社保の「8.8万円の壁」が消える日|パート採用を組み直す3つの手順
「うちは51人未満だから、社会保険の適用拡大は関係ない」——そう考えている経営者は少なくないのではないでしょうか。
しかし2026年10月、パート・アルバイトの社会保険加入をめぐるルールが大きく動きます。しかも変わるのは「加入する人の範囲」だけではありません。求人票に書く所定労働時間と、シフトの組み方そのものが影響を受けます。
そして規模要件は、2027年10月に36人以上へ下がります。いま36〜50人の会社は「対象外」ではなく「1年後の対象」です。35人以下の会社も、2029年10月に21人以上、2032年10月に11人以上と、順に枠へ入っていきます。
この記事では、従業員10〜300名規模の中小企業の経営者に向けて、2026年10月に何が変わるのか、2026年内に何から手をつけるべきかを整理します。
2026年10月に消えるのは「賃金要件」だけです——週20時間の線は残る
2025年6月に公布された改正年金法により、短時間労働者の社会保険加入要件が見直されました。このうち2026年10月に撤廃が予定されているのが、賃金要件(所定内賃金が月額8.8万円以上)です。
厚生労働省は、全都道府県の地域別最低賃金が時給1,016円を超えたことを理由に、2026年10月の撤廃を予定していると公表しています。ただし施行期日は政令で定めることとされており、正式な日付は政令の公布で確定します。
ここで誤解が多いのが、労働時間要件です。
週の所定労働時間20時間以上という線は、今回の改正では維持されます。 撤廃されるのは賃金の下限だけです。
つまり撤廃後に残る要件は、①週20時間以上、②2か月を超える雇用の見込み、③学生でないこと、④企業規模の4つ。このうち賃金の多寡だけが問われなくなります。
時給1,100円で週20時間働けば、月額はおよそ9.5万円です。すでに8.8万円を超えています。賃金要件は、最低賃金の上昇によって実質的に意味を失いつつありました。今回の撤廃は、その追認に近いものです。
なぜ51人未満の会社にも関係があるのか——2027年10月に36人以上へ
もう一つの軸が企業規模要件です。厚生労働省の資料では、段階的な撤廃スケジュールが次のように示されています。
36人以上の企業は2027年10月から、21人以上の企業は2029年10月から、11人以上の企業は2032年10月から、1〜10人の企業は2035年10月から適用されます。(厚生労働省 年金制度改正法の解説資料、2025年)
法律上は「令和9年10月1日から令和17年10月1日までの間に段階的に撤廃する」と書かれています。10年かけて、規模による線引きそのものがなくなります。
従業員40名の会社にとって、2026年10月は他人事です。しかし2027年10月には対象になります。
準備期間は、実質1年しかありません。
さらに2029年10月からは、常時5人以上を使用する個人事業所の非適用業種も解消されます(施行時点ですでに存在する事業所は当分の間対象外という経過措置つき)。士業やサービス業の個人事業所も、順番に枠の中へ入っていきます。
2026年内に踏むべき3つの手順
手順1:週20時間以上・月8.8万円未満の人を洗い出す
最初にやるのは、リストを作ることです。
対象になるのは「週20時間以上働いているが、月額8.8万円に届いていない人」。時給水準が低い地域、あるいは週20〜23時間で調整している人が該当します。
給与ソフトから、直近6か月の所定労働時間と支給額を1枚の表にしてください。人数が見えないまま議論を始めると、話が一気に精神論になります。
社会保険料は原則として労使折半で、事業主が全額負担する子ども・子育て拠出金を加えると、会社側の負担はおおむね報酬の15%前後です。対象者1人あたり、月1.1〜1.3万円程度の増加になります。10人いれば年間130〜160万円の話です。
なお厚生年金の標準報酬月額の下限は88,000円です。月額がそれを下回っても保険料は88,000円をもとに計算されるため、比例計算で見積もると実額を下回ります。
手順2:本人に「手取りがどう動くか」を先に説明する
説明を後回しにすると、10月に離職が出ます。
社会保険に加入すると、その月から手取りは減ります。一方で将来の厚生年金が増え、傷病手当金や出産手当金の対象にもなります。この二面性を数字で示さないまま「制度が変わるので」とだけ伝えるのは、避けたほうがよいでしょう。
なお、いわゆる130万円の壁(健康保険の被扶養者認定)の基準そのものは変わっていません。ただし2026年4月からは、労働契約で定められた賃金から見込まれる年間収入で判定する取扱いが始まっています。契約書に書いた所定労働時間と時給が、そのまま判定材料になるということです。
口頭で決めていた「だいたい週4日」を、契約書に落とし直す作業がここで発生します。
手順3:所定労働時間を決め切る
最後は設計の話です。選択肢は3つしかありません。
①週19時間以下に抑えて対象外にする。②週20時間以上のまま加入前提で組み直す。③週30時間以上へ増やして戦力化する。
このうち①は、一見コストを抑えられます。しかし1人あたりの労働時間が減るぶん、必要な頭数は増えます。採用難の業種でこれを選ぶと、募集件数が膨らみ、採用コストのほうが先に膨らみます。
手取りを守るために時間を削るのか、加入を前提に時間を増やすのか。 この方針を決めないまま10月を迎えると、シフト表が現場ごとにバラバラになります。
決めた所定労働時間は、契約書だけでなく求人票の記載にも反映させてください。募集段階の「週20時間程度」という曖昧な表記が、加入判定と食い違う原因になります。
なお、社会保険への加入と労働時間の延長をセットで行う場合は、キャリアアップ助成金の短時間労働者労働時間延長支援コースが使えます。1年目で中小企業40万円、小規模企業50万円という水準です。
ただし支給には労働時間の延長幅などの要件があるため、最新のパンフレットでの確認が必要です。従来の社会保険適用時処遇改善コースは2026年3月末までの取組が対象とされており、新規の取組はすでに対象外です。
まとめ——「壁が消える」ではなく「壁が1本に絞られる」
2026年10月に消えるのは、月8.8万円という賃金の線です。週20時間という時間の線は残ります。壁がなくなるのではなく、壁が1本に絞られるだけです。
そして規模要件は2027年10月に36人以上、2029年10月に21人以上へと下がっていきます。今回対象外だった会社も、順番に入ってきます。
逆に、毎回「うちはまだ関係ない」と判断を先送りしてきた会社は、対象になった年に3つの作業を同時に抱えることになります。対象者の洗い出し、本人への説明、シフトの再設計。このうち本人説明だけは、時間をかけないと離職に直結します。
2026年は「社会保険の負担が増える年」ではなく、パートの所定労働時間を会社として決め切る年です。
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