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自分を守ると決めた夜

もうずいぶん前の話になる。
まだ大学生のころ、アルバイト先の子たちや社員さんたちと集まって、居酒屋で打ち上げのようなことをしたことがある。その職場では初めてだったのと、お酒をたくさん飲んでいたのもあって、みんなすごくはしゃいでいた。


私はその夜、自分を守った。今、振り返るとそう思う。私は「もう無理はしないよ」と自分で自分に証明したのだ。


飲み会は楽しく続いていた。そこにいるみんながいい時間を過ごしていた。でも、飲み会が始まって数時間後、酔いも回ってきてだんだんと度が過ぎてきた印象があった。そして、気が付けば私にとって驚くべき光景が広がっていた。

それは、一気飲みの催促だ。
コップにさほど多くもない日本酒が注がれていた。薄いような日本酒だったから、別に飲んでどうなるということはないと思う。もちろん、人にもよるけれど。


とはいえ、よくニュースで見るような、飲み過ぎて倒れたり、救急車で運ばれたりするほどのアルコール量ではない気がした。


一人の男子学生にコールがかかり、その声は部屋中に響き渡った。
「○○くんの、ちょっといいとこ見てみたい!はい!パーリラパリラパーリラ・・・」。


私は、申し訳ないのだけれど、そのとき鳥肌が立ってしまった。そのコールはなんだろう。その音頭はなんだろう。一言でいうと、ださくて下品である気がした。ちょっといいとこ?一気飲みをして、これが私のいいところだ!って見せつけてほしいっていうことか。


明らかに考え過ぎなのだけれど、私は好きではなかった。
一気飲みを、このコールを楽しいと思う人がいるんだな。そしてそれに乗って、同じように手を叩く人がいるんだな、と驚いた。


コールがかかって一気飲みをするなんて、ホストか、いきった大学生の話かと思っていたけれど、こんな身近でそれが起こるなんて。唖然としてみていた。


その男の子は、日本酒をぐびぐび飲み干した。「おお~」なんて歓声が上がり、男の子は「どうだ!」と音を立ててコップをテーブルに置いた。


すると、誰かが小声でいう。「微熱さんって強そうじゃない?」
いくつかの好奇の目が私に向いた。私は、瞬間的に身を固くした。くる。私もあの子みたいに、一気飲みをしなければならない。

そのささやき声は瞬く間にみんなに広まっていった。いいね、微熱さんいこう、みたいな空気が光の速さで充満したと思った時、コールがかかった。


「微熱ちゃんの、ちょっといいとこみてみたい!はい!パーリラパリラパーリラ・・・」


私のコップに注がれる、日本酒。私は、酒は嫌いではないし弱い方ではないと思う。

それでも、こんなことはやりたくなかった。


みんなだって、そうじゃないのか?
本当に心から、みんなの前で一気飲みをしたくてするのか。
誰だって、やりたくないだろうと思う。じゃあ、どうしてやるんだ?


これだけ注目されているなら期待にこたえなければならない。
嫌われないためにはいうことを聞かなければならない。
この場を盛り下げるくらいなら自分が犠牲になってしまえばいい。


そう思っているからじゃないのか。
みんなから嫌われてしまうのが怖いからじゃないのか。

私だって怖かった。だから、そのコップを手にした。そして持ち上げたとき、なぜか不思議な力が働いた。神様って本当にいるのかな、って思うくらいの不思議な強い力。


私は、動けなくなった。周りの声がだんだん遠ざかる。靄の中にはいったみたいな安心感があった。瞬間、思った。


「私は、人のためにこんなことをしたくない」


私は、人を喜ばせるためだけに自分を犠牲にしたりしない。私はわたしを守りたい!

心からそう思った。
その時、体中が温かく、感動に満ち溢れた。
私は、私を守るんだ。


次の瞬間、現実に戻った。みんなが手を叩き続けている。コールは続いている。私は


「やりたくない」


と言いたかった。止めて、コールを止めて。

ただ、喉が詰まったように声が出なくなってしまっていた。
私は、一度、落ち着くためにコップをテーブルに置き、そしてもう一度持ち上げた。そして、中身をテーブルにすべてあけた。コップは空になった。


ふと我に返って「ああ、馬鹿だ私は」と思う一方で「こうするしかなかった」と開き直ってもいた。

みんなの唖然とした表情。誰かの乾いた笑い声。謝りつづける女性陣、焦っておどける男性陣の様子は、書いても面白くないので省略する。
それでも、一つ面白かったことがある。


一部始終を見ていた店長が私を昇格させた。あと1か月で辞めることも伝えてあったが、昇給が決まった。


私はあの時、我慢して飲んでいたらどうなっただろう。
そして気づいた。今までにそれを何度もしたことがあった、と。そのバイトの飲み会以前にたくさんのシーンで、無理をして人を喜ばせるために動き、自分を犠牲にしてきた。


笑いたくないのに笑い、おどけたくないのにおどけた。悲しいのに気にしないふりをして、反対でも納得したようなことを言う。


私はそれを全部、ここで清算した、と思った。
こんなに胸のすく出来事はほかにない、というくらい。コップから流れ出る日本酒とそれが発する甘いにおいを、今でもはっきりと思い出すことができる。


私はコールには応えない。手拍子には乗らない。
ただ、おいしくたのしく、おしゃべりを楽しみながら一緒に飲んでくれる人といたいだけなのだから。今でもそうしたことを後悔していないし、自分を守れたことを誇りに思う。

あれが最後のコール。最後の一気飲み(未遂)。そう思えば、懐かしい思い出にすら変わってしまうものだ。



◇◇


というわけで、私の人生で最初で最後の一気飲み(未遂)について書いてみました。

こちらの企画に参加しています。



書いていて、とても面白かったです!
地中海性気候さん、素敵な企画をありがとうございました。みなさんも、ぜひ参加してみてください。

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微熱 自分を許して、大好きな釜揚げうどんを食べに行きます。ありがとう!