Better Co-being [シグネチャーパビリオン いのち響き合わせる]
人々の行動が世界とつながり、未来をつくる
現代は「未来への警鐘」と「分断された価値観」が交錯する時代である。気候変動などの地球規模の危機は、人々の意識と行動に変革を迫っている。デジタル技術の急速な発展は、新たな共創の可能性を示す一方で、分断を生む側面ももつ。2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)における「静けさの森」は、自然と人工物の共存を提案し、未来へのつながりを共創する場として構想された。
多様ないのちが響き合う象徴として生態系が招かれている「静けさの森」では、人工物に頼らず、自然の循環と共存する未来を模索し、移植による生態系の再生が未来への歩みを示している。シグネチャーパビリオン「Better Co-Being」は、いのちへの問いを深め、未来への共鳴を描く試みである。このパビリオンでは、自然と人間の調和を追求すると同時に、持続可能な未来を築くための新たな視点を提供する。
デジタル革命は人間の暮らしを根底から変えたが、監視資本主義やアルゴリズムによる格差拡大、プライバシー侵害などの危うい側面も目立つようになってきている。しかし、課題を直視した先にこそ、デジタル技術による価値創造の可能性がある。データの共有やつながりの可視化は、人と社会、自然、未来をつなぐ新たな回路を開き、これによって、異なる文化や価値観をもつ人々が互いに理解し合い、協力するための基盤が形成される。
「Better Co-Being」パビリオンでは、デジタル技術のもつリスクも踏まえつつ、これを「共鳴」の力へと転換し、未来への価値創造の基盤として再定義する。共鳴とは、単なる可視化や情報交換を超え、互いの行動や意志が折り重なり、新たな社会像を形づくるプロセスである。監視や統制の道具としてではなく、人間が主体的に多様な可能性に接続し、未来を共創する力へと昇華することが、デジタル革命の本質である。
また共鳴という言葉は、しばしば調和や連帯の理想として語られる。しかし実際には、共鳴にはズレやすれ違い、痛みや不在も含まれる。Better Co-Beingは、すべてが理解し合える世界を描くのではなく、むしろ共鳴できなさにとどまりながら、それでもなお他者とともに在ろうとする意志を肯定する構想である。
本パビリオンが提示するのは、具体的な未来の姿ではなく、多様な可能性である。未来には多様な可能性があり、理想の姿は時代や環境によって異なるが、大切なものとどのように向き合い、未来へ向かうのかという問いは普遍的である。テーマ事業「いのちを響き合わせる」は、デジタル技術の発展を通じて新たに重要となる「共鳴のなかで未来へ向かうあり方」を問いかける。この問いは、個々の価値観を尊重しつつ、共通の目標に向かって協力するための指針を提供する。
コンセプト「Better Co-Being」とは
デジタル技術によって人と人とのつながりが見えるようになり、持続可能な社会を意識した行動が人々に求められるようになってきている。一方で、デジタルは個々に寄り添うツールとしても力を発揮する可能性も有している。これまで「最大多数の最大幸福」しか目指せなかった社会が、「最大多様の最大幸福(皆が同じ形で幸せになるのではなく、考え方や生き方が違う人たち一人ひとりが、自分らしく心地よく生きられるようにする。そのために、社会全体が多様性を認め合い、それぞれの幸せが実現できるよう支え合っていく)」を目指すことができるようになってきたのである。一人ひとりの多様な豊かさと、未来への持続可能性の間で調和をとりながら歩む姿勢。これが「Better Co-Being」の目指す地平である。
しかし、そこに至る唯一の正解は存在しない。唯一の答えがない現代だからこそ、「何が正しいか」を断定するよりも、「私たちは何を大切にしたいのか」「どう生きるべきか」といった根本的な問いを持ち続ける姿勢こそが重要になる。つまりBCBにおけるbetterとは、「問いながら生きること」そのものが、未来と向き合い、共に創るための出発点であるという意思を示している。このような認識において、BCBは、人間だけでなく自然や社会、テクノロジーなど、あらゆる存在との「つながりの質」に注目し、それをよりよくするための新しい考え方や感じ方、生き方の枠組みを構想する。それはどうすれば他者や世界とよりよく関われるのかを、多面的に考え直すための視点である。
あらゆる存在との「つながりの質」を問い直す上で、BCBではco-beingという言葉を選択した。「co-being」に近しい概念の言葉はいくつもある。例えば、「becoming」や「conviviality」「co-existence」だ。しかし「becoming」を用いると、まだあるべき姿に至っていないとも捉えられ、現在を否定するニュアンスを含むことがある。また、「conviviality」は楽しむという意味をもつため、そうした仕組みをもたない植物や生物は「co-being」から除外されることになる。そして「co-existence」は、生物学的な観点からの生存の両立を意味するため、より狭義な意味となってしまう。一方で「co-being」は、「being」という表現を使うことにより、現在を否定しない。さらに、「co-」が付くことで、生命でない無機物や、植物、地球環境も対象としながら、つながり、未来へと向かうという概念を包含する。
BCBは、理想の状態をあらかじめ示すものではない。むしろ、共鳴できなさやすれ違い、翻訳できない想いを内包したまま、なお他者と響き合おうとする態度に、その可能性を見出す。問いかけ、関係し、揺らぎ、変容していく——この開かれた過程そのものが、「共にある」ことの実践なのだ。この構想の背後には、近代以降の思想的系譜がある。ジョン・ロールズが示した制度的公正の枠組み、マイケル・サンデルによる文脈的共通善の倫理、アマルティア・センのケイパビリティ・アプローチ、さらにはレヴィナスの他者倫理や、ハルムート・ローザの共鳴理論などがある。ただしBetter Co-Beingはそれらを単に引用するのではなく、「差異と関係性」を軸に再構成した構想であり、実践的哲学である。
パビリオンでは、こうした共鳴の可能性を、思想や政策だけではなく、空間と身体、光と風、言葉と沈黙を通して体験できる場として提示する。空を見上げ、誰かとすれ違い、違いに触れ、そこにとどまる。BCBとは、そうした瞬間に立ち現れる問いであり、未来とつながるための感覚の再発見でもある。私たちがどのように響き合い、未来をともに創造できるか。その問いに開かれた風景として、このパビリオンは存在している。
万国博覧会の会場における「Better Co-Being」
近代の万博は、大量生産・大量消費社会の象徴でもあったが、その構造が限界を迎えつつある現在、新たなビジョンを提示する責務がある。大阪・関西万博の「大屋根リング」、「静けさの森」は、多様な人々を包み込みながら、同じ空を見上げる体験を提供する。同じ空を共有するという行為は、潜在的に異なる背景の者同士が感情を分かち合う可能性を秘めている。この共通の視点を通じて、多様性を否定せずに未来を思い描くきっかけが生まれる。BCBの本質は、強制的な同質化ではなく、むしろ互いの差異を認めたうえで「同じ空」を共有することにある。この体験は、異なる文化や価値観をもつ人々が共に未来を築くための基盤となる。
SANAAが設計したBetter Co-Beingパビリオンは、森と溶け合うように佇む空間である。従来の建築的枠組みである天井や壁は設けられておらず、シルバーのキャノピーが空間を覆う。キャノピーは雲のように軽やかに浮かび、風雨を遮断するものではない。その不完全さこそが、このパビリオンの理念を象徴している。自然から人々を遮断し、空間を隔てて意味づけを行う建築の機能も重要だが、ここではむしろ、開かれた構造によって人と自然のあいだにある感性を立ち上げる場を創出している。
キャノピーを通して見上げる空は、いつもとは違う表情を見せる。太陽や雲の動きがそのまま反映され、空の色の微細な変化が立体的に知覚される。曇りの日には空と一体化し、夜には宇宙の一部のように神秘的に浮かび上がる。この「空を共に見る」という行為は、万博会場や「静けさの森」のアート群に共通するものであり、「Better Co-Being」の中核をなす体験でもある。人は空を見上げながら、自らの立ち位置や、他者との関係、そしてまだ見ぬ未来と向き合うことになる。
なぜ、それをアートや建築、空間体験として表現する必要があったのか。それは、知識や理念の共有だけでは触れることのできない次元——感性や身体性によって立ち上がる共鳴——が、持続可能な社会の構想にとって不可欠だからである。Better Co-Beingは、思想や政策としてだけでなく、光や風、沈黙や声、空を見上げるという身体行為のなかに実装されている。


未来への道しるべとなる共鳴の体験
「静けさの森」と「Better Co-Being」パビリオンは、人と世界、そして未来を結ぶ共鳴の実験場である。デジタル技術による分断や監視の危うさ、自然環境の破壊や資源の枯渇は避けられない課題だが、ここではそれらを直視し、多様な価値観とテクノロジー、自然や生態系と響き合う道筋を提示する。
パビリオンの作品群と空間体験が描くのは、デジタル革命を経て生まれる新しいつながりと共鳴の可能性である。声を重ね、互いの違いを認め合い、意志を紡ぐことで、未来への新たな道筋が開かれる。共に空を見上げ、目には映らない多様な結びつきを共有することで、人は自らの立ち位置を見出し、社会の在り方を問い直す契機を得る。
私たちはこの場を後にするすべての来訪者がその共鳴を胸に刻み、日々の営みへとつなげていくことを願っている。この体験を通じて、参加者は新たな視点を得て、未来へと向かうことができるかもしれない。「Better Co-Being」パビリオンは、単なる展示やイベントの場を超え、未来を共に創造するための実験的な場として機能する。
さらに、「Better Co-Being」の理念は、教育やコミュニティ活動にも応用可能である。教育現場では、異なる文化や価値観をもつ生徒たちが互いに学び合う機会を提供し、共感と理解を育むことができる。また、地域社会においては、住民同士が協力して地域の課題に取り組むためのプラットフォームとして機能する。これにより、地域全体が一体となって持続可能な未来を築くための基盤が形成される。
未来が不確かな時代において、何が正しいかを一つに定めるのではなく、問い続ける姿勢そのものが、未来と真摯に向き合い、共に創っていくための出発点となる。 Better Co-Beingとは、単なる理念や政策にとどまるものではない。「誰と生きるのか」「どのように響き合うのか」「どんな未来を手渡すのか」といった根本的な問いを、空間、制度、身体といったあらゆる次元で問いかけていく「開かれた実践」である。
歴史の中で紡がれてきた体験と共鳴するBetter Co-being
Better Co-beingという考え方は、様々な地域で大切にされてきた考えや表現との間に共通点を見出し、異なるコミュニティ同士を共鳴させる側面も有する。
例えば、レオナルド・ダ・ヴィンチの描いた「モナリザ」の解釈を考える。近年提唱された学説では、「モナリザ」はダ・ヴィンチがそれまでに活動してきた要素を組み合わせたものと言われている。スケッチにも多数残されている解剖学、背景を描く地質学や光学、被写体の輪郭を柔らかくするスフマート技法、感情や心理状態の表現など、ダ・ヴィンチの全ての活動が、最終的に「モナリザ」に集約されているという説だ。ここではこの学説に基づいて、解釈を行う。
ダ・ヴィンチは果たして、生涯をかけて表現した「モナリザ」で何を伝えたかったのだろうか。神や聖母ではなく、当時の基準から見てもとりわけ美しいというわけではない普通の女性と微笑みを交わす体験。これは、人類がコミュニティをつくり、文化を紡ぎ始めた古代から、今後1万年以上先の未来にも共通する普遍的なコミュニケーションではないだろうか。人と人が肯定的な感情で結ばれる。それは、生まれたばかりの赤子が母親、つまり赤子の弱い視力でも見える重要他者と交わす微笑みだ。肯定的な感情で世界と結ばれる体験は、個の人格の基底を成し、世界とのつながりをつくり続ける。また、群であるコミュニティの基底を成すのも、そうしたポジティブな感情の中で人と人を結びつける体験である。
またダ・ヴィンチが発明した空気遠近法で描かれた背景にも注目したい。目の前の人物と微笑みが結ばれるように焦点がぼかされた背景は、その一方で緩やかな傾斜の先にある景色も感じさせ、未来を感じるような印象を与える。未来を感じながら、他者と肯定的につながること。これは1つの解釈でしかないが、レオナルド・ダ・ヴィンチは人間にとって普遍的に重要な行為を、絵画の鑑賞体験に結実させたのだと考えている。
ダ・ヴィンチが題名を空欄にした通称「モナリザ」という絵にあえてタイトルをつけるとしたら、、、「Better Co-being」という言葉はそうした思考実験からも生まれた。しかしながらこれは偉大なる先人への敬意を込めた思考実験であることに留意されたい。真実は少なくとも今はわからないし、現在を生きる私たちは、新しい時代の中で何を見出すかが重要であると考えている。
レオナルド・ダ・ヴィンチは彼の活動を「モナリザ」という作品に集結させた。一方で私たちは未来へとつながる普遍的な問いを静けさの森、そしてその中にあるBetter Co-beingパビリオンにおいて、多様なアーティスト、クリエイター、スタッフたちと共に表現した。もちろん今述べたように私たちは静けさの森という空間的なつながりだけでなく、過去から紡がれる様々な理念や表現との間での共鳴も試みている。デジタル技術や環境再生の手法、そして芸術表現を通じて、人と自然、人と未来が響き合う新たな体験を提示することで、Better Co-beingの可能性を示唆したいのである。
パビリオン体験概要
パビリオン展示では、来場者同士がつながり、響き合う中で共に未来を描く体験の提供を目指している。来場者はグループを組み、その日その時間に集った一期一会のつながりを起点に、大きく3つからなる共鳴体験を巡りながら、共に未来に向かう。
シークエンス1
人と人との共鳴
シークエンス1では「人と人との共鳴」をテーマに、自己と他者を見つめ、「何を通してつながるか」を再認識する体験を創出する多様なモチーフで構成されたアートは、万博のテーマだけでなく、未来への問いの骨格となるテーマウィークにもつながっている。他者が大切にする価値や、自己の内側にある願いを照らすモチーフと向き合うことで、来場者は共に未来に向かう共鳴の手がかりを得る。
塩田千春「言葉の丘」
パビリオン内の小高い丘に広がる空間には、幾重にも張り巡られた赤い糸と、線で形作られた机と椅子が浮かび上がる。誰も座らないまま、人の存在を暗示する静謐な気配が漂う。宙を舞う文字は、多様な言語で「大地の息吹」「身体の声」「つなげる祈り」「見えないつながり」「未知への扉」「線と線が交わる場所」「終わりなき旅」などのテーマを表し、糸の揺れとともに広大なネットワークを形成する。この構造は、ふだんは意識されにくい目に見えないつながりを示唆し、異なる文化が対話する場を創出している。赤い糸と文字が織りなす詩的な空間が、不在のなかに宿る交流の可能性を可視化し、未来に向けた共生の問いを突きつけるのである。多様な視点を織り込みながら、人々が共に生きるための対話と創造の可能性を想起させる空間でもある。そうして訪れる者は、見えないつながりを再考し、次なる未来に向けた行動へと誘われるのである。
このインスタレーションを手がけた塩田千春は、糸や日常的なオブジェクトを用いながら「記憶」「存在と不在」「つながり」といった概念を探究し続けてきたアーティストである。糸という素材は、塩田にとって時には不安や孤立といった人間が抱える内面的な感情も暗示する。また記憶や思考が重層的につながり合い、新たな理解へと至る可能性を空間として提示するのことも特徴であるといえる。一方、本パビリオン全体を貫くテーマであるBetter Co-beingは、“未来に向かってともに生きる在り方”を模索する考え方を示している。大量生産・大量消費社会から転換を迎える現代において、個々人の多様な背景や価値観を尊重しながら、いかに他者や世界とのより良い共存を目指すのか。「言葉の丘」は、その問いかけを詩的かつ空間的に表現しているといえる。
例として、糸と文字によるネットワークは、まさに人々が抱える様々な感情や思考が交わる「共鳴」を可視化している。「誰もいないのに誰かがいる」という感覚は、共存や相互理解が必ずしも直接的な接触だけで成り立つわけではなく、言葉にならない思いもまた未来をつくる一つの力であることを伝えてくれる。また、人と人とを結ぶ糸が「現在」にだけ向かうのではなく、遠い過去やまだ見ぬ未来へのつながりをも指し示すことで、より広い時間軸の中で「共に生きる」意味を問い直すきっかけを提供している。
来場者はこの作品を体験する中で、赤い糸でつながった“ことば”のかけらから自分自身の感情や大切にしているもの、そして未来に向かう意志などを見つけ、改めて問い直す機会を得るだろう。もしかすると、糸によって見出された言葉は、これまで意識してこなかった自分自身や他者との“つながり”を呼び起こすかもしれない。これはまさにBetter Co-beingが目指す“多様な人々がそれぞれの価値観を尊重し合いながら、未来へと向かって歩むあり方”の縮図である。こうして「言葉の丘」に足を踏み入れると、私たちは既存の言語や文化の壁を越え、見えない誰かとのつながりを体感する。普段は見過ごしがちな“言葉にならない言葉”を含む多様なコミュニケーションの可能性に気付かされ、自分自身がこれから何を通して未来に向かっていくのかを、より深く考えるきっかけとなるだろう。塩田千春が紡ぎ出す詩的な空間の中で、私たちはco-beingの本質をあらためて想像し、体感するのである。


シークエンス2
「人と世界の共鳴」
シークエンス2では、「人と世界の共鳴」をテーマに、各地域で培われてきた自然や文化、そこに根ざす人々の暮らしと響き合う視点を提示する。遠い国の風習も、自然への畏敬や共同体の在り方に目を向ければ、自分の暮らしの基底とつながることに気づくだろう。ここでは「声」という普遍的なモチーフを通じて、世界各地で大切にされる価値観に耳を澄まし、互いが地続きであることを実感する。その共鳴が、新たな未来への一歩を照らし出すのだ。
宮島達男「Counter Voice Network - Expo 2025」
丘の頂に立って静けさの森を見渡すと、パビリオンのキャノピーと森とが無限遠で交わるようなランドスケープが広がっている。そこからなだらかなスロープを降りていくにつれて展開されるのが、宮島達男による音声を軸にしたインスタレーション作品「Counter Voice Network - Expo 2025」だ。この空間では、さまざまな言語(日本語だけでなく英語、フランス語、マレー語など)を用いて、異なるリズムで「9、8、7……、1」というカウントダウンが次々と鳴り響く。重要なのは「0」を発しないという点である。カウントダウンの合間に静寂が訪れるその刹那が、“死”や“無”を想起させる。音の発生源に近づくと、カウントダウンを続ける人々がどんな価値を大切にしているかを示すモチーフストーリーがweb上に立ち上がる。声だけでつくられた空間は、言葉を介して他者の心を垣間見ると同時に、生命や時間の有限性を体感させる仕掛けになっている。
「Counter Voice Network - Expo 2025」は、パビリオンのテーマであるbetter co-beingという問いを“カウントダウン”というシンプルな行為を通してダイレクトに浮かび上がらせる作品だ。言語や文化が異なる声が重なることで、私たちは自分の生きている時間と、他者の生きている時間とが地続きであることに気づかされる。そこには、人と人とのあいだに横たわる“不可視”の壁を取り払おうとするアプローチが感じられる。
さらに、このインスタレーションは音だけに焦点が当てられているため、視覚的には建築が切り取った“空”を自然と見上げる形になる。多様な声が重なるサウンドスケープを聴きながら、森と空の境目が溶け込むような風景を眺める体験は、来場者を思索的・内省的な状態へと導く。まさに、「言葉の丘」で自分自身の内面と向き合った後、今度は「Counter Voice Network - Expo 2025」で他者が大切にする想いや願いに耳を澄ませることで、来場者は“人と人のつながり”を新たな角度から捉え直すことになる。
こうしたプロセスは、Better Co-beingが目指す“互いの多様性を認め合いながら未来をデザインする”という姿勢を体感的に理解するきっかけともなるだろう。言語や価値観が異なっても、私たち一人ひとりが「今を生きる有限の存在」である点に変わりはない。その事実を共有し、互いの声を知ることで、他者の価値観や未来への思いを尊重する土壌が生まれるのだ。このように宮島の作品は、同じカウントダウンを耳にしながらも、私たちが生まれ育った環境や文化の違いを追体験させ、それらを含んだままのco-beingを思考させる。カウントダウンの一瞬の“無”が、死や不在だけでなく、“新しい何かが生まれる前の余白”でもあるかのように感じられるのは、まさに彼の芸術が根源的に問いかける「生命の連続性」と「共鳴」の力ゆえだと言えよう。


シークエンス3
「人と未来の共鳴」
シークエンス3は「人と未来の共鳴」をテーマにしている。来場者同士がつながり、共に世界に向き合うことで、より良い未来を描くのだ。自己と他者の違いを認め、多様な価値観を認識しながらも、より良い未来を創造できるのだろうか?ここではそこに集った人々や植物、自然、そうした世界とのつながりを感じながら、ともに虹を創るという体験が骨格となる。足元の違いを認識しながらも、同じ空を見上げる中で共に歩んでいく体験は、「いのち輝く未来社会のデザイン」という万博のテーマにつながるだろう。
The Sky of Resonance: Embracing Diversity
宮田裕章 with EiM 「Embracing Diversity 最大多様の最大幸福」
本作品は、Better Co-beingの理念である「最大多様の最大幸福」を体験的に提示するインスタレーションである。近代以降の大量生産社会が追求してきた「最大多数の最大幸福」は、限られた資源のもとで合理的な指針として長く機能してきた。しかし、デジタル技術が進んだ現代では、一人ひとりの違いを尊重しながら豊かさを生み出す仕組みが可能となり、社会は同質性の時代から多様性を積極的に受容する時代へと移行している。
作品では、高さ7mのキャノピーに沿って400本の繊細なワイヤーが張られ、それぞれにサンキャッチャーが取り付けられている。一つとして同じ並びがないこの“不均質の集合”は、多様性の祝福を象徴する。晴れた日には自然光を浴びて虹色の輝きが広がり、曇天や雨の日には霧と人工光のコントラストが幻想的な光景をつくり出す。さらに来場者の動きで降り注ぐ雨も変化し、日中と夜とで異なる表情を見せる空間は、個々の違いが交わり合うことで新たな可能性が生まれる様相を体感させる。
ガーランドの配置がすべて異なるように、人々の価値観や生き方も千差万別である。しかし、あえて差異を強調することで、むしろ多様な存在が共鳴を生み、空間を豊かに彩っていることが明示される。これは大量生産・大量消費の時代に見過ごされてきた「個のちがい」こそが、次世代の幸福を支える力になることを示唆している。
儚さと力強さが同居するこのインスタレーションは、社会が抱える持続可能性や格差といった課題に向き合いつつ、最大多様の幸福を追求する道筋を提示する試みでもある。多様な光が織りなす光景に身を置くことで、私たちは未来社会のビジョンを共に見つめ、「多様性と調和」を尊重するBetter Co-beingのあり方を実感する。ここでの体験が問いかけるのは、分断ではなく「響き合い」を通じて新たな可能性を拓く社会への歩みそのものである。



宮田裕章「The Sky of Resonance共鳴の空」
私たちはいつ、未来を感じるのだろうか。その象徴としてよく話題に上がるのは、過剰なCO₂排出が招く気候変動のように、巨大な力に翻弄されているかのような現代社会の課題である。一方で、フロンガスによるオゾン層破壊を世界規模の協調によって克服したように、人類は連帯と行動によって地球規模の問題を乗り越えてきた歴史も持ち合わせている。こうした協力の象徴として、このパビリオンでは「虹をつくる」という体験が提示される。偶然の産物と捉えられていた虹を人々の意思と協力によって生み出す行為は、私たちが未来を形づくるプロセスそのものを象徴しているのだ。
SANAAが設計したグリッド状のキャノピーが、壁や天井を排し、空と森を一続きに感じさせるこの場。その下に広がる広場では、虹が見える場所に人々が集うと、人工的な雨が降り始める。天候や時間帯といった自然条件に加え、観る人の視点や行動が響き合うことで、虹が立ち現れるかどうかは一定の不確定性をはらんでいる。それゆえに、ふと虹が姿を現す瞬間には、予期しなかった景色が共有され、思いがけない体験が広がる。やがて虹は儚く消えていくが、その消失の瞬間までもが貴重な瞬間として、見る者の記憶に刻まれるだろう。
ここに浮かぶ共鳴の空は、単に視覚的な現象だけを意味するものではない。自然と人間: キャノピーを通して透ける空や降り注ぐ雨は、自然そのもののリズムや力を強く意識させる。人と人: 虹を生み出す過程は、複数の人の行動や意思が合わさることで成立する。ある人の立ち位置や振る舞いが、他者に影響を与え、さらに未来を変える可能性を持つ。過去と未来: フロンガス削減の歴史を思い起こすように、世界が協調すれば地球規模の課題を乗り越えられるという希望と、自分たちの行動が今後の未来をつくりうるという実感が重なる。このように「虹を共同で創る」体験は、不確定だからこそ共鳴が生まれ、新たな価値が創出される様子を体感させる。これこそが、データや情報を共有し、未来とのつながりを可視化していく「データ共鳴社会」の発想とも響き合う。
キャノピーを通して見上げる空がいつもと違う表情を見せるように、私たちは未来を「他者との共創」という視点から捉え直すことができる。そして、雨が降り光が屈折し、虹が生まれる――そのプロセスは、私たちの連帯や協力によってはじめて完成するのだ。この儚くも力強い瞬間の積み重ねこそが、より良い未来を手繰り寄せる原動力になる。The Sky of Resonanceでは、静かな森の中、壁も天井も持たないパビリオンの下で、空を見上げるとき、人々は自然・世界・互いの存在と新たな関係を結び、“共鳴”を通じた未来創造の可能性を感じ取るだろう。人工的に降らせる雨と、そこに屈折する光の共同作業が、偶然をも意図の中に取り込みながら、多くの人を巻き込んで思いがけない光景を立ち上げる。まさにこの共鳴の空をともに仰ぎ見る行為が、未来を形づくる手がかりとなるのである。



エピローグ
3つのシークエンスを経た後に、その瞬間に集った来場者同士の体験と、周囲の環境データを重ね合わせ、未来のイメージを五感で感じる映像体験として創出する。この体験は、気象条件や来場者の行動データ、さらには彼ら自身の未来への選択が組み合わさって一回性のものとなる。一人ひとりの記憶や意思が響き合い、世界との繋がりを映し出す場が形成される。
ここで展開される共鳴は、決して永続的なものではなく、わずかな時間の中で感じる一瞬の現象にすぎない。しかし、その微かな共鳴こそが未来を共に歩む手がかりとなりうる。この体験は、人と人、人と自然、人と未来が織りなす関係性を再発見する機会を与え、Better Co-Beingというテーマを体感する場になるのだ。
このセクションは、これまでのアートの体験を受け宮田裕章とライゾマティクスの手によって形を与えられる。球体LEDの装置が中心に据えられ、15名の来場者がそれぞれの体験やインスピレーションを持ち寄ることで、未来のイメージが動的かつ有機的に可視化される。これらのイメージは、リアルタイムで収集される気象データや空間そのものの特性と結びつき、単なる映像表現を超えた未来への対話を生み出す。この共鳴の場は、単なる技術の展示ではなく、来場者それぞれが自分自身と他者、そして世界とのつながりを再考する場となる。未来とは他者世界との結びつきの中にあり、その結びつきが織り成す多様な響きこそが、新たな時代を形づくる鍵となる。

結びに
大阪・関西万博の静けさの森とBetter Co-beingパビリオンは、人と世界、そして未来を結ぶ多層的な共鳴の実験場である。デジタル技術による分断や監視の危うさと、短期利益追及による自然環境の破壊や資源枯渇という現実は、もはや避けては通れない課題となった。しかし、ここではそれらの危機を直視したうえで、多様な価値観とテクノロジー、そして森に象徴される自然や生態系と響き合う道筋を提示する。移植を経て再生する木々や、キャノピーを通して見上げる空が映し出す虹の儚い瞬間は、世界との共創がいかに繊細でありながらも力強いかを物語る。
パビリオンの作品群と空間体験が描くのは、デジタル革命を経て生まれる新しいつながりと共鳴の可能性である。声を重ね、互いの違いを認め合い、意思を紡ぐことで、未来への新たな道筋が開かれる。共に空を見上げ、目には映らない多様な結びつきを共有することで、人は自らの立ち位置を見出し、社会の在り方を問い直す契機を得る。そして、かけがえのない瞬間の共鳴こそが、より良い未来を切り拓く原動力となる。私たちはこの場を後にするすべての来訪者がその共鳴を胸に刻み、日々の営みへとつなげていくことを願っている。
プロデューサー・共同キュレーター
宮田裕章
アーキテクト
妹島和世 SANAA
西沢立衛 SANAA
シークエンス① 「言葉の丘」
アーティスト
塩田千春
シークエンス② 「Counter Voice Network」
アーティスト
宮島達男
シークエンス③ 「The Sky of Resonance」
アーティスト
宮田裕章
シークエンス③ 「最大多様の最大幸福」
アーティスト
宮田裕章 EiM
蜷川実花 EiM
桑名功 EiM
上野甲子朗 EiM
エピローグ
コンセプト・プランニング
宮田裕章
データビジュアライゼーション、ビジュアルディレクション、サウンドデザイン
真鍋大度 Studio Daito Manabe
ソフトウェアエンジニアリング
2bit
ビジュアルプログラミング
奥山裕大
プロダクションサポート
Keke Studio Daito Manabe
プロデュース、プロジェクトマネジメント
井上貴生
プロデューサーチーム
共同キュレーター
長谷川祐子
クリエイティブディレクター
桑名功
プロジェクトマネジメント
原田和明 株式会社電通
森本研吾 株式会社電通
田中義裕 株式会社電通
竹林正雄 株式会社電通ライブ
物袋 和也 株式会社電通ライブ
髙久英樹 株式会社電通ライブ
稲延貴哉 株式会社電通ライブ
テクニカルディレクター
中山誠基
ライティングデザイン
上野甲子朗
サウンドデザイン
剣持学人
コスチュームデザイン
中里唯馬
アーキテクトサポート
伊東加恵 SANAA
池田賢 SANAA
シークエンス2 「Counter Voice Network」サポート
ストーリー、モチーフ制作
宮田裕章
サウンドディレクション
剣持学人
サウンドクリエイション
佐藤宏明 molmol
アートアドバイザー
福武英明
協賛・Better Co-Beingアプリ 企画開発
新田 浩二郎 株式会社大林組
船橋俊一 株式会社大林組
中村昇 株式会社大林組
和田充陽 株式会社大林組
平井陽 株式会社大林組
井内新也 株式会社大林組
伊藤暁宏 株式会社大林組
岡崎彗矢 株式会社大林組
関純一 株式会社大林組
進藤未奈子 株式会社大林組
協賛・ふしぎな石ころ「echob」 企画開発
安藤正道 株式会社村田製作所
林田貴司 株式会社村田製作所
金川哲也 株式会社村田製作所
香田夏雄 株式会社ミライセンス
原田裕之(ミライセンス)
竒藤圭人(ミライセンス)
田辺健太(ミライセンス)
安武 誠(村田製作所)
黒川 崇(村田製作所)
山邊俊介(村田製作所)
土屋崇敏(インタラクト)
矢野宏治(83デザイン)
近藤耀司(83デザイン)
福本吉孝(エスリンク)
ハクイ村田製作所のみなさん
協賛・ギフト提供
佐藤真至 大塚製薬株式会社
浅見慎一 大塚製薬株式会社
奥山元博 大塚製薬株式会社
協賛・広報協力・イベント協力
吉田光一 読売新聞社
谷口武史 読売新聞社
白櫨正一 読売新聞社
水沢透 読売新聞社
玉田雅巳 読売新聞社
協賛・イベント協力
木戸口結子 アストラゼネカ株式会社
瀧本小百合 アストラゼネカ株式会社
齋藤直一 アストラゼネカ株式会社
協賛・イベント協力
吉田逸郎 東和薬品株式会社
今井康介 東和薬品株式会社
森喜義 東和薬品株式会社
中道智代 東和薬品株式会社
林愛弓 東和薬品株式会社
協賛・バーチャルパビリオン企画製作
斎藤 稔 TOPPANホールディングス株式会社
布施 達也 TOPPANホールディングス株式会社
野沢 宏一郎 TOPPANホールディングス株式会社
下田 考太郎 TOPPANホールディングス株式会社
奈良 泰秀 TOPPAN株式会社
谷口 千絢 TOPPAN株式会社
加藤 良太 TOPPAN株式会社
大村 理恵子 TOPPAN株式会社
樋口 香凜 TOPPAN株式会社
横山 美和 株式会社バスキュール
協賛・イベント協力
中村景子 アレクシオンファーマ合同会社
松田貴久 アレクシオンファーマ合同会社
片岡和真 アレクシオンファーマ合同会社
矢本佳司 アレクシオンファーマ合同会社
泉裕介 アレクシオンファーマ合同会社
協賛・イベント協力
株式会社スーパーホテル
協賛・演出機材提供
鈴木友望 LED TOKYO株式会社
有馬学 LEDTOKYO株式会社
協賛・衣装提供
渡辺貴生 株式会社ゴールドウイン
新井元 株式会社ゴールドウイン
山屋光司 株式会社ゴールドウイン
井上一宏 株式会社ゴールドウイン
平山壮一 株式会社ゴールドウイン
協賛・演出機材提供
日本アイ・ビー・エム株式会社
協賛・演出機材提供
野藤義一 ヤマハ株式会社
宮沢泉 ヤマハ株式会社
「Echob」「ジャーナル」クリエイション
大八木翼 バスキュール
和田教寧 バスキュール
野島康佑 バスキュール
本瀬智美 バスキュール
朴正義 バスキュール
佐野哲平 ルイーダ
滝村健太 ルイーダ
岩田和磨 ルイーダ
大江俊博 ルイーダ
展示
脇田拓 株式会社乃村工藝社
有賀ひとみ 株式会社乃村工藝社
大岩郁穂 株式会社乃村工藝社
丸森幸男 株式会社乃村工藝社
河合伴治 株式会社乃村工藝社
濵嵜大輔 株式会社乃村工藝社
白旗勇太 株式会社乃村工藝社
波多野篤志 株式会社乃村工藝社
コンストラクションマネジメント
三岡裕和 株式会社山下PMC
渋谷宣隆 株式会社山下PMC
運営
杉渕満 株式会社ドゥ・クリエーション
眞塩誠 株式会社ドゥ・クリエーション
東亜耶奈 株式会社ドゥ・クリエーション
古川千紘 株式会社ドゥ・クリエーション
2025年日本国際博覧会協会
プロデューサーオフィス
京極七佳
渉外担当
松尾大輔 株式会社リブ・コンサルティング
Better Co-Beingロゴデザイン
細川剛 株式会社博報堂
コピーライティング
原田朋 原田朋事務所
スペシャルサンクス
名和晃平
国立研究開発法人防災科学技術研究所 大型降雨実験施設
株式会社YUIMA NAKAZATO
