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25年間、家族を守り抜くと決めた父の、はじめての弱音

1. 「弱音を吐けない」んじゃない。「吐き方」を知らなかっただけ

私は「弱音を吐くのが苦手だ」って
ずっと思っていました。

でも正確には、苦手なんじゃなくて、
そもそも「吐き方」を知らなかったんだと
思います。

30年近く営業をやってきました。
数字が全ての世界です。

しんどいことは飲み込んで、
平気な顔で乗り切る癖がついていました。

家に帰っても変わらず
「大丈夫だから」
いつのまにか口癖になっていました。

弱音を吐かないことは、強さなんでしょうか?


弱音の吐き方を
「知っているか、知らないか」
この差でしかないんじゃないか、と思いました。

25年間、家族を守ってきたつもりでした。
でもそれは「弱音を吐かないこと」と
イコールではなかったのかもしれません。

2. 弱音を吐くのが、怖かった。

役職定年が決まった日
給料が下がることは分かっていました。

それでも実際に振込額を見た時は、無理でした。

誰にも言わずに、通帳を開きました。
住宅ローンの残高と、減った数字を並べて、
しばらく黙って見ていました。

妻に言おうとして
何度か言葉を飲み込みました。

不安にさせたくない、
頼りない父親だと思われたくない

そう思うほど、口が重くなりました。

弱音が怖かったのは、弱さそのものより、

「守れていない自分」
認めることが怖かったからだと思います。

3. 弱さ=負け、と信じていた

いつからそう思うようになったのか、
はっきりとは分かりません。

誰かに「弱音を吐くな」と
言われた記憶はないんです。

それでも、弱さを見せることは負けることだと、
いつのまにか信じていました。

営業の世界で
弱音は言い訳と同じ扱いを受けます。

数字を出せない理由を話せば、
それは「言い訳」になる。

しんどさは飲み込んで
平気な顔をすることが
当たり前になっていました。

それは父親としても、同じでした。


誰かに教わったわけでもないのに、
「弱さを見せない父親であること」

それが家族を守ることだと
思い込んでいたんだと思います。


4. 妻の「話を聞いてほしいだけ」で、初めて気づいたこと

ある夜、妻に相談したつもりで
話しかけたことがあります。

妻が疲れた様子で話してきたことに、
良かれと思って解決策を返しました。

でも返ってきたのは、
「そうじゃなくて、
話を聞いてほしいだけなのに」

という言葉でした。


そのとき初めて気づきました。
自分が誰かに求めていたものも、
同じだったんじゃないか

解決してほしいわけじゃない。
ただ、聞いてほしいだけ。

妻の言葉を通して、
自分自身がずっと欲しかったものの形が、

少し見えた気がしました。


5. 今、少しだけ吐けるようになった弱音の中身

noteを書き出してほんの少しだけ
弱音を吐けるようになりました。

いままで記事を書いてきて
自己分析が出来たんだと思います。

「今日は疲れた」
「正直、自信がない」
「ちょっとだけ、しんどい」

それくらいですが。

以前なら飲み込んでいました。

でも今はnoteに書けるようになりました。

誰かに解決してもらうためではなく、
自分の中にある重さを
少し外に出すことが出来ます。

小さな一言でも、外に出すと、
抱えている重さが少し変わる気がしています。


6. 家族を守るとは、弱音を吐かないことではなかった

家族を守り抜くと決めてきました。
家族そろっていつかハワイに行くと決めてます。

でも正直に言うと、苦しかったです。

次女の障害
長女のこと
住宅ローン
役職定年-減っていく給料
妻の心の病気
愛犬の病気

抱えているものを数えたら、
とても「大丈夫」と言えません。

それでも、「俺は大丈夫」と思い続けました。


誰にも本当のところを見せず
一人で抱えて
一人で消化しようとしていました。

いままでそうやってしか生きてこなかったから

夜、一人になってから
ようやく本当の顔になれます。

そんな日が何度もありました。
苦しいと言えないまま。

苦しさだけがずっと積み重なっていく感覚を、
ずっと抱えてきました。

強かったわけではありません。

ただ、弱さを見せる術を知らず、
一人で抱え込むしかなかった
だけなんだと思います。


でも今は、少し違う形が見えています。

こうしてnoteに書いて
誰かに読んでもらうようになってから、
少しずつ変わってきました。

誰かが読んでくれている、
抱えていた重さが少し軽くなる瞬間があります。

弱音を吐ける父親の方が
健全なんじゃないかと思えるようになりました。

こんなことnoteを書く前は絶対に思えなかった。

強がり続けることより、
時々弱さを見せることの方が、
家族との距離を近づけてくれることもあります。

守るというのは、弱さを隠し通すことではなく、
弱さを見せてもなお、

そばにい続けることなんじゃないか、
と思っています。


もし今、苦しさを飲み込みながら、
誰かを守ろうとしている人がいたら

その苦しさは、負けでも欠点でもありません。

一緒に、
少しずつ吐き方を練習していけたらと思います。

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