声量は爆弾である〜高校生のためのミュージカル歌唱コンクール
先月、昭和音楽大学主催「高校生のためのミュージカル歌唱コンクール」というのを観てきた。
このコンクールの存在を知り、観たいと思いながらも昨年は予定が合わずに行けなかったが、第4回の今年は満を持して行ってきた。
コンクール(本選)は誰でも入場自由で入場無料。なんと太っ腹なことである。
コンクールの舞台は学内にある「テアトロ・ジーリオ・ショウワ」というオペラハウス。今年の春にはここでドヴォルザークを聴く機会があったが、1300席を越える大変に綺麗なホールだ。
その大きな舞台に立ち、ピアノ一台を頼りにマイクなしで歌う高校生たち。
ひたむきに歌う。
一生懸命歌う。
観客に伝われとばかりに身振り手振りで歌う。
なんともかわいらしく、そして本人たちが意識するしないにかかわらず、とても健気である。例えるならば、巣立ちを控えた小燕が大空に向かってピピィーと力いっぱい囀る姿に重なる。
出場者二人目にして私はうっかり涙腺が緩んでしまった。年寄りなのであちこち緩いのもあるのだが、それだけではない。
このコンクールの少し前に、NHKドラマ「シミュレーション」で、学徒動員のフィルムを見たり、若い素晴らしい頭脳が戦争のために利用されるのを見たものだから、若い人が自分の好きなことをのびのびとやっていられる環境で本当によかったと、ハゲシク心揺さぶられてしまったのだ。
感情の揺れが忙しいのは若い人だけではないのだ。シニアもさほど動かない表情の下で揺れ動くお年頃なのである。
「まあ、お孫さんを見て感激してるのね」と周囲は思ったかもしれない。
まだ歴史の浅いコンクールだということもあるのだろう。
客席に座る観客はほぼ身内という感じだ。私のように「全く関係ない」のに涙ぐんでいる客は珍しいはずだ。だが、誰かの祖母だと思われている可能性もあるので無問題である。
客席で身内が我が子、我が孫の舞台をハラハラと見守っている風なのが、家庭的な雰囲気を醸し出す。歌い終えた出場者がほっとしたように、家族の元へ戻ってくるのもいい眺めだ。
本選に出ていた高校生は全員女性で、やはりミュージカルはまだまだ女性の方が馴染みがあるのかなと思う。
配布パンフレットを見ると、在籍高校が芸術学科の生徒さんも多く、このような場所に出てくるぐらいだから個人的にもレッスンを受けているのだろう。
会場の入り口に「身振り手振りで指導するような場合は客席を出ていただきます」という意味の注意書きがあり、なるほどと納得する。
先生が思わず客席で熱血指導してしまいそうになるのも、想像すると、それはそれで人間味があって面白いなと思う。(実際にやらかしたらダメだけれど)
本選出場者はすでにお仕事で舞台に立っている方もいて(ご本人のインスタなどでの情報)、みなさん、お上手だ。
破綻なくきちんと歌うし、声も可憐だったり、清潔感があったり、耳に心地がいい。衣装や動きなども工夫して、「見せる」ということも十分に考えている。
その中で、「ああ、うまい」ってこちらが思う理由ってなんだろうとふと考える。
声が美しいことだろうか。
でも俗に美声とは言われないハスキーな声が好きな人もいるし、声が美しいに越したことはないが、美声が必ずしも歌がうまいというわけでもないだろう。
では歌唱力か?
今回「The Sound of Music」を歌う出場者が多かったが、私は島田歌穂さんがこれを歌うのを聞いた時のことを鮮やかに思い出す。
彼女の歌で本当に小川のせせらぎが聞こえ、風が流れ、木々の葉がそよぎだし、雲雀が歌うのが聞こえた。
脳裏に、まるで触れられるかのようにまざまざとその情景が浮かんできた。
ミュージカルは語るように歌えというらしいが、あれほど歌で情景を描ける人の歌声を初めて聴いたとさえ思った。
ただそれはキャリアの浅い高校生にはまだまだ無理な技術だと思う。
ならば、なんだろう?
ただ一つ、これは絶対に必要と思ったのは声の量だ。
マイクを使っていないことは大前提としてあり、身体が成長途上ということももちろんあるだろうし、私の聴力が衰えているのもある。だがそれらを考慮してもなお、彼女たちの歌声は総じて細く聞こえた。
クッキリと大きな声の出場者が出てくると、やはりそれだけで耳目を集める。
声が出る、声量があるというのは意図せずに強力な爆弾を持っているということだと思う。プロの舞台でマイクを使っていても、声量のあるなしは素人にも案外クリアにわかる。声量のある人はそれだけで、こちらをはっとさせる。
声が大きい、声が遠くまで届くというのは、すごい武器だ。マイクなしだと余計その重要性が感じられる。
松山千春がまだアマチュアだった頃、とてつもない声量で同じコンクールの出場者の度肝を抜いたらしい。
舞台で声が大きいというのは、絶対的に有利で、それだけで周囲から頭ひとつ抜けられる。
最後の講評でも、『マイクを使えば声の調整はある程度可能ですが、やはりしっかりした声を出すということが大事。下半身を鍛えて、体幹を強くして声をきちんと出すレッスンをしてください』というような意味のことを言っていた。
スポーツでも音楽でも「体幹」が大事なようだ。
もっとも舞台役者というのはある意味アスリートに近いストイックな鍛錬が必要だと思うので納得できる。
余談だが審査員の中に、佐渡寧子さんがいらっしゃった。
かつて彼女が演じた「オペラ座の怪人」のクリスティーヌや「レ・ミゼラブル」のコゼットを見たが、今は後進の指導に励んでいらしたのかと、懐かしくお見受けした。
来年もまた行けたらいいと思う。
そしてこの日歌っていた少女たちのこれからの日々が、美しいものであることを切に願いたい。
※テアトロ・ジーリオ・ショウワの写真を昭和音楽大学のHPからお借りしました。
