【連載22】営業支援AIを入れても成果が出ない理由——「体裁だけのAI提案」から抜け出すコンテクスト供給
Go-to-Market(GTM)にAIを導入したのに、成果が出ない。そんな声を、最近とてもよく聞くようになりました。営業支援のAIエージェントを入れ、提案書もフォローのメールもAIに任せられるようになった。それなのに、商談は思ったほど前に進みません。AIが出す提案は、文法も体裁も完璧です。なのに、なぜか刺さらない。その原因はモデルでも予算でもなく、自社の強みを「AIが読める形」で渡せているか、という一点にあります。そして最後には、強みをAIに渡すほど、その強みが真似されやすくなるという逆説にまで踏み込みます。
なぜ、あなたのAIは「自社の強み」を知らないのか
多くの企業でGTM AIが成果を出せていないのは、AIそのものの能力が足りないからではありません。Growth UnhingedとGTM Strategistが2025年にまとめた調査(「2025 State of B2B GTM report」n=195名)では、GTMリーダーの53%が「AIの効果はほとんど無い、あっても限定的だ」と答えています。大きな成果を実感できたのはわずか24%。それでいて、4人に3人が「AIを使え」という上からの圧力を感じている、という結果でした。導入は進んでいるのに、手応えがない。この静かなギャップこそ、いま多くの現場で起きていることではないでしょうか。
私がこの数字を見て思い出したのは、AIが書いてくる提案文の「完璧さ」でした。文法も体裁も整っていて、一見すると申し分ない。けれども、肝心の「その顧客が本当に困っていること」も「自社が競合と比べてどこで勝てるのか」も、どこにも入っていない。それはまるで、体裁だけを整えた模範解答のようなものです。見た目が整っているぶん、かえって中身の空白に気づきにくいのです。
では、なぜAIは自社の強みを語れないのでしょうか。答えは拍子抜けするほど単純で、私たちがその強みを「AIが読める形」で渡していないからです。頭の中や属人的な勘のなかにある強みは、AIには見えません。MITの研究チーム(NANDA)が報告書『The GenAI Divide: State of AI in Business 2025』でAI導入の失敗要因を分析した際も、多くの失敗の根には「コンテクストへの適応の欠如」があると指摘していました。AIは、与えられたコンテクストの外側にあるものまでは、推測してくれないのです。
「外に見せる」と「中で使わせる」は、別の仕事
ここで一つ、整理しておきたい区別があります。それは、AIに向けたコンテクストの供給には「外向き」と「内向き」の二つがある、ということです。外向きとは、買い手側のAI(生成AIの検索や要約)に自社を正しく見つけ、引用してもらうための最適化で、AEOやGEOと呼ばれます。いわば「外に見せる」最適化で、これは別稿で詳しく扱います。一方で本記事が扱うのは、その対になる「中で使わせる」仕事、つまり自社のGTM AIに正しく働いてもらうための内向きの供給です。
この二つは、素材の出発点が同じであるために混同されがちです。どちらもプロダクトマーケティング(PMM)が持つ一次情報、すなわちICP(理想的な顧客像)やポジショニング、競合比較を素材にします。けれども、加工の向きも、見るべき成果も、まったく異なります。外向きの成果は「どれだけ引用されたか」で評価され、内向きの成果は「AIの実行がどれだけ正確になったか」で評価される。同じ素材から出発しても、両者を同じものさしで測ってはいけない、というのがここでの要点です。

以前、法人向けソフトウェアの事業を率いていたときのことです。商談で勝てている理由は、実のところ一部のトップ営業の頭のなかにしかありませんでした。資料がなかったわけではありません。あったのに、担当者ごとに語る内容がばらつき、「なぜ勝てるのか」がチームの共有財産になっていなかったのです。そこで私は、勝てる理由と負ける条件を聞き取って一つの型に整理し、誰が話しても同じ勝ち筋をたどれる状態を作りました。いま振り返れば、あれは人に対する内向きの供給でした。受け手がAIエージェントに変わっても、暗黙のうちにある勝ち筋を引き出し、使える形に整えるという仕事の本質は、少しも変わっていません。
ポジショニングを「AIが読める構造」に翻訳する
では、その「中で使わせる」をどう作るのか。突き詰めれば、ポジショニングを構造に翻訳する仕事です。私はかねてから、PMMの本質は組織間の翻訳者だと言い続けてきました。開発の言葉、営業の言葉、顧客の言葉——それぞれ異なる言語を橋渡しするのがPMMの役割です。GTM AIの時代に加わったのは、そこに「AIが読む言葉」という第四の言語が増えた、ということです。Kotler & Keller(2012)『Marketing Management』が体系化したSTP、とりわけポジショニングの設計を、AIが解釈できる構造へと翻訳する。それが内向きの供給の中核になります。
ここで大事なのは、渡すコンテクストは「多ければよい」わけではない、という点です。実務家のMaja Vojeは「戦略もICPもブランドの声も、すべてAIに書き渡せ」と説きます。一方でAnthropicをはじめとするAIの作り手は「コンテクストウィンドウには、本当に効く情報だけを絞って入れよ」と説く。一見、正反対です。この矛盾は、ためておく場所と、実際に渡す場所を分けることで解けます。つまり、保存する側には強みを「全部」書き出しておき、AIが動くその瞬間には「必要な分だけ」を選んで渡す。全部持っておくが、全部は見せない、という設計です。

もう一つ、地味ですが効いてくるのが「置く場所」です。長いコンテクストをそのまま積み上げると、AIは中間に置かれた情報を取りこぼしやすくなります。だから、重要な強みほどコンテクストの冒頭か末尾に置く。本当に効くのは「何を、どの粒度で、どこに置くか」という中身の取捨選択です。私がAmazonで日本語レビューのタグ付けの仕組みを作ったとき、痛感したのはまさにこれでした。膨大なレビューという生のかたまりを、機械が読める構造へと変える。どの単位で、どこに、何をタグ付けするか——その設計を一つ間違えるだけで、後段の処理が総崩れになる。強みの構造化も、このタグ設計と同じ精度が問われる仕事なのです。
構造化に潜む、見過ごされがちな落とし穴
さて、ここまで読むと「では自社の強みを片っ端から構造化してAIに渡せばいい」と思えてきます。ところが、話はそう単純ではありません。むしろ、この記事で最もお伝えしたいのはここからです。強みを明示化・構造化するという行為そのものが、実は諸刃の剣なのです。
競争優位の議論では、模倣されにくさこそが優位の源泉だとされます。Barneyは1991年に、価値があり、希少で、模倣が難しく、代替も難しい資源こそが持続的な競争優位を生むという資源ベース理論(※1)を示しました。のちに彼はそこへ「組織」の条件を加え、VRIOフレームワークへと発展させています。そして模倣の難しさは、多くの場合、暗黙性や因果の曖昧さから生まれます。ReedとDeFillippiが1990年に論じたように、「なぜ勝てているのか、本人たちにもうまく言葉にできない」状態こそが、他社に真似されにくいのです。(※2)
お気づきでしょうか。強みをAIに渡すために明示化・構造化するという営みは、まさにその暗黙性と曖昧さを削ぎ落とす行為でもあります。明文化してひとまとめにした強みは、持ち出すのも、外へ漏れるのも、辞めた人が抱えて出ていくのも容易になる。つまり、AIに使わせるために強みを「組織として活かせる形」に整えるほど、その強みの真似されにくさは下がっていく。優位を強めようとする営みが、優位を守る壁を、みずから薄くしてしまうのです。ここが、私がいま最も注目している逆説です。

※1 Barney (1991) "Firm Resources and Sustained Competitive Advantage"
※2 Reed & DeFillippi (1990) "Causal Ambiguity, Barriers to Imitation, and Sustainable Competitive Advantage"
では、何が優位を守るのか
この逆説を前にすると、「では構造化などしないほうがいいのか」と身がすくみます。けれども、答えは後退ではありません。優位の置き場所を、正しいところへ移すことです。結論から言えば、守るべき優位は「一度きれいにまとめた強み」そのものではなく、それを更新し続ける力の側にあります。
DierickxとCoolが1989年に示した、資産は積み上げるものだという議論(※3) が、ここで効いてきます。彼らは、価値ある資産は市場で買ってこられるものではなく、時間をかけて積み上げるほかない、と論じました。だからこそ、他社がいくら急いでも、費やした時間だけは縮められず、簡単には追いつけない。同じことが、GTMのコンテクストにもそのまま当てはまります。一度整えた強みのまとまりは、放っておけば古びて、いずれ模倣されます。けれども、自社の事業と深く噛み合った形で強みを更新し続ける仕組みそのものは、時間でしか手に入りません。守るべき優位は、整えた中身そのものから、それを生み出し続ける力へと移るのです。
ですから、内向きの供給を競争優位につなげるには、三つの条件が要ります。
第一に、明文化した強みが外へ漏れない歯止めを設けること。競合比較の生情報を、外向きの発信にそのまま流用しない——こうした線引きは、単なる社内ルールではなく、優位そのものを守るために欠かせません。
第二に、一度作って終わりにせず、更新し続ける力そのものを育て続けること。
第三に、うまく渡せているかどうかを、成果とは切り離して見ること。「成果が出たのだから渡し方も良かったはずだ」という後付けでは、何も直せません。どれだけ構造化できているか、AIがどれだけ使っているか、といった手前の指標で確かめる必要があります。
この三つを実際に回すための出発点として、GTMコンテクストパッケージ・テンプレートを用意しました。ポジショニング、ICP、競合比較、メッセージングをAIが読める構造で書き出す本体と、詳細を別に持つための深部シートに分かれており、本文で述べた「ためる」と「選ぶ」の分離をそのまま形にしています。記入例と、書けているか・渡せているか・守れているか・回せているかを点検するチェックリストも付けました。Notionページとして複製しても、Markdown一式をそのままAIに渡しても使えます。是非使ってみて、フィードバック頂ければと思います。
現場に置き直せば、これは外からの伴走がなぜ効くのか、という話にもつながります。強みを一度きれいにまとめて納めるだけの支援は、その瞬間は役に立っても、更新が止まればすぐに古びます。効くのはむしろ、強みを整え、渡し、確かめ直す営みを、途切れさせずに回し続けること。優位が「続ける力」の側にあるのなら、価値を生むのもまた、その続きに寄り添うことのほうなのです。
※3 Dierickx & Cool (1989) "Asset Stock Accumulation and Sustainability of Competitive Advantage"
守るべきは、強みではなく「続ける力」
GTM AIが成果を出せない本当の理由は、モデルでも予算でもなく、自社の強みをAIが読める形で渡せていないことにありました。けれども、ただ構造化して渡せば勝てる、という単純な話には落とし穴があります。明示化は、模倣の壁を薄くしうるからです。だからこそ優位は、まとめ上げた強みそのものではなく、それを漏らさず、更新し続ける力の側に宿ります。
まずは、あなたの会社の「勝てる理由」が、いまAIの読める形でどこかに整理されているかを、問い直してみてください。おそらく、その多くはまだ誰かの頭のなかにあるはずです。そこを構造へと翻訳する一歩が、GTM AIをようやく戦力に変える起点になります。
このシリーズについて
「Velopont」は、テクノロジーとユーザーを長年繋ぎ続けてきた飯嶋が、MBAの学びと合わせてPMM/GTM戦略の実践知を発信するシリーズです。
GTMコンテクストパッケージ・テンプレートのダウンロード
本文中で紹介した、自社の強みをAIが読める形に書き出すためのテンプレート一式(Notionページ+Markdown)のダウンロードはこちらです。
合同会社Velopontについて
合同会社Velopontは、飯嶋が代表を務めるGTM戦略・プロダクトマーケティングを支援するコンサルティングファームです。製品や事業成長に課題をお持ちの方、無料相談を受け付けています。お気軽にご相談ください。
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