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「長くは生きられない」と言われた娘が、ホームシアターで推しを愛でるようになるまで。

今、リビングで響いているアイドルのライブ映像と重低音。

ホームシアターの前で目を輝かせる次女の姿を見て、

「何がかっこいいのか、さっぱりわからん」

そんな冗談を言える平和な今があります。

しかし、ここまでの道のりは、
200万人に1人という確率との戦いでした。


妊娠中、たまたま有休が取れたので
妻に付き添い検診に行きました。

市民病院から紹介され子供専門の医療センターへ
お腹の中にいるときは病名がわかりませんでした。

昨日話したとおり生まれてこれるかわからないと言われ
生まれてこれたとしても、長くはないと言われました。

でも、今リビングで重低音でジャニーズのライブコンサートみて
これまた目をキラキラさせた長女と妻と一緒に
アイドルの名前を自作した「うちわ」をもって
ノリノリなんですが・・

そんな次女は生まれる日から、生後手術する日まで
全てあらかじめ計画して、帝王切開でこの世に生を受けました。

告げられた病は200万人に1人程度の病名

でも障害を持って生まれてきたお子さんは
大体こう言われています。

何千人に一人とか、世界に何人しかいないとか。
医師からその数字を告げられたとき、
少しだけこう思いました
「宝くじでも当たったことないのに・・」

「なぜ、うちの子なのか」
「この子の未来に、光はあるのか」

その答えを求めて走り続けた、私たち家族の24年間。
ここから先は、その「戦いの記録」を具体的に綴ります。

手術、車椅子、そして行政との孤独な交渉。
私が30年の営業人生で培ったスキルのすべてを注ぎ込み、
娘のために「行政の壁」を壊した日々。

この記事が、同じように「誰にも言えない苦悩」を抱える親御さんや、
困難な壁に立ち向かっている方の何かのヒントになれば幸いです。

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