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🌹薔薇は魂のかたち──ヒルマ・アフ・クリントを観るまなざし


抽象画と聞いて、あなたは何を思い浮かべますか?
かたちのないかたち、名前のない意味。
それでも、私たちの深いところに響いてくるような何か。
今回は、薔薇というシンボルを通して、ヒルマ・アフ・クリントの描いた「魂のかたち」に触れてみたいと思います。

1. 写実の才女、ヒルマ・アフ・クリント

ヒルマ・アフ・クリント(1862〜1944)は、スウェーデン生まれの画家です。
ストックホルム王立美術アカデミーで正式に絵画を学び、非常に高いデッサン力と写実的な技術を持っていました。

木炭画
水彩画
水彩

初期の作品には、精緻な細密画が多く見られます。線は正確で、構図は安定し、確かな写実力に裏打ちされた静謐さが漂っています。
その後、あの丸や波形、螺旋が踊る抽象画へと移っていくわけですが、当時の教育背景と技術の高さを知ると、そのギャップに驚かされます。

2. 交霊会と精神世界への傾倒

彼女はもともと、アカデミックな教育を受けた優秀な画学生でした。
しかし、次第に目に見える世界ではなく、目に見えない精神世界に惹かれていきます。

やがて、交霊会や神秘思想といったスピリチュアルな探求へと踏み込みます。当時のヨーロッパでは、そうした精神世界への関心が広く共有され、ある種のブームでもありました。

3. 抽象としての「薔薇」──Series IXを読む

そんな彼女が描いた《薔薇のシリーズ(The Rose or The Swan, Series IX)》には、私たちが知る「薔薇」の姿は描かれていません。
柔らかい花弁も、香りも、植物学的な描写も見当たらないのです。

ヒルマ・アフ・クリント
WU/薔薇シリーズ No.5、これまでの全作品(仕事)の鍵
ヒルマ・アフ・クリント財団蔵

では、なぜこれが「薔薇」なのか――?

最初は、私もまったくわかりませんでした。
けれど、美術館の中を行きつ戻りつ、この薔薇シリーズを繰り返し見ているうちに、少しずつその世界観に慣れてきたのです。

画面の周縁の青ではなく、中心の円に注目してみると、そこにはまるで有機的な組織のようなものが、秩序立って配置されていますね。
それはまるで、蕾の中を上から覗いているような感覚でした。

4. 象徴のかたちとしての花

この薔薇は咲きかけた花なのか、閉じたままの蕾なのかはわかりません。
けれど、そこにあるのは「植物の姿」ではなく、「植物が象徴する何か」──そう思えたのです。

もしかするとヒルマにとって薔薇は、目に見える花ではなく、魂の比喩だったのかもしれません。

薔薇という存在は、古くから象徴に満ちた花です。
キリスト教では聖母マリアを、あるいは純粋性や美、犠牲を象徴することもあります。祈りに使う道具もロザリオと言います。

ヒルマはそうした象徴性に共鳴しながら、「薔薇」という言葉の背後にある意味を、円や楕円、線、色といった抽象的な要素で描こうとしたのではないでしょうか。

5. 薔薇とは魂のかたちかもしれない

それは、花の形を描くことではなく、
香り、開き方、棘、色といった「花が持つ意味の総体」──
愛、痛み、成長、犠牲、美といった感情の象徴を、視覚的な言語で翻訳する試みのようにも感じます。

私が育てている薔薇🌹にも、言葉にならない“秩序”があります。
花びらの数、螺旋の並び、フィボナッチ数列、蕾の沈黙、香りの変化。
それらは私にとって言語ではなく、不思議なほど象徴として心に働きかけてくる存在です。

ヒルマは、そうした“象徴”を、色と形とリズムで描こうとした、
輪郭を持たない魂の花を、絵画という手段で可視化しようとしたのです。

つまり、ヒルマにとって「薔薇」とは、植物の姿ではなく、
魂が宇宙の中でどのように開花し、変容していくかの比喩だったのではないでしょうか。

ヒルマ・アフ・クリント
WU/薔薇シリーズ No.6
ヒルマ・アフ・クリント財団蔵

6. まとめ:薔薇を“感じる”ために、私たちにできること

ヒルマ・アフ・クリントの描いた「薔薇」は、目で見るものではなく、心で感じるもの。
私たちが日々眺める花の中にも、彼女が見つめたような“内なる秩序”が存在しているのかもしれません。

一枚の絵が、ただの植物ではなく、魂の旅路の記録となりうるということ。
──それは、絵画が祈りや黙想のかたちになり得ることを、私に教えてくれたのです。

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