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「ハーバーマスよ、そのコーヒーはどこから来た?」ー哲学者ニキータ・ダーヴァンのインタビュー

昨年はフランツ・ファノン生誕100年記念に関連して世界各地でイベントが多く開かれたが、日本でもアシル・ムベンベの新著が刊行されるなど、今、あらためて非西洋圏の思想・哲学に注目が集まっているといえる。こうしたポスト・コロニアル議論再燃の背景には、昨今のアメリカ合衆国はもちろんヨーロッパ諸国に対する深い政治的失望があることは否めない。

ところでドイツ語圏(ドイツ・オーストリア)に限っていえば、いわゆる「哲学」と呼ばれる分野において、これまでポスト・コロニアル理論の存在感は決して大きくなかったように思う。哲学が現実の問題や歴史に無関心であったということではない。20世紀以降の思想家の多くが、人類によって引き起こされた惨禍の数々 ー 世界大戦、ナチズム、ホロコースト、全体主義、資本主義(産業)社会、テクノロジー etc. ー に向き合うことを、自らの思索の軸に据えてきた。

だがその一方で、ヨーロッパによる植民地支配の歴史と、その現代的な余波、つまり「ポスト」コロニアルな状況という問題に関しては、ドイツ語圏の現代思想はそれほど多くの労力を払ってこなかったのではないか。ドイツはフランスやイギリス、スペインのように植民地支配の当事者ではなかった、という(歴史的な事実とは異なる)自己理解が、ある種の免罪符として機能してきた可能性もあるだろう。ポスト・コロニアル理論は、社会学や文化人類学、カルチュラルスタディーズやジェンダー理論など、いわば「ソフト」な学問領域に関わることであって、長い伝統を持つフィロゾフィーには無関係であるといわんかのごとく…

こうしたなか、ドレスデン工科大学で政治哲学を教えているインド出身のニキータ・ダーヴァン(Nikita Dhawan)教授の仕事はとくに目を引く。ダーヴァンは、伝統的な政治哲学という領域にあって、カントをはじめとする近代啓蒙思想の源流に立ち返りつつも、ポスト・コロニアル理論の成果を積極的に取り入れている稀有な存在であるのだ。

以下は、彼女の著書『Die Aufklärung vor Europa retten』(英語版は「rescuing the enlightment from europa」)【啓蒙をヨーロッパから救い出す】のドイツ語版刊行にあわせて、2025年にオーストリアの「スタンダード」紙上で行われたインタビューの私訳である。粗い訳で恐縮だが、とりあえずその思考の一端を伝えることができたら幸いである。




STANDARD:カントの生誕 300 周年を迎えた昨年、啓蒙主義の重要な遺産について多くの議論がなされました。しかし、あなたは啓蒙主義の「有害な遺産」について語っています。これはどういう意味でしょうか?

Dhawan: ポストコロニアル理論は、反啓蒙主義的であるとよく非難されてきました。私はまず、この非難に反駁したいと思いますが、その際重要な手がかりとなるのがカントです。カントは私にとって啓蒙主義の最も重要な人物の一人であり、啓蒙主義について非常に優れた定義を与えてくれました。「啓蒙主義とは、人間が自らの責任による未熟状態から脱することである」と。カントは聡明で、ポストコロニアル理論にとって欠かせない存在でした。「いかなる差異が重要なのか」という問いに対し、カントなら「そのような差異は存在しない。私たちは皆平等である」と答えたでしょう。今日では、この答えはごくありふれたものに聞こえます。しかし、当時すべての人間に人間としての尊厳を認めることは、革命的なことでした。肌の色も、宗教も、性別もそれとは無関係だということです。

同時に、カントは人種差別主義者、性差別主義者、反ユダヤ主義者でもありました。私は、啓蒙主義の重要な象徴であるカントのこの矛盾について説明することで、ポストコロニアル理論は基本的に啓蒙主義の伝統に立脚していることを示したいと思います。啓蒙主義やカントを批判することは、それらを真剣に受け止め、再活性化することなのです。

STANDARD:あなたの新著のタイトルにあるように、なぜ啓蒙主義はヨーロッパから救い出される必要があるのでしょうか?

Dhawan:カントの「世界市民権」と「コスモポリタニズム」の概念を例に挙げてみましょう。この概念によれば、すべての人はもてなしを受ける権利があります。しかし、カントの世界市民権は、植民地主義の時代にすでに侵害されており、カントもそれを批判しています。カントは当時、ハンナ・アーレントが「帝国のブーメラン」と呼んだ考えを先取りするかのように、ヨーロッパ人は他者を奴隷化することで自らを非人間化していると述べていました。哲学者スーザン・ニーマンは、カントは反植民地主義者 (antikolonial) であり、親植民地主義者 (prokolonial) ではなかったと述べています。私もこの意見には一部同意します。しかし同時に、カントは「不当な敵」に対しては、彼らが無意味な自然状態に存在し、それによって国際秩序と世界平和を脅かしているため、暴力を行使してもよいと書いています。これは矛盾しています。

このような両義性は啓蒙主義全体にみられます。啓蒙主義は、フランス革命やハイチ革命、マルクス主義、社会主義、フェミニズムなどの解放運動に影響を与えました。しかし、同時に奴隷制度、大量虐殺、環境破壊も正当化しました。これが私が「有害な遺産」と表現しているものです。

STANDARD:あなたは啓蒙主義とポストコロニアル理論を融合させたいということですね。その最大の障害は何でしょうか?

Dhawan:最も苛立たしいのは誤解です。ポストコロニアル (postkolonial) 理論とデコロニアル(dekolonial) アプローチの間には論争があります。デコロニアルの思想家は、近代性を断固として拒否し、脱植民地化を「認識論的不服従」および「認識論的分離」と理解しています。しかし、その際ポストコロニアルとデコロニアルのアプローチ間の違いは無視されてしまうことが多いです。

STANDARD:そして、10月7日のハマスによるテロ攻撃以来、ポストコロニアル理論は反ユダヤ主義的であると批判されることが多いですね。

Dhawan:ええ、しばらくの間、ポストコロニアルブームがありましたが、今では逆風に見舞われています。特に2023年10月7日以降のことですが、それが初めてというわけではありません。2012年にジュディス・バトラーがアドルノ賞を受賞した際には、ポストコロニアル理論、ポストコロニアル・フェミニズム、インター・セクショナル・フェミニズムは反ユダヤ主義的であるとの非難の声が上がりました。2019年には、反ユダヤ主義であるという非難がアシル・ムベンベに対して向けられました。

この問題は、ドクメンタ2022によってさらにエスカレートしたと言えるでしょう。右派活動家のクリストファー・ルフォは、アカデミズムの「脱植民地化」(Dekolonisierung) やブラック・ライヴズ・マター、社会主義民主同盟などを非合法化し、「政治的に不可触」なものにする必要があると主張しました。これは、ポストコロニアル理論やポストコロニアルなクィア・フェミニスト的視点に対する体系的な戦略が存在することを示すよき例です。

STANDARD:
しかし、この批判は何もないところから出てきたわけではありません。10月7日に起きたユダヤ人女性に対する残虐な性暴力に関するジュディス・バトラーの発言は、相対化と捉えられても無理はありません。

Dhawan:ポストコロニアル理論やクィア・フェミニズムを批判する多くの人々が、その理論に関する文献をまったく読んでいないことに、私は非常に苛立ちを覚えます。こうしたことが原因で、さまざまな視点から細分化された分析や、ニュアンスに富んだ議論が妨げられているのです。その結果、粗雑な均質化と、煽情的なクリックベイトが横行しています。

たとえば、バトラーがアドルノ賞の授賞式で反ユダヤ主義の非難を受けたとき、バトラーは『Zeit』誌に長い論考を寄せ、自分がなぜ誤解されているかを明らかにしようとしました。私はバトラーを擁護したいわけではありません、それはバトラー自身がすでに何度も試みてきたことですので。私は本の中でもバトラーについて詳しく論じてますが、バトラーに同意していない部分も多くあります。はっきりと反駁している箇所もあります。ですが、私が問題にしているのは、こうした十把一絡げな議論や矛盾です。

STANDARD: どのような矛盾のことですか?

Dhawan: 政治情勢がいかに困難であるかを示す 2 つの例を挙げましょう。10 月 7 日の直後、反ユダヤ主義的なスローガンを唱えたと非難されたパレスチナ支持のデモ参加者に対する警察の暴力に対して多くの批判が寄せられました。その少し後の10月12日、カタール首長がガス取引のためにドイツを訪れました。ドイツは数年前からサウジアラビアとカタールからガスを購入しています。

2022年6月、当時のオラフ・ショルツ首相は、反ユダヤ主義の非難を受けて、ドクメンタには参加しないと発表しました。報道発表によると、彼は過去30年間、ドクメンタを見逃したことはなかったが、今回は訪問しないとのことでした。しかし、その直後、2022年9月、彼はガス取引のためにサウジアラビアを訪問しました。カタールもサウジアラビアも、イスラエルの存在権を認めていません。イスラエルのパスポートでは、カタールやサウジアラビアに入国することはできません。これは大きな矛盾です。

また、10月7日以降、ラテンアメリカとアジアのすべての国がイスラエルとの連帯を表明したことについても、ドイツのマスメディアではほとんど報じられていません。この点は全く明るみに出ていません。

スチュアート・ホールの次の発言は、この状況をよく表しているといえるでしょう。「英国人は、黒人を嫌っているから人種差別主義者なのではなく、黒人なしでは自分たちが何者なのかわからないから人種差別主義者なのだ」。ドイツ語圏でも同じような状況が見られます。移民の悪魔化や「輸入された反ユダヤ主義」といった言説は、ヨーロッパ人は ー 移民とは異なり ー 反ユダヤ主義に反対しているということを世界、そして何よりも自分たち自身に対して証明するために機能しているといえます。

STANDARD:それでは反ユダヤ主義の非難の例をもうひとつ挙げさせてください。ポストコロニアル理論の形成に重要な役割を果たしたガヤトリ・チャクラヴォルティ・スピヴァクは、パレスチナ人による自爆テロを「可能な抵抗」と呼び、イスラエル人への殺害をまったく考慮しなかったという批判を受けました。

Dhawan: この「・・・とスピヴァクは言った」、「・・・とバトラーは言った」という表現が問題なのです。教師のように説教したくはありませんが、私は学生たちにいつもこう言います。文章は注意深く読み、理解しなければならない、と。そうしなければ、印象的な表現に拘泥してしまう危険があります。スピヴァクは、自分が平和主義者であることを何度も繰り返し述べています。

文学者のエドワード・サイードはパレスチナ出身であり、反ユダヤ主義的な暴力を称賛したとして非難されたこともあります。しかし、彼はこう述べています。「われわれがユダヤ民族の苦難を認識せずして、世界がパレスチナ人に連帯するなどと期待することはできない」と。サイードの著作がアラブ世界とイスラエルの両方で検閲されたのは偶然ではありません。

特に私は、ユダヤ系知識人が反ユダヤ主義の誹りを受けることに疑問を抱いています。これはドイツでも、オーストリアでも絶えず起こっていることです ー 昨年のウィーン音楽祭でのオムリ・ベームの件が思い出されます。スーザン・ニーマン、マーシャ・ゲッセン、ジュディス・バトラー、エイアル・ワイズマン、そしてオムリ・ベームもそう。この列挙をさらに続けていくこともできますが...彼らは数々の賞を授与された後、ある日突然、反ユダヤ主義者として悪魔のように扱われるようになりました。こうした状況を見ると、一体彼らは事前にテクストを読んでいたのだろうかという問うてみたくなります。ハンナ・アーレントですら、今日ではハンナ・アーレント賞を授与されることはなかったでしょう。彼女のイスラエルに対する政治的立場とシオニズムに関する見解から、ドイツとオーストリアではおそらく「キャンセル」されていた可能性が高い。この皮肉が効力を失わないことを願っています。

STANDARD:ヨーロッパが自らの植民地支配の歴史についてほとんど注意を払ってこなかったというのは、現在どのような点に表れていると考えますか?

Dhawan:これついてはいくらでも話すことができますが、少ない例に留めておきましょう。たとえば賠償に関する議論を考えてみましょう。ドイツから返還されたベナン青銅器が、かつてのベナン王国の王家の現在の首長にあたる人物に引き渡されたとき、ドイツでは激しい批判が起こりました。ナイジェリアの人々が、返還された青銅器を博物館で見ることはできなくなってしまうだろう、というものです。ここにはっきりと表れているのは、ヨーロッパの優越意識と権力の不均衡性です。つまり、誰が何かを返してもらうに値するのかは私たちが決めるのだ、という発想です。

あるいは、国際協力の例を挙げてみましょう。今日では、開発援助ではなく、開発協力という表現が使われています。しかし、それでもなお、条件づけは無くなっていません。あるいは、COVID-19 パンデミックの最中にみられたワクチン・ナショナリズムについて考えてみましょう。ヨーロッパでは 2 回目、3 回目のワクチン接種が可能でしたが、アフリカでは、医師や医療従事者でさえ 1 回目のワクチン接種を受けられていません。当初、特許は解放されると言われていたにもかかわらずです。

STANDARD:ヨーロッパ諸国では、「ヨーロッパの価値」や「私たちの価値」という言葉が、とりわけ移民をめぐる文脈でしばしば語られます。しかし、それは本当に「私たちの」価値にすぎないのでしょうか。

Dhawan:ヨーロッパ人は、自ら掲げる価値を絶えず踏みにじっています。レトリックの上では、いつも自由、平等、正義、民主主義、人権、世俗主義、法の支配について語られます。ですが、そうした価値は日々、ヨーロッパの内部においても、また世界のいたるところでも侵害されています。たとえば、ドイツが国境で難民申請をこれ以上受理しなくなったというニュースを私たちが目にするとき、それは世界市民主義やコスモポリタニズムの価値に対する裏切りです。これは嘆かわしい、失望をともなう事態です。だから私は、「ヨーロッパの脱幻想化」(Entzauberung Europas) についても語っているのです。

STANDARD:あなたは、南の国々が啓蒙主義を支えていたと繰り返し述べています。これはどういう意味ですか?

Dhawan:私の元同僚であるユルゲン・ハーバーマスは、公共性について語る際にカントを参照し、たとえばカフェー・ハウス(喫茶店)を熟議民主主義が生まれた場と捉えていました。ですが、カフェー・ハウスがヨーロッパ啓蒙思想の誕生の地であるならば、私たちはこう問わなければなりません。そのコーヒーはどこから来たのか?その砂糖は?啓蒙思想を陰で支えていたのは誰であったのか?

フランツ・ファノンは、ヨーロッパは文字通り植民地の産物であると指摘したわけですが、これは過去の話でなく、現在にも当てはまります。私たちがコーヒーを飲んだり、チョコレートを食べたり、綿の服を着たりするたびに、私たちの服はすべてバングラデシュにある劣悪な環境下の工場やメキシコの輸出加工工場(マキラドーラ)で生産されています。私たちの生活は、今なお搾取構造に依っているのです。誰もが非人間的に扱われることなく、排除されることなく、すべての人々が人間の尊厳を享受できる、公正な世界を生きたいと願うならば、グローバル・サウスだけでなく、グローバル・ノースの脱植民地化という課題も真剣に受け止める必要があるでしょう。
(Beate Hausbichler、2025年5月14日)


*付記 (2026年5月19日)
本記事について、Standard社より翻訳の許可をいただいた上で掲載させております。

原文のインタビュー記事はこちらから:


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