「変な球団」と「変な応援団」が出会ったら。――近江豪勝連合10年目の現在地
ザインPです。滋賀ハイジャンプスと近江豪勝連合。多分独立リーグ(地域リーグ)でもほとんど例が無い、「応援団の冠開催」を行った近江豪勝連合。なんでやったの?と、その特異性について思った事をNoteにまとめようと思う。
既存の野球チームではあり得ない「変なやつ」
まずは、近江豪勝連合のことを振り返っておこう。
2016年。「滋賀ユナイテッドBC(滋賀県民球団)」のルートインBCリーグ準加盟参入と、ほぼ時を同じくして「近江豪勝連合」は誕生した。「近江豪勝連合」を名乗っての活動はもう少し先ではあるが、2016年7月の時点で「BCリーグ滋賀球団を応援する私設応援団」は産声を上げている。
そして2017年3月。筆者は滋賀ユナイテッドBC最初の対外試合へ出向き、旗を振った。観客は約5人。桜井広大コーチ(当時)の追っかけか、自分のような物好きか。それくらいしかいない球場で、滋賀の応援はひっそりとスタートした。
そして2017年4月8日、皇子山球場。

BCリーグ本加盟初年度の公式戦初戦から、本格的な応援活動が始まった。2019年以降は、新型コロナウイルスによる無観客試合を除き、全試合で団員が試合を見守ることを続けている。応援活動そのものを行わなかった試合はある。それでも、誰かが球場にいた。
滋賀ユナイテッドBCから数度のチーム名変更、運営母体の変更。そして、滋賀県から独立リーグ球団そのものが消えた2023年、2024年。
それでも近江豪勝連合は、滋賀県、いやもしかしたら一部では独立リーグの応援の「変な先駆者」であり続けてきたと思っている。
原動力は「目立ちたがり」
2020年。コロナ渦によって、野球応援のスタンダードは一変した。独立リーグも例外ではない。「声を出す応援」の禁止・制限。ドラム、トランペット、笛などの鳴り物禁止。
それまで当たり前だった「野球の応援」ができなくなった。だから各団体は知恵を絞った。





「どうにか選手に盛り上がりを感じてもらえないか」「どうにか応援を届けられないか」という思いから生まれたものだった。そんな中で、ある意味で近江豪勝連合が一番輝いた瞬間が、「長谷川ダンス」「マイクで煽り倒すスタイル」「横断幕」
だったのではないかと思う。何も無いから、何かやる。これらを準備して1試合やり切る原動力は何なのか。たぶん、間違いなく、
「目立ちたがり」
なのだと思う。自分たちの団体の存在を世に示す。応援団を「応援団」たらしめているのではないか、と感じることがある。
球団の休止期間、何をやったのか
NOLが2022年シーズンをもって解散。2023年、日本海リーグ(NLB)とベイサイドリーグ(BSL)に分かれた。そのどちらにも「滋賀」と「福井」の名前はなかった。いや、選手とかハイエースとかは滋賀だったり、球団の中身はだいたい福井だったりしたけど。
とにかく、滋賀のチームは活動休止、事実上の消滅となった。
筆者は転職をした。そして「休止期間」と称して、他の独立リーグ応援団の手伝いをしていた。今になって考えると、このときの行動は中途半端な応援屋としての「終活」だったのかもしれない。
「俺は滋賀の団にいたんだ」そんな心のアピールを、遠い栃木県でしていた。
ところが2025年。滋賀に野球チームが帰ってきた。
滋賀ハイジャンプス。
しかも、その運営母体を率いるのは、かつての戦友「大八木大介」だった。そして驚くことに、当時の団員は誰一人として抜けることなく戻ってきた。そこには自分を含め、
「滋賀球団への、捨てるには惜しい愛情」
「郷愁」
「大八木氏への希望」
があったのではないかと思っている。だからこそ、滋賀ハイジャンプスという球団は面白い。一度なくなったものが、違う形になって帰ってきた。
我々は今、ある意味では「奇跡」を体感している。
球団の型破り――デュアルキャリア+ターゲットは「子供」
滋賀ハイジャンプスの選手は「デュアルキャリア」として生活を送っている。「野球選手としての収入だけではなく、自分自身でも稼ぎながら野球をする」
という形だ。自分で会社に所属する選手。球団の斡旋によって、スポンサーでもあり滋賀県民の生活に根付いたスーパー「ハズイ」などで働く選手。そして、自分と家族で会社を経営する選手兼監督。
この仕組みの面白いところは、「選手と一緒に働いている人たちが、その選手を通して球団を応援してくれる」ことである。
実際に、スーパーで働く選手の同僚が休日に野球場へやってくる。我々、近江豪勝連合の手拍子に乗って応援する。応援歌を歌う。琵琶湖の水を止める。
もちろん綺麗事だけではない。悪く言えば「球団が選手を雇用できるだけのお金を集められない」という側面も、少なからずあるだろう。しかし、滋賀ハイジャンプスが目指しているものは、単に「野球の試合を興行として見せること」だけではない。
「野球場という名のにぎわいを創出すること」なのだと思う。
ターゲットは「子供」
もうひとつ、滋賀ハイジャンプスの大きな特徴が「子供」を明確にターゲットとしていることだ。
まず、入場無料。無料だから、「学校帰りにふらっと寄った」「予定があったけど19時くらいからなら行ける」そんな人たちを拾うことができる。
そしてキッチンカー。今年はややトーンダウンしているものの、多い試合では守山を中心とした多数の店舗が集まる。これまでの滋賀球団では、なかなか考えられなかった光景だった。球場で「食べるものを選べる」。当たり前のようで、観戦体験としてはかなり大きい。
さらに全試合で自治体の協力を得て、管内の小中学校へ試合フライヤーを配布する。観客数への直接的な影響がどこまであるのかは分からない。
でも、以前の滋賀球団では、それすら十分にはできていなかった。
そして、子供向けイベント。パトカーが来る。自衛隊車両が来る。働くクルマがやって来る。

長蛇の列ができる。もはや野球はお飾り。「なんか働くクルマがいっぱい来るらしいぞ。その横で野球もやってます」
くらいの勢いでチラシを撒く。準加盟なのに4,358人(公称)を集めてしまった守山での「復活」試合。
「野球を見に来てください」ではなく、「とりあえず球場に来てください。野球もやってます」なのである。
これもまた、ある意味では「変な球団」だ。
1試合1伝説という「応援団の型破り」
一方、2026年の近江豪勝連合にはひとつの合言葉がある。
「1試合1伝説」
というものだ。普通に野球場へ来て、普通に野球を見て帰るだけではたどり着けない体験を見せる。そして、自分たち自身も体験する。例えば球場で油そば。七夕なら七夕限定の応援をする。「チューリップスタジアムだからチューリップ」。


当日限定で応援そのものを変えてしまうこともある。そして、その延長線上にあったのが 7月27日の「近江豪勝連合ナイター」
と言う位置づけであった。
なぜ「応援団」が冠試合をやったのか
当日何をやったのかについては、近江豪勝連合のブログを読んでもらいたい。
「そもそも、なぜ応援団が冠試合をやったのか」
ということだ。
そして、「なぜ滋賀ハイジャンプスと近江豪勝連合は、ここまで近い関係になったのか」
ということ。そこには、滋賀球団と近江豪勝連合だからこその関係性があるように思う。
近江豪勝連合は「変なやつ」だ
大学教員。工場の工員。薬剤師。農家。野球知らんけどトランペット吹きたいから入った謎のお姉ちゃん。
ただし、団員それぞれでやり方が違う。誰がリード、いわゆる「お立ち」を務めても個性が出る。逆にスタンダードなことをやると、それが個性になってしまう。
なぜか。ここが「挑戦を否定されない空間」なのではないかと思っている。
否定しないから、変なことをやる。出し切る。結果変なやつになる。
滋賀ハイジャンプスも「変なやつ」だ
まず代表。「もともと野球にはそれほど興味がなかったし、野球経験もないけど球団職員になった」という経歴。監督はドラフト注目選手に挙げられたこともある実力派。滋賀球団を立ち上げ、「野手兼投手兼監督」をやりながら、自分で会社も経営。
どんなやねん。選手も選手でおかしい。「独立何球団目?」というキャリアで妻子持ち、そして勤務先からエリア拡大のミッションを与えられ、エリアマネージャーとして働きながら独立リーグの選手やってるやつがいる。
海外リーグ経験者がいる。
理学療法士の資格を持ちながら、「ずっと138km/hをひたすらコースへ投げ分け続けられる」投手がいる。
高校、大学で「応援団長」を務め、「アンダースローの最終兵器」だった男が、滋賀ではコーチになってノックを打っている。そして勤務先で魚をさばくのがうまい。
なんなんだ、この球団。
変なやつ×変なやつ=もっと変?
なのかもしれない。近江豪勝連合も変。滋賀ハイジャンプスも変。
だったら、「俺たちがひっついたら、もっと面白いことができるんじゃないか」そんな思いから、冠開催を企画した。そして実際にやってみて思った。
応援する球団があるだけで幸せ と言う肯定感
2022年、滋賀GOブラックスは事実上の解散となった。
そして2025年の準加盟、2026年の本加盟まで、滋賀の独立リーグ球団は歴史から姿を消した。だからこそ思う。我々が滋賀ハイジャンプスを応援することに決めた理由の根底には、「応援するチームがあることそのものへの喜び」があったのではないか。そこに仲間がいる。球場へ行けば、いつもの人がいる。応援する選手がいる。勝ったら喜べる。負けたら悔しがれる。
それだけでいい。
一度チームを失った我々だからこそ、「応援する球団があるだけで幸せ」という感覚を知っている。
滋賀ハイジャンプスは、決して強いチームではない。個々の力を見れば、他球団より秀でている部分もあると思う。強いとは到底言えない。
それでもそこには、本気で野球をやって、本気で人生をもがいている奴らがいる。一度応援するチームを失った我々だから、その「もがく姿」が少し分かる。寄り添える。
そして、そのことは球団側にも伝わったのかもしれない。
独立リーグを支える「無償の愛」
今の独立リーグには、「無償の愛」が不可欠だ。独立リーグ最大の商品は何なのか。選手の本気度くらいである。その本気を支えるために、試合の移動のために、選手より一回り年上の農家のおっちゃんが、畑仕事やハウス作業の合間を縫って選手を球場へ送り迎えする。地域の飯屋が、選手のために大盛りの飯を作る。スポンサー企業が、選手を従業員として受け入れる。
なぜそんなことをするのか。彼らは「選手の本気」を買っているのだ。では、「ファンも本気だ」と伝わったらどうだろう。
そこにもコミュニティが生まれる。「今日は野球を見に行く」ではなく、
「ファンの○○さんに会いに行く」が観戦動機になったっていい。
「滋賀ね、あーザインPのとこな」「尊師(団長)のとこな」
選手との距離が近いと言われる独立リーグ。それでも、選手が戦っている場所は金網の向こう側だ。だったら、応援を通して、金網の外で戦うのは我々だ。その戦いを一緒にやろう。
無償の愛を、あと1人増やそう
我々みたいに金をかけろ、とはとても言えない。でも。「#滋賀ハイジャンプス」とつぶやく人が一人増えたら。新聞で「滋賀ハイジャンプス」という文字を見て、「あ、そういえば」と思い出す人が一人増えたら。
その一人が積み重なれば、球団が続く可能性は少しだけ上がる。
そして、選手たちが本気で挑戦できる環境が続く可能性も、少しだけ上がる。その「一人」を増やすこと。応援団って、そういう活動なのかもしれない。
今回の冠開催をやって、そんなことを思った。
反省
とはいえ、今回の冠開催。めちゃくちゃ投げっぱなしだった。笑段取り悪かったね。こちらからの押しつけになってしまった部分もあったかもしれない。
それでも、表現はできた。自分たちが何者なのか。滋賀ハイジャンプスをどう思っているのか。なぜここまでやるのか。それは、少なからず伝わったと思っている。そして当日の応援は、応援団だけではなくスタンド全部で戦った。その声が、手拍子が、空気が。明石選手の執念の同点タイムリーを生んだ、とは思う。
次はもっと上手くやろう。お客さんと一緒にやろう。
で、普通にしてたら普通になる。
NPBで味わえないものを一緒に。
