がかかりました。

M:いまや人類共通の芸術のように言われることもあるクラシック音楽だけど、ヨーロッパの男性が主に担ってきた文化なのですよね。

考えてみれば当然だけど、映像で見るとあまりにも分かり易く同質だから、なんと言って良いものか(どちらかといえばオモロイと思ってますが)。

演奏されている曲の作曲家も同様ですしね。

そんな中で、例えばクララ・シューマンのように、職業として演奏したり作曲したりした女性もいましたよね?

G:はい。そのような女性もいましたが、ごく少数でした。

その理由はかなり単純で、初めからそのような職業は男性のものと考えられていたからです。

当時の中上流階級の女性は、良い教育を受けること自体は一般的で、ピアノや声楽を学ぶ人も多かったですが、職業作曲家や指揮者になったり、公的な地位を持つことは期待されていませんでした。

クララは作曲能力も非常に高かったのですが「女性の作曲家なんて…」という時代の価値観を内面化していたことが、手紙などからも知られています。

M:とすると、作曲家はそもそも念頭になかったけど、ピアニストなら女性の自分でもできると考えたわけですか?

G:そうなのですが、彼女の場合は、女性は演奏家にはなれるが作曲家にはなれないと、単純に線引きしていたわけではありません。

むしろ「演奏家としては成功できるが、偉大な作曲家という領域は男性のものではないか」という考え方に近かったようです。

それは少数ながら女性演奏家には前例があったことも、関係しているでしょう。

だから父親のフリードリヒ・ヴィークは、初めから娘を一流ピアニストにするつもりで教育しましたし、実際に彼女は10代でヨーロッパ有数のピアニストになっていました。

また、夫であるロベルト・シューマンとの関係もあります。ロベルトは自分を作曲家、クララを演奏家と位置づけていました。

そんな中、クララは8人も子どもを産んで、精力的に演奏活動もして、作曲することには複雑な感情を持ちつつも作曲もして、超パワフル。

現代ではクララの作品が、以前より高く評価されるようになっています。

彼女自身は作曲家としてかなり慎重で、自己評価も高くはなかったのですが、後世の評価は必ずしもそうではないのです。

M:そうですか。彼女はオーケストラと一緒に自作のピアノ協奏曲を弾いたりもしていました。

それが私が映像で見ているのと同じような、オジサンばっかりの集団だったとなれば、本当にいろーんな大変さがあっただろうなー。


以上の会話はフィクションです。
特別出演:Gemini先生、チャッピー先生

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