君を好きになったら、この世界まで好きになった。
世界は長いあいだ燃え続けていた。
森を燃やし、
海を汚し、
山を削り、
人は豊かさを追い求め、気づかぬうちに未来を削り取っていた。
そしてある時、人々は気づいた。
このままでは
次の世代が住む場所がなくなることに。
それから少しずつ、
世界に奇妙な生き方が広まりはじめた。
森を伐らずに灯りを作る方法。
風を捕まえて街を動かす塔。
川を汚さない鍛冶場。
誰もそれを大きな言葉で呼ばなかった。
ただ人々は言った。
「次の人のために残す生き方」
と。
レオンは、そんな時代に生きていた。
彼はよく笑う男だった。
壊れた水車を直し、
倒れた木を植え直し、
誰も気にしないようなことを黙々と続けていた。
街の人は彼をからかった。
「お前はまるで太陽みたいなやつだな」
でもレオンは知っていた。
自分の中には、
ずっと空っぽの場所があることを。
彼女に出会ったのは
灰色の図書塔だった。
高い窓のそばで
一人の女性が本を読んでいた。
冷たい雰囲気の人だった。
近づくと彼女は言った。
「何か用?」
その声は、
まるで冬の空気みたいに乾いていた。
レオンは答えた。
「この本、面白い?」
彼女は本を閉じた。
「別に」
「どうせ全部終わる世界の話」
その本には、
森を守る技術や、
空を汚さない工房の設計が書かれていた。
未来に何かを残そうとした
昔の人の記録だった。
彼女はそういう本ばかり読んでいた。
そして、
全部無意味だと言った。
レオンはそれでも
何度も図書塔に通った。
彼女はいつも迷惑そうだった。
「どうして来るの?」
「あなたみたいな人、苦手」
「明るい人って信用できない」
それでも彼は通った。
理由は単純だった。
彼女が好きだった。
街の中央には
焼け残った大樹があった。
人々はその木の下に
小さな喫茶店を作っていた。
灰の世界で
唯一、緑の葉が揺れる場所だった。
ある冬の日。
レオンはその店に彼女を呼んだ。
しばらく沈黙が続いたあと、
彼は思い切って言った。
「一緒に生きてくれないかな」
彼女はコーヒーを飲んでから言った。
「変な人」
「あなたみたいな人を見ると」
「なんだか落ち着かない」
それでもその日、
彼女は長く席に座っていた。
やがて二人は一緒に暮らし始めた。
レオンは相変わらず
風の塔を建てたり、
水を浄化する庭を作ったりしていた。
彼女は言った。
「そんなことしても世界は変わらない」
「どうせいつか終わる」
ある日、彼女はぽつりと言った。
「子どもができた」
そのときの彼女の表情は
喜びでも悲しみでもなかった。
ただ不思議そうだった。
「人って変」
「いつか全部なくなるのに」
「どうして守りたいものを増やすの?」
レオンは少し考えて答えた。
「君がいるからだよ」
「君が生きてる場所だから」
「君が見てる空だから」
「君が触れたものだから」
「全部大事になる」
彼女は目を細めた。
「それってどういうこと?」
レオンは笑った。
「好きな人がいると」
「その人の世界まで好きになるってこと」
冬の終わり。
彼女は静かに眠った。
長い病だった。
言葉はほとんど残さなかった。
ただ最後に、
ほんの少しだけ笑った。
それが
彼女らしい別れ方だった。
それから何年もたった。
娘はよく質問する子だった。
「どうして森を植えるの?」
「どうして川をきれいにするの?」
「どうしてそんなに世界を大事にするの?」
レオンは答えた。
「君のお母さんがいた場所だから」
娘は空を見上げた。
灰の雲の隙間から
小さな星が見えた。
レオンは思った。
人は大切なものを失う。
それでも。
誰かを愛すると
その人の世界まで愛してしまう。
だから人は
壊さないように生きようとするのだ。
たとえいつか終わるとしても。
それでも
この世界は
まだ
守る価値がある。
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