【建築レポ65】舟の絵が語るメッセージ ~新島襄旧邸~
先日新島旧邸を訪れた。
ここは同志社の創設者である新島襄と妻・八重が晩年を過ごした住宅である。

場所は京都市上京区にあり、1878年(明治11年)頃に建てられたとされる。
木造2階建ての和風建築に洋風の手法を取り込んだ造りが特徴で、1985年には京都市の有形文化財に指定されている。
当時、日本は急速に近代化を進めており、この住宅も宣教師としての活動拠点であると同時に、私的な生活の場としての役割を担っていた。
また、多くの来客を迎え入れ、教育やキリスト教思想を広める交流の場としても用いられていた点が印象的である。
建物は和風を基調としながらも、西洋の要素を取り入れた和洋折衷の造りとなっている。
とりわけ洋室は応接や談話の場として使われ、椅子や机といった西洋家具が置かれていたが、壁の上部には障子戸が設けられており、日本的な柔らかな光を取り入れる工夫がなされている。

このような構成は、西洋文化を取り入れつつも日本の生活様式と調和させようとした当時の姿勢をよく表している。
生活空間にも興味深い特徴が見られる。
台所は従来の土間ではなく板張りで、衛生面や作業効率の向上が意識されている。

また、井戸が屋内に設けられているため、天候に左右されずに水を確保でき、日常生活の利便性が高められていた。

さらに、当時としては先進的なセントラルヒーティングが導入されており、建物全体を効率よく暖める工夫がなされていたことも印象的である。

このように新島旧邸は、日本の伝統と西洋の技術が融合した住まいであり、新島襄の合理的で開かれた精神を今に伝える貴重な建築である。
同時に、人々が集い、語らい、学び合う場として機能していた点にも大きな意義があり、当時の先駆者の生活を具体的に感じ取ることができる場所であった。

ここで私はあることに気づいた。
先駆者たちの家には共通して「舟」の絵が飾られていることである。

なぜ舟の絵なのか。
その答えが、新島旧邸の中にあるように思えた。
舟といえば、貴船神社の「船形石」や「七福神の宝船」、さらには旧約聖書の「ノアの箱舟」を連想させる。
また、新島が密航してまで渡ったアメリカで得た様々な知識や経験は、彼が大きなことを成し遂げる原動力となった。
人生を「航海」にたとえることがある。
そして、新しいことを始めることを「船出」ともいう。
人生において挑戦することの大切さ。
それを「舟」というモチーフで表しているのではないだろうか。
いずれにしても、先駆者の建築物は興味深い。
そして、歴史的建築物を訪れる面白さを、あらためて感じさせられた新島旧邸である。
