いなくなったら寂しいだろうか
昨日、夜中に起きだしてマロングラッセを作った。なぜそんな時間に目が覚めたのかわからない。何か心配事があったか、それとも水に浸しておいた栗たちが気になったのか。
作った、といってもまだ出来上がってはいない。正確に言えば、下ごしらえをした。というのも、マロングラッセは砂糖で煮たり、漬けたりなんなりして6日から8日ほどかかるそうなのだ。
ただ皮をむいてワタを取るだけの作業なのに、まあ手間がかかるのなんの。ゆでて、剝いて、ゆでて、また剝いて、またゆでるんかい。と、レシピを見ながら突っ込みたくなるくらい同じことを何度も繰り返す。
マロングラッセって買ったら高い。
そんなこと誰でも知っているのに、どうしてそんなに高いのか知らなかった。世の中には、過程があるから高い、というものがいくつかあって、マロングラッセはその代表格だ。
右手の親指が痛い。鬼皮を破るときに痛めたかもしれない。でも、台所は栗のいい匂いだ。丸くて深い、秋の木の匂い。
始めたのが深夜1時。終わったのは4時で、でも楽しかった。水を飲んで、少し座る。大きなあくびをして、よたよたと布団に戻ってぐうぐう寝る。朝は何もなかったかのように起きだして散歩へ出かけた。寝不足だ。
昨日、夫と大喧嘩をした。たまに起こることで、これだけやりあってもいまさら驚かない。でも、夫はこういう大きな喧嘩があるたびに、ドイツへ帰ってしまおうか、と考えるらしい。やれるもんならやってみろ、と思う。やられたら、私はどう思うのか知りたい気もする。
さみしいか、別にさみしくもないか、とっとと離婚して関係を終わりにしたいと思うだろうか。夫はどうだろうか。飛行機に乗るとき、向こうで新しく仕事やアパートを探しているとき。私から自由になったと思うだろうか。
考えても仕方ないのであっさり仲直りして寝た。いつもそうだ。朝はさっぱりと起きて、挨拶をし、散歩に行ってコーヒーを淹れる。いつもの平穏な朝。
そういえば、籍を入れる、の反対はなにか。籍を出す、とは言わない。不思議だ。
今日は一日中、音楽を聴きながら料理をするつもり。絵は描かない。さみしいだろうか。料理をしていると、色を塗る代わりに香りや味が積み重なっていく。はず。
もしそれで少しさみしくなってもいい。自分の生活の中で「何が欠けると寂しいか」を知るのは、悪くないことだと思う。けんかと同じ。
明日はブックカフェの日。来てくれる方はどうぞ気をつけて。来られなくても、遠くからひそかに祈っていてくれるなら、それで十分うれしい。
明日はどんな日になるだろう。
楽しみます。
微熱
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自分を許して、大好きな釜揚げうどんを食べに行きます。ありがとう!